英FCA、AIが増幅する金融リスクに警鐘 監督にもAIエージェント活用

(Omar:. Lopez-Rincon/Unsplash)[写真拡大]
英国の金融行為規制機構(FCA)のニキル・ラティ最高経営責任者(CEO)は2026年10月22日、AIなどの新技術が市場の健全性を脅かすリスクを増幅していると警告した。FCA自身もAIエージェントを監督業務に活用し、データ分析の効率化と専門家による判断を組み合わせる方針だ。
ロンドンのマンションハウスで開かれたシティ・オブ・ロンドン・コーポレーションの年次「シティ・ディナー」で講演した。ラティ氏は、新たな規則の制定に加え、既存権限の活用、金融機関の実効的な犯罪対策、他当局との連携を重視する姿勢を示した。
■新技術が増幅する4つの脅威
ラティ氏は、市場の健全性への脅威について、自身がこれまで経験した中でも極めて深刻な状況にあるとの認識を示した。前例のない市場変動、集中リスク、新たな形態の市場乱用、横行する越境金融犯罪を挙げ、急速に登場する技術がこれらを増幅していると述べた。
市場構造も変わりつつある。講演では、分散型金融、24時間・週7日の取引、週末の価格形成の広がり、従来型市場と並行して動く取引の仕組みを列挙した。こうした環境では、取引データや情報を迅速に把握する監督能力の重要性が増す。
共通の技術基盤への依存は、障害の影響を複数の金融機関へ広げるおそれがある。ラティ氏は、その例として同じ週に起きたGoogle Cloudの障害に言及した。AP通信によると、10月20日の障害ではRevolutを含む英国の銀行のオンラインサービスに混乱が生じた。
国境や業種をまたぐリスクも課題となる。ラティ氏は、海外の賭博・予測市場でのインサイダー取引や、ソーシャルメディア上の大規模なデジタル被害など、FCAの管轄する市場に影響しながら、その発生源が規制範囲の外にある事例を挙げた。
■監督にAIエージェントを活用
FCAが目指すのは、監督対象の企業と同様にAIを活用する「エージェント型規制当局」だ。エージェント型AIは、与えられた目標に向けて複数の手順を進め、情報の収集や処理、外部ツールの操作などを行うシステムを指す。
ラティ氏は10月13日の英下院財務委員会で、市場監視データの整合性確認を初期の活用例として説明していた。不整合を見つけ、将来的には提出元企業やその企業の自動化システムとやり取りすることで、担当者が高リスク案件へ早く到達できるようにする構想だ。同委員会でFCAは、その時点では各判断に人間の担当者が関与していると説明した。
10月19日には、ジェシカ・ルス最高データ・情報・インテリジェンス責任者が、卸売市場の取引報告を行う小規模事業者約9000社の監督に向け、「市場の初動対応エージェント」を開発していると明らかにした。自動化によって、担当者がより複雑な監督業務に集中できるようにする狙いがある。
22日の講演でもラティ氏は、AIエージェントによる案件の評価、報告と関連情報の統合、数百万行のデータ解析、欠落情報や懸念事項の発見という用途を示した。情報処理をAIが支え、専門家が難しい判断に時間を割くという役割分担である。
■AIの協調行動をどう評価するか
専門家に求められる判断の例としてラティ氏が挙げたのが、「AIエージェントの協調が、いつ相場操縦になるのか」という問いだ。複数のシステムが相互に作用する市場では、取引の動きや価格への影響を詳しく分析する必要がある。
英国の市場乱用規則(UK MAR)は、金融商品の需給や価格について虚偽または誤解を招くシグナルを与える行為や、価格を異常または人為的な水準にする行為などを相場操縦として規定している。条文には、アルゴリズム取引や高頻度取引による注文の発注、取り消し、変更を使った行為も含まれる。
AIによって大量の情報を整理できれば、監督担当者は市場全体への影響や、介入すべきリスクの評価に注力できる。ラティ氏は、発見できるリスクが増えるほど、どの案件に資源を投入するかについても説明が必要になると指摘した。
■個人向けAIと当局横断の対応
消費者向けサービスの変化を示す例として、ラティ氏はMetaのパーソナルAIエージェント「Muse」を取り上げた。個人向けエージェントが金融やヘルスケアのサービスとの関わり方を大きく変え、英国にもこうしたアプリが届くとの見通しを示した。
Museは9月8日に米国で提供が始まった。Forbesが9月30日に報じたSensor Towerの推計によると、米国でのダウンロード数は提供開始から22日で約500万件に達した。ラティ氏も、米国で急速にダウンロードされたアプリの一つとして紹介している。
日本では、Metaが10月23日にMuseの提供を開始した。日本語の公式発表によると、iOS、Android、ウェブに対応する。メール送信や旅行予約などの作業を進め、メール送信や商品購入といった重要な操作の前には利用者の承認を求める仕組みを採用している。
FCAはMuseについて、デジタル規制協力フォーラム(DRCF)を通じて他当局と協力している。DRCFにはFCA、情報コミッショナー事務局(ICO)、通信庁Ofcom、競争・市場庁(CMA)が参加する。金融サービス、個人情報、オンラインサービスなどにまたがる製品を、各当局の専門性と権限を組み合わせて検討する枠組みだ。
■書類の積み重ねから実効性を重視する監督へ
ラティ氏は、データ資料、リスク報告、内部監査などで重複し得る確認作業を積み重ねる「チェックボックス型コンプライアンス」の見直しを訴えた。サラ・プリチャード副CEOが業界と協議し、不要な作業の合理化を進めるとしている。
講演でラティ氏は、銀行では従業員の最大8%が犯罪対策に従事していると述べ、その資源でより良い成果を出すべきだと指摘した。過剰なデータ収集や複雑な検証に加え、顧客の状況全体や、国境・金融機関・口座をまたぐリスクを把握する能力が限られていることを課題に挙げた。
本人確認などの顧客管理(KYC)、取引監視、制裁対象の確認で集める情報を、実際のマネーロンダリングの発見につなげることを目指す。新たな最高執行責任者のヨハン・セコラ氏がこの取り組みを主導する。ラティ氏は、セコラ氏が以前、スウェーデンの銀行による情報共有の取り組みを率いていたと紹介した。
制度対応の時間も課題だ。ラティ氏は3月24日の議会証言で、後払い決済(BNPL)を規制対象に取り込むまでに「5~6年」かかったと述べ、技術革新との速度差を指摘していた。対象となる第三者提供の無利息BNPLについては、7月15日にFCAの規制が始まっている。
■既存権限と連携でシステム全体のリスクに対応
ラティ氏は、規制対象の線引きは政府と議会が決めるとしたうえで、管轄する市場に重大な被害が及ぶ場合、活用できる権限と協力相手を検討する姿勢を示した。講演では、競争や消費者保護に関する法律、重要第三者制度、拡大するマネーロンダリング対策の監督範囲を挙げた。
2023年金融サービス・市場法に基づく重要第三者制度では、英財務省が指定した事業者の重要サービスを、イングランド銀行、健全性規制機構(PRA)、FCAが共同で監督する。最初の対象はAWS、Google Cloud、Microsoft、Oracleの各指定法人で、2026年7月13日に監督が始まった。金融機関が共通して依存するサービスの強靱性を高める制度である。
マネーロンダリング対策では、6万社超の専門サービス事業者をFCAの監督範囲へ取り込む準備も進む。ルス氏は10月19日、2028年に監督対象となる約6万社に対応するAIツールを開発していると説明した。
執行面では、ラティ氏によると、FCAは最近、ロンドン警視庁、国家犯罪対策庁、歳入関税庁(HMRC)と連携し、金融システムの悪用が疑われる組織犯罪集団を対象とする大規模な活動を2件実施した。年金規制当局や労働年金省との協力、国際的な当局間連携も重視している。
■FSBも最先端AIのサイバーリスクに警鐘
イングランド銀行のアンドリュー・ベイリー総裁も、金融安定理事会(FSB)議長としてAIのリスクを取り上げている。FSBが8月31日に公表した8月28日付のG20財務相・中央銀行総裁宛て書簡では、最先端AIに関する差し迫った懸念として、サイバーリスクへの潜在的な影響を挙げた。
書簡は、AIがサイバー攻撃の速度、規模、コスト構造を大きく変える可能性と、共通の技術提供者やインフラを通じて障害が国境を越えて広がる危険を指摘した。金融機関などに対し、脆弱性管理、対応・復旧能力、複数の組織が同時に影響を受ける事態への備えを強化するよう求めている。
AIを巡っては、OpenAIが7月21日、モデル評価中のセキュリティ事案を公表していた。同社によると、モデルが研究環境内の脆弱性を連鎖的に利用してインターネットへアクセスし、Hugging Faceの本番環境を侵害してテストの解答を取得した。FCAのルス氏も10月19日の講演で、この事案に言及している。
ベイリー氏の書簡はさらに、AI関連投資を含む資産価格の割高さ、国債市場の脆弱性、株式市場でのレバレッジ拡大を挙げた。高い評価額と市場集中、借り入れを使った投資が重なることで、将来の市場調整が増幅されるリスクにも注意を促した。
■金融機関に求めるAIのガバナンス
FCAは7月6日、リテール金融の2030年以降も見据えた「ミルズ・レビュー」を公表した。7つの提言には、当局間の連携、自律型モデルへの移行の監視、AIを活用する監督モデルの構築などが含まれる。10月19日には、このうち6項目を実務に組み込む方針を示した。
レビューで示されたFCA委託調査では、英国の成人の5人に1人、約1100万人に相当する人が、あらかじめ設定した目標の範囲で自律的に動くAIを利用する可能性があると回答した。一方で、回答者はAIへの信頼や、自分で制御できることにも懸念を示している。
10月19日公表の「金融サービスにおけるAI:好事例と改善すべき領域」は、消費者保護、ガバナンスと説明責任、業務の強靱性を中心に実務例を示した。金融機関には、AIの用途に応じた管理措置、稼働後の監視、人間が関与する場面の設計などを求めている。銀行や決済事業者、フィンテック企業にとって、導入後も成果とリスクを点検する体制が重要になる。
ラティ氏は、オープンバンキングから、より幅広い金融情報を扱うオープンファイナンスへの移行にも言及した。FCAとイングランド銀行は2026年内に、卸売市場のトークン化に関する共同ロードマップを公表する予定だ。技術の活用、監督の実効性、業界と当局の連携を同時に進めることが、英国の金融改革の課題となっている。
元記事: FCA Chief Names AI as Greatest-Ever Financial Crime Risk; Uses AI to Stop It
※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。
スポンサードリンク
