気候変動で蝶の生息域が再編、過去最大規模の研究が示す「熱帯のデータ空白」

2026年8月10日 23:57

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記事提供元:Tech Times

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気候変動が地球規模で蝶の生息域を変化させていることが、過去最大規模の調査によって確認された。しかし、昆虫の80%が生息する熱帯地域のデータは著しく不足しており、英語文献に依存した従来の生物多様性評価は、実態より楽観的な見方を示してきた可能性がある。生態系の変化を正確に把握し、実効性のある保護政策を打ち出すには、非英語圏のデータ拡充とモニタリング体制の再構築が急務である。

■地球規模で進む生息域の再編

2026年8月5日に『Nature Ecology & Evolution』誌で発表された研究は、気候変動がすでに地球規模で蝶の生息域を再編していることを確認した。同時に、影響が最も深刻になるとみられる熱帯地域で何が起きているのか、科学がほとんど把握できていない実態も明らかにした。モナシュ大学グローバル・チェンジ・エコロジー研究室のシャワン・チョウドリー博士が主導し、95人を超える科学者が共著者として参加したこの研究は、105の国と地域に分布する1,758種の蝶について、6,182件の生息域変化の記録を分析した。対象種は既知の全蝶種のおよそ10分の1に相当し、この種の研究として過去最大規模のエビデンス統合となる。15言語の文献と、49カ国68人の専門家による評価が用いられた。

最も際立った結果は、記録された生息域変化の79%が気候変動や極端な気象現象と関連し、世界的な蝶の再分布における最大の要因となっていたことだ。調査対象種のうち、80%は地理的な分布域を拡大し、27%は縮小、22%は標高に沿って分布域を移していた。低地の温暖化によって生息条件が悪化するなか、より涼しい山地へ移動しているということだ。複数の種類の変化を示した種も多いため、これらの割合の合計は100%を超える。

チョウドリー博士は記者団に対し、「蝶が生息するすべての大陸で、生息域を移している種が確認された」と語った。「その規模は驚くべきものであり、十分に研究されてきた欧州や北米をはるかに超える地域で起きている」という。

この結果は、2000年から2020年までに米国の蝶の総個体数が22%減少し、記録された554種のうち70%で減少が確認されたとする、2025年の『Science』誌の別の研究とも符合する。一方は蝶がどこに生息しているか、もう一方はどれだけの個体が残っているかを追跡した研究だ。両者を合わせると、気候変動によって種が新たな地域へ押し出される一方、個体数は広範に減少しているという一貫した状況が浮かび上がる。

共同著者でフランス国立科学研究センター(CNRS)の生態学者、ジョナサン・ルノワール氏は、生息域の拡大が多く確認されたことを、多くの蝶が移動して適応する能力をなお保っている証拠として、「むしろ良いニュース」と表現した。ただし、一定の温暖化の閾値を超えれば、現在の拡大傾向が急激に反転し、現行モデルの予測より早く絶滅が進む可能性があるとも警告した。同研究が引用した2025年の関連予測では、すべての種が十分に分散できると仮定した場合でも、2070年までに熱帯の蝶が利用できる温度ニッチの最大64%が失われる可能性がある。

ルノワール氏はまた、生息域の拡大は縮小より検出しやすいと注意を促した。種が新しい場所に到達したことは、一度発見すれば確認できる。しかし、かつての生息地から姿を消したことを確認するには、その種が存在しないことを示す徹底的な調査が必要となる。はるかに重い立証作業だが、世界の大半の地域では十分に行われていない。

■英語文献への偏りが生む「楽観的な死角」

この研究の重要な発見の一つは、生態学的というより方法論的なものだ。それは蝶の研究にとどまらず、主に英語の科学文献に基づいて構築されてきた、地球規模の生物多様性評価の信頼性に疑問を投げかけている。

研究チームは15言語の文献を検索し、国際的なデータベースに収録されていない灰色文献や地域研究を取り入れ、68人の専門家から評価を集めた。英語資料だけから得られた結果と、多言語資料を含むデータセット全体の結果を比較すると、明確な方向性を持つ差が確認された。

英語の文献は、生息域の拡大を系統的に過大に示し(標準化残差:+2.94)、生息域の縮小を過小に示していた(標準化残差:-4.14)。一方、専門家による評価では反対の傾向が見られ、拡大より縮小の記録がはるかに多かった(残差:+5.73)。この差は統計的に極めて有意だった(ピアソンのカイ二乗値=38.14、p<0.001、クラメールのV=0.161)。

チョウドリー博士は、「英語以外の研究や専門家の知見を含めると、まったく異なる世界的な状況が浮かび上がった」と述べた。「これらの情報源がなければ、生息域変化の地球規模のパターンを大幅に過小評価し、特に昆虫の80%が生息する熱帯地域の重要な傾向を見落としていただろう」という。

この問題は、今回の研究だけにとどまらない。主に英語の出版物に依存してきた地球規模の生物多様性統合研究は、その多くが、種の置かれた状況について系統的に楽観的な見方を示してきた可能性がある。熱帯地域では科学文献の多くが現地語で作成されるため、地球規模の評価に十分反映されてこなかった。

研究チームはAIスクリーニングツール「Rayyan」を使って約6,900件の研究を調べ、国際データベースでは利用できない15言語の地域別検索システムで補完した。さらに、公表済み研究と専門家評価の双方に同じ方法で適用できる、標準化された情報抽出テンプレートを開発した。

その結果得られたのは、単なるデータ量の増加ではなく、傾向そのものが異なるデータだった。英語以外の資料と専門家の知見を追加すると、生息域変化の種類別構成は大きく変化した。拡大記録が中心だった従来の傾向から、縮小や標高方向への移動をより多く含む、均衡の取れた状況へと変わったのである。この差は統計検定でも確認された(ピアソンのカイ二乗値=38.14、p<0.001、クラメールのV=0.161)。

自然保護への資金配分や保護区の設計、国際条約上の取り組みに影響を与える分野において、英語文献への偏りが生み出す系統的に楽観的な見方は、ささいな技術上の問題ではない。知識基盤そのものに関わる構造的な問題である。

■データ空白地帯と熱帯の脆弱性

研究チームが対象範囲の拡大に並外れた努力を重ねたにもかかわらず、広大な地域が依然としてデータ上、著しく過小評価されている。中央アフリカ、東南アジア、ニューギニア本島、アマゾン盆地など、世界でも特に重要な生物多様性ホットスポットの多くには、標準化された蝶のモニタリングプログラムがほとんど存在しない。世界の全蝶種の3分の1については、現在、観察・分布記録が1件も存在しない。

熱帯の蝶は温帯の種にはない複合的な脅威に直面しているため、このデータ空白は特に深刻だ。熱帯の種はすでに高温耐性の上限近くで生息しており、温暖化によって生存可能な条件を超えるまでの生物学的な余裕が少ない。分布域も限られ、温度変化への適応幅も狭い。

さらに温帯の種は、これまで生息に適さなかった高緯度地域へ移動できるが、熱帯の種には同じような選択肢がない。より標高の高い場所へ移動しない限り、新たに定着できる涼しい地域が地理的に限られているからだ。

チョウドリー博士は、「これらは、種が最も脆弱でありながら、私たちが最も状況を把握できていない地域だ」と述べている。

■山頂に追い詰められる山地性の蝶

この研究は、蝶類のなかでも大きな割合を占めるグループについて、構造的な絶滅リスクを指摘している。全蝶種のおよそ3分の2は主に山地に生息している。より涼しい気温を求めて標高の高い場所へ移動する現象は、熱帯、温帯、北方地域のいずれでも確認されている。2025年に『Nature Ecology & Evolution』誌へ掲載された分析によると、蝶の多様性の3分の2は熱帯・亜熱帯の山岳地帯に集中し、そこには低地の3.5倍の蝶のホットスポットが存在する。

問題は山の形状にある。山の高さには限界があるため、温暖化した低地から逃れて上へ移動する種は、いずれそれ以上登れなくなる。高山帯に生息する種や山頂固有種は、生態学者が「山頂絶滅(mountaintop extinction)」と呼ぶ現象に直面する。下から迫る高温と、上方の地形的限界との間に挟まれるためだ。

島の山頂だけに生息する種にとって、この問題は特に深刻である。涼しい避難場所が山頂へ向かって縮小していけば、最終的には移動先がなくなる。

長期モニタリングによる最も詳細なデータがそろう欧州では、ここ数十年でスカンジナビアの種が北へ分布を広げる一方、高山帯の種は山頂方向へ押し上げられている。チェコ、フィンランド、ルクセンブルク、スペイン、スウェーデンは記録の充実度で世界をリードし、それぞれ国内に生息する蝶の少なくとも半数について、生息域変化のデータが記録されている。

それ以外のほぼすべての国では、変化が記録されている種は国内の蝶類の10%未満にとどまる。これは変化が起きていないことを示すのではなく、モニタリングデータの不足を反映している。

■保護政策とモニタリングの再構築に向けて

蝶は、環境変化を測る単なる指標ではない。花粉を運び、ほかの動物の餌となり、数百万年をかけて形成されてきた宿主植物との共進化関係を担っている。蝶の群集が再編されれば、受粉ネットワークや食物連鎖、それらに依存する植物など、蝶が組み込まれている幅広い生態学的相互作用の網が乱れていることを示す。

研究は、再分布によって群集の再編、共進化してきた植物と昆虫の関係の混乱、生物同士が相互作用する季節的タイミングのずれといった連鎖的影響が生じると指摘している。蝶が生息域を広げても、宿主植物が同じように移動しているとは限らない。分布域が縮小した種は、その後の変化への適応に必要な遺伝的多様性を失う可能性もある。

蝶は世代交代が短く、気温、宿主植物の有無、季節的な活動時期などの環境条件に敏感である。このため生態学者は、蝶を生態系変化の「早期警戒システム」とみなしている。蝶が移動するときには、それに先立って、より広い生態系の何かがすでに変化している。今回のデータは、蝶が生息するすべての大陸で、そうした変化が起きていることを確認した。

研究者らは、現在のデータと、保護政策が必要とする情報との隔たりを埋めるため、3つの構造的な改革が必要だとしている。

第一に、モニタリングプログラムをデータの乏しい地域へ拡大し、生物多様性ホットスポット、標高に沿った調査地点、データが特に不足している熱帯諸国を優先しなければならない。博物館や個人が保有する標本コレクションのデジタル化は、過去の分布状況を示す基準データの復元に役立つ可能性がある。iNaturalistのような市民科学プラットフォームは観察データを急速に増やしてきたが、地理的には依然として裕福な国の都市部や低地に偏っている。これは、データが最も必要とされる地域とは正反対だ。

第二に、市民科学のデータを、体系化・標準化されたモニタリングプログラムと、より緊密に統合する必要がある。随時寄せられる観察記録には価値があるものの、それだけでは傾向の検出や因果関係の確立には不十分だ。体系的なモニタリングと市民科学は、組み合わせたときに最も大きな効果を発揮する。標準化された調査手順によって長期的に一貫した観測量を確保すれば、それを基準として随時の観察記録を補正・評価できるためだ。

第三に、政策上最も重要な点として、自然保護の枠組みに生息域の動態を取り入れなければならない。IUCNレッドリストは主に静的な分布図に依存しており、昆虫種の76%は既存の保護区ネットワークで十分に保護されていない。渡りをする蝶の状況はさらに厳しく、85%が年間の移動経路全体を通じた十分な保護を受けていない。

2022年12月に196カ国が採択した「昆明・モントリオール生物多様性枠組」は、2030年までに地球の陸地と海洋の30%を保全する目標を掲げた。研究の著者らは、リアルタイムの生息域変化データを同枠組みの空間計画と進捗報告に組み込むよう明確に求めている。その実現には、データを最も必要とする地域において、現在よりはるかに充実したモニタリング情報が必要となる。

著者らは、「気候変動による再分布は未来のシナリオではない」と記している。「それは現在進行中で、加速している現実であり、移動する種に対応できる新たな保護戦略を必要としている」と結論づけた。

■注目ポイントQ&A

●多くの種が生息域を拡大しているのは、気候変動が制御されているサインですか?

研究の著者らによれば、そうではありません。生息域の拡大が多く確認されているのは、蝶の世代交代が短く、表現型可塑性があるためです。つまり、多くの動物より速く温暖化に反応できます。しかし、拡大には限界があります。研究が引用した予測では、種が自由に分散できたとしても、2070年までに熱帯の蝶が利用できる温度ニッチの最大64%が失われる可能性があります。適応できる余地はすでに狭まりつつあります。

また、生息域の拡大は個体数の多さを示すものではありません。2025年の『Science』誌の研究では、一部の種が生息域を移している一方、2000年から2020年までに米国の蝶の総個体数が22%減少したことが示されています。

●なぜ熱帯の蝶は十分にモニタリングされていないのですか?

熱帯地域には世界の昆虫種の80%が生息していますが、標準化された蝶のモニタリングプログラムはほとんどありません。全蝶種の3分の1について、観察・分布記録が1件も存在しないとされています。

これは、熱帯の蝶がすでに高温耐性の上限近くで生息し、温暖化によって生存限界へ近づきやすいため、特に重大な問題です。また、科学情報が英語文献に偏っているため、既存の熱帯地域のデータも地球規模の科学データベースに十分反映されていません。今回の研究でも、英語以外の資料や地域の専門家の知識を取り入れたことで、結果が大幅に変わりました。

●市民は蝶のモニタリングにどのように協力できますか?

iNaturalistや各国の生物多様性ポータルは、専門家以外からも蝶の観察記録を受け付けており、寄せられたデータは科学研究に活用されています。

研究の著者らによると、市民科学は、同じ場所で繰り返し、標準化された時間と記録済みの手順に従って観察するなど、体系的に実施した場合に最も価値が高まります。長期にわたる一貫性が、科学者による個体数傾向の検出を可能にするためです。特にデータが不足している熱帯地域からの観察記録は、地球規模のモニタリングを充実させるうえで大きな追加的価値があります。

●保護の枠組みが、移動する種に適応しなければどうなりますか?

静的な種の分布図に基づいて設計された保護区では、種がすでに去った生息地を保護する一方、新たに移動してきた地域が保護されない事態が増える可能性があります。研究によると、昆虫種の76%は現在の保護区ネットワークで十分に保護されておらず、渡りをする蝶はさらに厳しい状況にあります。

昆明・モントリオール生物多様性枠組の「30by30」目標は、2030年までに地球の陸地と海洋の30%を保全するものです。しかし、保護区が種の移動先ではなく、過去の生息地だけを基準に設定されれば、本来守るべき種を保護できない可能性があります。

元記事: Tropics Hold 80% of Insects: Butterfly Study Confirms Near-Total Monitoring Void

※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。

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