Basecamp Research、AI創薬に1.4億ドル調達 生物多様性データで体内CAR-T開発へ
ロンドンに本社を置き、米マサチューセッツ州ケンブリッジにも研究拠点を持つAIバイオテック企業Basecamp Researchは9月23日、1億4000万ドルのシリーズC資金調達を発表した。資金は生物学的基盤モデル「EDEN」の次世代モデルの学習と、AIで設計した治療候補の臨床開発に向けた研究に充てる。
同社が最初の重点領域として掲げるのが、患者から細胞を取り出して加工する従来型の工程を減らし、体内で直接細胞を遺伝的に改変するin vivo細胞治療である。現在の開発プログラムはいずれも臨床試験前の段階にあり、ヒトでの有効性や安全性はまだ確認されていない。
■100万種超の生物から学ぶEDEN
Basecamp Researchは、公開ゲノムデータだけでは捉えにくい生物多様性をAIの学習に取り込むことを特徴としている。熱帯雨林の土壌や極地、海洋、火山地域などで地域の研究機関などと協力して試料を集め、30カ国を超える地域の生物学的データを蓄積してきた。
同社のBaseDataには、科学的に新たに確認された100万種超から得た100億超の遺伝子が含まれるとしている。EDENの最大モデルは、このデータの約9兆7000億ヌクレオチドトークンを用いて学習され、パラメーター数は最大280億に達する。
Basecampの分析では、米国立生物工学情報センターなどが運営するSequence Read Archiveに収録された配列データ量の約68%を5種が占め、ヒトだけで約54%になる。同社は、医療研究で多用されてきた生物への偏りを補い、細菌やバクテリオファージなどが進化の過程で獲得した多様な分子機能をモデルに学ばせることを狙う。
さらに同社は2026年3月、「Trillion Gene Atlas」を立ち上げた。Anthropic、PacBio、Ultima Genomicsなどと協力し、100万種規模だったデータをさらに拡張して、1億種超から遺伝情報を集める計画を掲げている。
■大型セリンリコンビナーゼで遺伝子を挿入
EDENを治療開発へ応用する柱の一つが、大型セリンリコンビナーゼ(LSR)と呼ばれる酵素である。LSRは、バクテリオファージが自身のDNAを細菌ゲノムへ組み込む際などに利用する部位特異的組み換え酵素で、長いDNA配列を特定の配列へ挿入できる。
CRISPR-Cas9を用いた一般的なDNA切断型の編集とは異なり、LSRによる遺伝子挿入では標的DNAの二本鎖切断を必要としない。Arc Instituteなどの研究でも、LSRを改変してヒトゲノムの特定位置へ大きなDNA断片を挿入する手法が研究されている。
自然界のLSRは、本来は細菌やファージの配列を認識するよう進化してきた。このため治療応用には、ヒトゲノム上の目的位置を認識し、高い選択性でDNAを挿入する酵素を設計する必要がある。
Basecampのプレプリントでは、EDENにヒトゲノム上の標的配列を与えてLSRを生成したところ、選抜した候補のうち50%が初代ヒトT細胞で活性を示した。CARをコードするDNAを導入したT細胞を用いた実験では、培養下の腫瘍細胞を90%超除去したと同社は報告している。
これらは培養細胞を用いた実験結果であり、臨床効果を示したものではない。同社の細胞・遺伝子治療候補は、今後さらに動物試験や安全性評価などを経る必要がある。
■体内でCAR-T細胞を作る構想
Basecampが特に重視しているのがin vivo CAR-T細胞療法である。現在のCAR-T治療では通常、患者からT細胞を採取し、製造施設へ送り、遺伝子改変と細胞増殖を行った後に患者へ戻す。
米国で承認されているCAR-T製品の価格は数十万ドル規模であり、これに採血、入院、前処置、副作用管理などの医療費が加わる。製造に時間を要することも、急速に進行する血液がん患者への治療上の課題となっている。
Basecampは、LSRなどを利用してCARをコードする遺伝情報を患者の体内にあるT細胞へ直接導入できれば、患者ごとに細胞を体外で加工する工程を大幅に簡略化できる可能性があるとしている。
同社が公開しているパイプラインでは、血液がんと疾患名非公表の自己免疫疾患を対象とするin vivo CAR-Tなどがリード最適化段階にある。フェニルケトン尿症に対する肝臓向け遺伝子治療や薬剤耐性菌を標的とする抗菌ペプチドも開発している。
一方、固形腫瘍を対象とするCAR-Tや代謝疾患向けペプチドなどは、さらに早期の研究段階にある。現時点でBasecampの治療候補がヒト臨床試験に入ったとの発表はない。
■抗菌ペプチドEDEN-7はマウスで効果
EDENの研究成果は遺伝子挿入にとどまらない。Basecampとペンシルベニア大学などの研究者による研究では、EDENが設計した抗菌ペプチド33候補のうち32候補が、実験室試験で標的細菌に対する活性を示した。
候補の一つ「EDEN-7」は、多剤耐性Acinetobacter baumanniiに感染させたマウスを用いた試験で、最終治療選択肢となる抗菌薬と同程度の効果を示したと同社は報告している。EDEN-7は、候補生成後に反復的な最適化を行わずに試験されたという。
抗菌薬耐性は世界的な公衆衛生課題となっている。The Lancetに掲載されたGRAM研究では、2019年に細菌の薬剤耐性が直接原因となった死亡は推計127万人、薬剤耐性と関連した死亡は495万人とされた。
また、国連の抗菌薬耐性に関する機関間調整グループは2019年、十分な対策が取られなければ薬剤耐性疾患による死亡が2050年までに年間1000万人規模に達する恐れがあると警告した。
Basecampは抗菌ペプチド設計とワクチン標的予測の一部機能をAnthropicのClaude Scienceにも提供しており、研究者が病原体などの情報を入力して候補分子の生成や評価に利用できるようにしている。
■生物多様性データと利益配分
Basecampのデータ収集では、遺伝資源を提供する国や地域との利益配分も重要な課題となる。同社は、各地の研究機関、地域社会などとのアクセスと利益配分(ABS)に関する合意に基づいて試料を収集しているとしている。
この考え方の背景には、生物多様性条約と名古屋議定書がある。名古屋議定書では、遺伝資源の利用について事前の同意を得ることや、その利用から生じる利益を相互に合意した条件に基づいて配分する枠組みが定められている。
Basecampは、現地での研究支援や科学者の育成、商業利用時の利益配分などを組み合わせた提携を進めている。一方、生物多様性から得られるデータの商業的価値をどのように地域へ還元するべきかについては議論が続いている。
Financial Timesは2025年、Basecampが提供国などへ収益の一部を還元する仕組みについて、利益配分が十分かを疑問視する研究者の意見を報じた。生物由来のデジタル配列情報をAIや創薬で利用する動きが広がるなか、利益配分のあり方は国際的にも制度整備が進められている。
■オープンなEvo 2とは異なる戦略
生物学向け基盤モデルでは、Arc Instituteなどが開発したEvo 2も大規模なゲノムデータを利用する。Evo 2は生命の3ドメインにわたる12万8000超のゲノムなどで学習され、モデルの重みやコード、学習データが公開されている。
これに対してBasecampは、独自に収集した生物多様性データを中核資産とし、EDENを完全なオープンモデルにはしていない。製薬企業との提携やClaude Scienceなどを通じ、用途を限定しながら機能を提供する戦略を取る。
生物学的な生成AIには、創薬を支援できる一方で、有害な生物学的設計にも転用され得るデュアルユースの問題がある。Basecampは病原体関連の配列を選別するなどの安全対策を取っているとしており、利用を制御できることを非公開型の利点の一つに挙げる。
一方で、モデルや学習データが公開されなければ、外部研究者による性能や安全性の独立検証は難しくなる。生物多様性を独自データとして蓄積するBasecampの戦略には、競争力と安全管理、科学的透明性をどう両立させるかという課題も伴う。
■1.4億ドルで臨床開発への橋渡し
今回のシリーズCはS32が主導した。Basecampが訂正後の発表で示した出資者には、NVIDIA、Menlo VenturesのAnthology Fund、Catalio Capital Management、NATO Innovation Fund、The Rockefeller Foundation、Singular、Sovereign AI、True Venturesなどが含まれる。
S32のゼネラルパートナーで、Google傘下Verilyの元CEOであるAndy ConradはBasecampの取締役に加わる。また同社は、Biogenで事業開発などを担当したRichard Pearceを最高事業責任者に起用し、製薬企業との提携拡大を進めている。
CEOのGlen Gowersは今回の発表で、「医療の未来は、身体が自らを修復できるよう再プログラムすることにあると考えている。その方法を身体に教えるモデルと医薬品を設計する」と述べた。
EDENが設計したLSRや抗菌ペプチドは、培養細胞やマウスを使った実験まで進んだ例がある。今後の焦点は、こうした初期成果を再現し、安全性や送達効率を確認したうえで、ヒトを対象とする臨床開発へつなげられるかに移る。今回の1億4000万ドルは、その研究開発と次世代モデルの構築を進めるための資金となる。
元記事: Biodiversity AI Raises $140M to Deliver Gene Therapy Without Factories
※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。
スポンサードリンク
