X-MEN「クラコア時代」が残した問い、最新作「DNX」はユートピアの理想をどう受け継ぐのか

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2026年9月16日に第1号が発売された全5号のイベントシリーズ「DNX」では、X-MENとファンタスティック・フォーが、初代ビーストことハンク・マッコイが率いる組織「3K」に立ち向かう。対立の中心にあるのは、人類を強制的にミュータントへ変える「Xウイルス」だ。
この構図は、2019年に始まったクラコア時代から続く問いを新たな形で映し出す。ミュータントの生存と繁栄という理想は、どのような手段まで正当化できるのか。「DNX」は、クラコアが残した政治的、倫理的な問題を、サイクロップスとビーストの異なる未来像へ接続している。
■世界を変えたクラコア時代
ジョナサン・ヒックマンが「House of X」と「Powers of X」で開始した2019年のX-MEN再編は、ミュータントを迫害される少数者から、独自の領土と外交力を持つ政治主体へ変えた。ミュータントたちは生きた島クラコアを拠点とし、独自の政府、言語、法律、医薬品、復活制度を備えた国家を築いた。
なかでも「リザレクション・プロトコル」は、クラコアの社会を根本から変える仕組みだった。エッグ、エリクサー、プロテウス、テンパス、ホープの5人で構成される「ファイブ」が新たな肉体を作り、セレブロに保存された精神のバックアップを戻すことで、死亡したミュータントを復活させるという設定である。
死を覆せるようになったことで、X-MENの物語は従来とは異なる緊張を獲得した。危険な任務で命を失うことの意味が変わり、死者をどの順番で復活させるのか、バックアップから戻った人物を同じ本人として扱えるのかといった問題が生まれた。
同時に、クラコアは人間向けの医薬品を外交上の手段として利用した。クラコアを国家として承認した国に医薬品を提供する制度は、医療、主権、政治的承認を結び付けるものだった。ミュータントを守るための力が、他者に選択を迫る力にもなり得るという両義性が、クラコアの政治劇を支えていた。
■復活制度が投げかけた「同じ人物」という問い
クラコアの復活制度は、精神のバックアップを新しい肉体に移した存在を、以前と同じ人物として扱っていた。この設定は、哲学における個人同一性の議論を連想させる。
哲学者デイヴィッド・チャーマーズは、精神を別の媒体へ移す思考実験を分析し、元の人物との同一性が保たれるかどうかは、個人を何によって同じ人物とみなすかに左右されると論じている。記憶や人格などの心理的なパターンを重視する考え方がある一方、主観的な経験の連続性が途切れれば別の存在だと考える立場もある。
クラコアの物語では、この問題に統一された答えが示されたわけではない。復活を日常的な制度として受け入れる人物もいれば、戻ってきた相手や自分自身を以前と同じ存在とみなせるのかを気にする人物もいた。こうした反応の違いは、復活制度を単なる便利な能力ではなく、登場人物の死生観や人間関係を映す装置にした。
デレク・パーフィットが論じた心理的連続性という発想を重ねれば、復活した人物に記憶や性格が継承されていることが重要になる。一方、バックアップ後の経験が失われれば、その人物が生きた時間の一部は戻らない。復活制度は、記憶、身体、経験のどれが人をその人にしているのかを考える補助線となった。
現在の神経科学では、脳の構造と活動を詳細に記録し、計算モデルとして再現する研究が進められている。2025年に発表された「State of Brain Emulation Report」は、脳エミュレーションに必要な要素として、神経活動の記録、神経回路の構造把握、計算モデルによる再現を挙げている。
また、MICrONSプロジェクトは、マウスの視覚野約1立方ミリメートルを対象に、20万個を超える細胞と5億個を超えるシナプスを含む大規模なデータを構築した。こうした研究は、脳の構造と機能を結び付けて理解しようとする取り組みであり、クラコアの復活制度に見られる「情報を記録し、別の基盤で再構成する」という発想を読み解く手掛かりになる。
■医薬品と言語が示した国家建設
クラコア時代が扱ったもう一つの大きな主題は、少数者が独自の国家を築く過程だった。クラコア語、独自の法律、外交制度、軍事的抑止力は、ミュータントが単に安全な避難場所を得たのではなく、共通の政治的アイデンティティを作ろうとしていたことを示す。
とりわけ独自言語の導入は、言語を共同体形成の基盤とみなす思想に通じる。クラコア語は、あらゆる言語を理解できるサイファーことダグ・ラムジーが、生きた島クラコアとの意思疎通を通じて作り上げた。言語を共有することによって、異なる地域や文化から集まったミュータントを一つの共同体へ結び付ける役割を果たした。
その一方で、クラコアの国家建設は、ミュータント以外の社会との関係に新たな緊張を生んだ。医薬品を国家承認と結び付ける政策や、過去に重大な犯罪を犯したミュータントも受け入れる恩赦は、安全と連帯を優先する政策であると同時に、X-MENが掲げてきた倫理との衝突を招いた。
クラコア時代の意義は、国家建設が成功するか失敗するかという単純な判定にはない。迫害されてきた集団が領土、資源、制度を手にしたとき、それまでとは異なる責任や矛盾を抱えるという構造を、長期的な物語として描いた点にある。
■クラコア後に分かれたミュータントたち
クラコア時代の終結後、ミュータントたちは再び各地へ分散した。2024年7月に始まった「From the Ashes」では、サイクロップスのチームがアラスカを拠点とし、ローグとガンビットらは米ルイジアナ州で活動した。キティ・プライドはシカゴで新たな生活を始め、それぞれの人物と地域に焦点を当てた物語が展開された。
この移行について、X-MENラインを統括する編集者トム・ブレヴォートは、クラコア以後の物語を過去への完全な巻き戻しではなく、X-MENという拡大家族の連続した物語として説明している。2026年1月に始まった「Shadows of Tomorrow」も、独立した再始動というより、「From the Ashes」と「Age of Revelation」で積み上げられた展開の続きに位置付けられる。
「Age of Revelation」は、現在から10年後に現れ得る暗い未来を描いた。この経験を経たX-MENは、未来を変えるために現在で行動することになる。「Shadows of Tomorrow」という名称も、登場人物たちが目撃した未来の影の下で、それぞれの判断を迫られる状況を表している。
クラコアという一つの国家に集約されていた物語が複数の地域とチームへ分かれたことで、登場人物ごとの政治観や共同体との関係があらためて前面に出た。これはクラコア時代をなかったことにするのではなく、そこで得た経験を個々の人物がどう引き受けるかを描く段階と言える。
■「DNX」が引き継ぐ理想と強制の問題
ジェド・マッケイが執筆し、フェデリコ・ヴィセンティーニが作画する「DNX」は、X-MENとファンタスティック・フォーが協力し、3KによるXウイルスの拡散を阻止しようとする物語だ。Xウイルスには、人間を本人の意思にかかわらずミュータントへ変える作用がある。
3Kを率いる「チェアマン」の正体は、初代X-MENの一人であるハンク・マッコイだ。現在のX-MENと行動するビーストとは異なる経緯をたどった存在であり、ミュータントの未来を自らの計画によって作り替えようとしている。
サイクロップスとチェアマンは、ともに「Age of Revelation」で未来を経験したが、その受け止め方は正反対だ。サイクロップスは破局的な未来を防ごうとし、チェアマンと3Kはその未来を自分たちのものにしようとする。
この対立には、クラコア時代の政治を連想させる構造がある。クラコアは医薬品を用いて各国に政治的な選択を迫った。3Kはさらに踏み込み、生物学的な変化そのものを他者に強制しようとする。いずれにも、ミュータントの生存と繁栄を優先する理想が、他者の選択を制限する力へ転じるという共通構造がある。
もっとも、「DNX」の全5号がどのような結論へ至るかは、第1号が発売された時点ではまだ明らかになっていない。マッケイは、本作を自身の「X-MEN」シリーズにおける次の大きな節目と位置付け、「Age of Revelation」が未来を示したのに対し、「DNX」はその未来が現在に与える影響を描くと説明している。
クラコアは、ミュータントに安全と主権を与えることで、X-MENが長年扱ってきた迫害と共存の構図を大きく変えた。「DNX」は、その経験を単純に否定するのではなく、理想を実現するための力が強制へ転じる境界を、サイクロップスとビーストの選択を通じて描こうとしている。
■変化し続けるミュータントの比喩
X-MENのミュータントは、特定の現実の集団と一対一で対応する存在ではない。時代や作品によって、公民権、性的少数者への迫害、移民、難民、障害、社会的排除など、異なる経験を読み取るための柔軟な比喩として使われてきた。
クラコア時代は、その比喩の対象となる集団が主権、資源、制度を獲得したとき、どのような新しい責任と対立が生まれるのかを描いた。それによってX-MENの物語は、迫害される側と迫害する側という二項対立だけでなく、共同体内部の権力、連帯、倫理を扱えるようになった。
クラコア後の物語では、ミュータントたちは再び各地の社会と向き合っている。しかし彼らは、クラコア以前と同じ状態へ戻ったわけではない。国家を築き、復活制度を運営し、世界に対して力を行使した経験を持つ人物として、新たな選択を迫られている。
「DNX」におけるサイクロップスとビーストの対立は、その経験から異なる教訓を引き出した者同士の衝突として読める。クラコアが残した最大の問いは、ユートピアが物語を壊すかどうかではなく、理想を守るための力を誰が、どのような制約の下で使うのかという問題なのだ。
元記事: X-Men Krakoa Era Proved Utopia Breaks Storytelling: DNX Now Tests What Replaced It
※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。
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