【横浜市立大学】慢性良性蛋白尿の発症機序の一端を解明

プレスリリース発表元企業:横浜市立大学

配信日時: 2026-06-04 10:00:00







―タンパク質回収システムの異常による新たな病態概念を提唱―

発表のポイント


慢性良性蛋白尿の原因であるCUBN遺伝子のC末端のミスセンスバリアント(アミノ酸の置換)が、タンパク質回収システム(CUBN–AMN経路)の全般的な破綻を引き起こすことをヒトの腎組織で初めて直接証明しました。
これにより、慢性良性蛋白尿の詳細な発症機序が明らかになりました。
巨赤芽球性貧血を伴わないにもかかわらず同経路が障害される状態を、新たな病態概念「腎限局型イマースルンド・グレスベック症候群」として提唱しました。本概念の導入は、慢性良性蛋白尿の診断・治療戦略の再考につながることが期待されます。




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図:CUBN–AMN経路が機能的に破綻していることをヒトの腎組織で初めて直接証明




概要
 東京大学医学部附属病院 小児科の滝澤慶一助教と張田豊准教授、横浜市立大学大学院医学研究科 遺伝学の松本直通教授らの研究グループは、慢性良性蛋白尿(注1)の原因とされるCUBN遺伝子のC末端に生じる病的バリアント(注2)について、その蛋白尿の発症機序の一端を明らかにしました。
 従来、タンパク質が途中で切断されるナンセンス変異などでは、同経路の異常が知られていましたが、アミノ酸配列の一部が変わるC末端のミスセンスバリアントにおいては、近位尿細管におけるエンドサイトーシス機構(タンパク質回収システム)の構造的完全性は保たれると考えられてきました。
 本研究では、遺伝子解析と過去の腎組織の再評価を組み合わせることで、このミスセンスバリアントにおいても、近位尿細管の刷子縁(注3)に局在する二つのタンパク質CUBN(キュビリン)およびAMN(アムニオンレス)が完全に消失し、CUBN–AMN経路(注4)が機能的に破綻していることをヒトで初めて直接証明しました。
 本成果によって、従来の病態理解が更新され、診断および治療戦略の再考につながることが期待されます。







発表内容

【研究背景】
 CUBNとAMNからなる複合体は、腎臓の近位尿細管や腸管の表面(刷子縁)に発現しています。この複合体は、近位尿細管ではアルブミンを主体とするタンパク質を、腸管ではビタミンB₁₂を回収(再吸収)するために不可欠なタンパク質回収システム(CUBN–AMN経路)として働いています。この経路が破綻する疾患として、AMNの病的バリアントやCUBNのN末端病的バリアントによって生じるイマースルンド・グレスベック症候群(注5)が知られており、蛋白尿に加えて、腸管でのビタミンB₁₂の吸収障害による巨赤芽球性貧血を伴うことが特徴です。
 これに対し、慢性良性蛋白尿は、CUBN遺伝子の両アレル性病的バリアントにより生じる小児期発症の遺伝性疾患ですが、前述の疾患とは異なり貧血を伴わず、腎機能が長期間保たれることを特徴とします。従来、タンパク質が途中で途切れるCUBNのナンセンス変異などでは同経路への影響が知られていましたが、慢性良性蛋白尿の原因となるC末端のミスセンスバリアントにおいては、近位尿細管におけるタンパク質回収システム(エンドサイトーシス機構)の構造的完全性は保たれると考えられていました。そのため、なぜ蛋白尿が発生するのか、その詳細な機序は十分に解明されていませんでした。

【研究内容】
 本研究では、乳児期から10年以上にわたり持続する孤立性蛋白尿を呈した1例の患者さんの臨床経過と、当時の腎組織を詳細に解析しました。臨床経過では、貧血を認めず、血清アルブミン値および腎機能が正常であるにもかかわらず、10年以上にわたり持続する孤立性蛋白尿を呈した点が特徴的でした。1歳時の腎生検では軽微な糸球体硬化のみが認められ、プレドニゾロンという薬剤を用いたステロイド治療が行われましたが、蛋白尿の改善はみられませんでした。
 2歳時に行った全エクソーム解析(注6)では診断に至らなかったものの、その後CUBN遺伝子のC末端に生じる病的バリアントによる慢性良性蛋白尿の概念確立を受けて再解析を行った結果、原因となるCUBN遺伝子の末端の両アレルに病的バリアントが同定されました(図1)。





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図1:CUBN–AMN複合体の模式図
患者さんではCUBN遺伝子に二つのバリアントが同定されました。(本模式図は、既報に基づき、Creative Commons Attribution 4.0 International Licenseの下で改変したものです。)


 さらに、保存されていた腎臓の組織を詳しく解析した結果、別のタンパク質回収分子であるLRP2(注7)は正常な位置に保たれているにもかかわらず、CUBNとAMNだけが本来働くべき場所である細胞の表面(近位尿細管の刷子縁)から選択的に消失していることを明らかにしました(図2)。これは、腎臓におけるタンパク質回収システムがうまく組み立てられず完全に壊れていることを、実際の患者さんの組織で直接突き止めた非常に重要な証拠です。




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図2:慢性良性蛋白尿における近位尿細管細胞の変化


タンパク質を回収する役割を持つCUBNとAMN、および別の回収用分子であるLRP2の腎臓の尿細管細胞での配置を調べました。この図は患者さんおよび健康な腎臓(コントロール)の模式図として表示したものです。 健康な腎臓では、これら三つの分子すべてが、本来働くべき場所である「細胞の表面(近位尿細管の刷子縁)」に明瞭に配置されています。一方、患者さんの腎臓では、LRP2は正常に配置されていたにもかかわらず、CUBNとAMNは細胞の表面から完全に消失していました。さらに、患者さんの場合はCUBNとAMNが細胞の内部(細胞質)にわずかに留まっている様子が観察され、これらの分子が表面まで正しく運ばれず、システムが機能していないことがわかりました。

 これらの結果から、慢性良性蛋白尿はこの経路の全体的な破綻が原因であり、腸管でのビタミンB₁₂吸収障害(貧血)を伴わない『腎限局型イマースルンド・グレスベック症候群』として統一的に理解できることが明らかとなりました。すなわち、貧血などの腎外症状を伴う『イマースルンド・グレスベック症候群』と『慢性良性蛋白尿』の二つが、腎臓においては全く同じシステム(分子経路)の障害を呈していることを実際の組織で証明し、一連の疾患スペクトラムとして再定義した点が重要です。

【今後の展望】
 本研究は、持続性蛋白尿の診断における遺伝子解析および詳細な組織評価の重要性を示すとともに、不必要な免疫抑制治療の回避につながる新たな診療戦略の確立に寄与することが期待されます。

 なお、本研究は東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会審査委員会の承認のもと実施されました。


発表者・研究者等情報
東京大学
 医学部附属病院 小児科
  滝澤 慶一 助教

大学院医学系研究科 生殖・発達・加齢医学専攻 小児医学講座
  張田 豊 准教授
   兼:東京大学医学部附属病院 小児科

横浜市立大学 
 大学院医学研究科 遺伝学 
   松本 直通 教授
   兼:横浜市立大学附属病院 難病ゲノム診断科・遺伝子診療科


論文情報
雑誌名:Kidney International(Clinical Journey in Translational Medicineに掲載)
題 名:CUBN–AMN Pathway Loss in Chronic Benign Proteinuria
著者名:Keiichi Takizawa, Go Horie, Yoichiro Oda, Yuko Kajiho, Shoichiro Kanda, Atsushi Fujita, Naomichi Matsumoto, Yutaka Harita* (*責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.kint.2026.03.023


注意事項(解禁情報)                                     
日本時間6月3日23時(米国東部夏時間:3日午前10時)以前の公表は禁じられています。


研究助成
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業「基盤研究(C)(課題番号:JP18K07872)、基盤研究(C)(課題番号:JP22K15901)、基盤研究(B)(課題番号:JP24K02230)」、ならびに日本医療研究開発機構(AMED)「難治性疾患実用化研究事業(課題名「未到達領域のロングリードジェノミクス:未解決症例の解明」、「未診断疾患イニシアチブ(IRUD):希少・未診断疾患に対する診断プログラム基盤の開発と患者還元を推進する研究」、「難病のゲノム医療実現に向けた全ゲノム解析の実施基盤の構築と実践」、「RFC1関連スペクトラム障害CANVASの病態解明」、「希少難病に対するN-of-1+核酸医薬創薬研究」)」および武田科学振興財団の支援を一部受けて実施されました。



用語解説

(注1)慢性良性蛋白尿(PROCHOB:Chronic Benign Proteinuria)
CUBN遺伝子のC末端の両アレル性病的バリアントにより生じる遺伝性の蛋白尿で、小児期から持続する蛋白尿を認める一方で、腎機能は長期間保たれることが特徴である。その蛋白尿発症機序の詳細は十分には解明されていなかった。

(注2)病的バリアント
遺伝子のDNA配列に見られる個体間の多様性(バリアント)のうち、病気の発症原因となるものを指す。本研究においては、CUBN遺伝子のタンパク質のアミノ酸配列を変化させる「ミスセンスバリアント」などを指している。

(注3)近位尿細管の刷子縁
腎臓の近位尿細管上皮細胞の管腔側に存在する微絨毛構造で、再吸収機能を担う重要な部位である。タンパク質や電解質の再吸収に関与する多くの輸送体や受容体が存在する。

(注4)CUBN–AMN経路
近位尿細管において、糸球体で濾過されたタンパク質を再吸収するための主要な受容体複合体であり、CUBN(cubilin:キュビリン)とAMN(amnionless:アムニオンレス)から構成される。これらは近位尿細管の刷子縁に局在し、タンパク質の取り込み(エンドサイトーシス)に重要な役割を果たす。

(注5)イマースルンド・グレスベック症候群(Imerslund–Gräsbeck syndrome)
CUBN遺伝子またはAMN遺伝子の病的バリアントにより生じる遺伝性疾患で、蛋白尿に加え、腸管でのビタミンB₁₂吸収障害により巨赤芽球性貧血を来すことが特徴である。本研究で示された病態は、このうち腎臓に限局した「腎限局型イマースルンド・グレスベック症候群」として理解される。

(注6)全エクソーム解析
全ゲノムにわたるタンパク質コード遺伝子を網羅的に解析する技術。ヒト疾患ゲノム解析の遺伝学的原因探索に用いられる。

(注7)LRP2(low-density lipoprotein receptor-related protein 2, megalin)
近位尿細管管腔側に発現するエンドサイトーシス受容体の一つで、タンパク質、ペプチド、薬剤などの再吸収に関与する。本研究では、このLRP2の局在が保たれていることが、CUBN–AMN経路の選択的障害を示す重要な所見となった。






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