AlphaGo開発者Thore Graepel氏、DeepMindを退社―探索・計画型AIの新事業へ

2026年9月8日 20:21

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記事提供元:Tech Times

Photo by Elena Popova on Unsplash

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AlphaGoの開発に携わった機械学習研究者のThore GraepelがGoogle DeepMindを退社し、新たなAI事業を立ち上げた。欧州スタートアップメディアのSiftedが9月6日に報じた。正式な社名や投資家、チームの構成は明らかになっていない。

新事業では、AlphaGoを特徴づけた探索と計画の考え方を、現実世界の不確実な環境で計画し行動するAIへ発展させることを目指す。GraepelはSiftedに対し、「アーキテクチャーに立ち返り、適切な推論を行えるよう根本から再設計する必要がある」と語っている。

■AlphaGo型の推論をフロンティアAIへ

Graepelは物理学を学んだ後、機械学習研究に進み、不確実な情報から判断するシステムの開発に長く取り組んできた。自身のウェブサイトでは、新プロジェクトについて「AlphaGo型の推論をフロンティアAIにもたらし、機械が現実世界の不確実性の下で計画し、行動できるようにする」と説明している。

2003年にMicrosoft Research Cambridgeへ入り、オンラインゲームのプレイヤーの技能を確率的に推定する「TrueSkill」や、広告のクリック率を予測する「AdPredictor」の開発に携わった。これらの研究では、観測結果に含まれる不確実性を扱いながら推定を更新する確率的推論が重要な役割を果たした。

2015年にはDeepMindへ加わり、David Silver、Aja Huang、Demis HassabisらとともにAlphaGoを開発した。Graepelは、2016年1月にNatureに掲載されたAlphaGoの論文の共著者でもある。

AlphaGoは同年3月、韓国・ソウルで当時世界トップクラスの棋士だった李世乭九段と対局し、4勝1敗で勝利した。この対局は世界で2億人以上が視聴したとGoogle DeepMindは説明している。Graepelはその後、AlphaGo Zero、AlphaZero、MuZeroの研究にも参加した。

DeepMindを離れた後は、細胞の健康や若返りを研究するAltos Labsで、計算科学、機械学習、AI部門を率いた。2025年にGoogle DeepMindへ戻り、AGI以後の社会や研究を扱うチームを率いていた。同年にはCooperative AI Foundationの理事に就任している。

University College Londonでは機械学習の教授職を非常勤で務めている。確率的推論、強化学習、探索、複数のAIエージェントが相互作用するマルチエージェント学習が、これまでの研究を貫く主要なテーマとなっている。

■方策、価値、探索を組み合わせたAlphaGo

Graepelの新事業を理解する手掛かりになるのが、AlphaGoで採用された推論の構造だ。

初期のAlphaGoでは、方策ネットワークが盤面から有望な着手候補を提示し、価値ネットワークが局面から最終的に勝利する見込みを評価した。これらをモンテカルロ木探索と組み合わせ、候補となる手を先読みしながら探索範囲を絞り込んだ。

方策によって検討すべき選択肢を絞り、価値によって各状態を評価し、探索によって将来の展開を比較する。この情報処理の構造により、膨大な合法手を均等に調べるのではなく、有望とみられる経路へ計算資源を重点的に配分できた。

現在の大規模言語モデルも、回答を生成する前に追加の計算を行い、複数段階の問題処理や候補の評価を取り入れる方向へ進んでいる。一方、AlphaGoでは、ニューラルネットワークによる評価と探索木がシステムの構成要素として明確に組み合わされていた。

Graepelが新事業で重視しているのも、学習済みモデルによる判断と、構造化された探索や計画を組み合わせる考え方だ。ロボットや自律システムが扱う環境では、センサーから得た情報を基に現在の状態を推定し、行動によって環境がどう変化するかを予測したうえで、次の動作を選ぶ必要がある。

荷物を運ぶロボットや屋内を移動するドローンなどを考えると、同じ状況が繰り返されるとは限らない。知覚した状態、選択可能な行動、予想される結果を結びつけて計画する構造が、AlphaGo型の推論と実世界で動くAIをつなぐ共通点となる。

■AlphaGo ZeroからMuZeroへ

初代AlphaGoは、人間が打った棋譜から着手の傾向を学び、自己対局による強化学習と探索を組み合わせていた。これに対して2017年に発表されたAlphaGo Zeroは、人間の棋譜を使わず、囲碁のルールと自己対局だけで学習した。

AlphaGo Zeroでは、着手の確率と局面の価値を一つのニューラルネットワークで予測し、その結果を探索に利用した。ランダムな着手から学習を始め、自己対局で得た経験を繰り返し学習することで能力を高めた。

その考え方を囲碁以外へ広げたのがAlphaZeroである。AlphaZeroは各ゲームの基本ルールを与えられ、自己対局を通じてチェス、将棋、囲碁を学習した。Google DeepMindによると、チェスでは9時間の学習で当時の有力な専用プログラムを上回る水準に達した。

MuZeroでは、ゲームの規則や状態遷移をあらかじめ完全な形で与える代わりに、計画に必要な環境の特徴を内部モデルとして学習する仕組みが導入された。現在の状態の価値、選択すべき行動、直前の行動で得られた報酬など、意思決定に必要な要素を学び、そのモデルを使って先を探索する。

MuZeroは、囲碁、チェス、将棋でAlphaZeroに匹敵する性能を示すとともに、Atariのゲームにも適用された。すべての環境を正確に再現するのではなく、計画に重要な情報を学ぶという発想が特徴である。

Graepelが掲げる新事業も、概念的にはこの研究の延長線上にある。AIが行動による状態の変化をモデル化し、複数の行動候補を先読みしたうえで、目的の達成につながる行動を選ぶという構造だ。

■物理環境では不確実性への対応が焦点

盤上ゲームでは、選択できる手と状態遷移がルールによって明確に定められている。探索中に仮想的な着手を何度試しても、現実の盤面には影響しない。

これに対して物理環境では、カメラやセンサーから得られる情報に誤差が含まれ、物体や周囲の状況も継続的に変化する。一度実行した動作を完全には取り消せない場合もある。長い行動列を予測すると、モデルの小さな誤差が積み重なる可能性もある。

そのため、AlphaGo型の探索を実世界へ広げるには、環境をどのような状態として表現するか、行動後の変化をどの程度まで予測するか、不確実な予測を計画へどう反映するかが重要になる。

これは、囲碁と物理世界を同じ問題として扱うという意味ではない。学習によって選択肢の価値を評価し、将来の展開を探索して行動を決めるという共通構造が、現実世界で動くAIを考えるための補助線になる。

Graepelは確率的推論やマルチエージェント学習にも取り組んできた。複数の主体が存在し、他者の行動によって状況が変わる環境では、一つの確定した未来を予測するのではなく、複数の可能性を考慮して計画する必要がある。こうした研究分野も、新事業の技術的な背景を構成するとみられる。

■DeepMind出身研究者による起業が相次ぐ

Graepelの起業は、Google DeepMindの有力研究者が新たなAI研究企業へ移る流れの一例でもある。

AlphaGoとAlphaZeroの研究を率いたDavid Silverは、2025年末に英国でIneffable Intelligenceを設立した。同社は2026年4月、11億ドルの資金調達を発表した。人間が作成した学習データへの依存を抑え、環境との相互作用から知識や技能を獲得する「スーパーラーナー」の開発を掲げている。

2026年6月には、AlphaFoldの研究を率い、Demis Hassabisとともに2024年のノーベル化学賞を受賞したJohn Jumperが、Google DeepMindを離れてAnthropicへ移ると発表した。同じ時期には、Geminiの開発を共同で率いていたNoam ShazeerがGoogleを退社し、OpenAIへ移ると報じられた。

8月にはGoogleのAI研究を長く率いてきたJeff Deanが退社し、Oriol Vinyals、Quoc Le、Sanjay Ghemawatと新会社Discovery Loopを設立した。Googleは同社の投資家となった。

同時にGoogleはAI研究部門の経営体制を変更し、HassabisはGoogle DeepMindの会長とAlphabetのチーフサイエンティストに就任した。日常的な部門運営は、Google DeepMindのCTOを務めていたKoray Kavukcuogluが担う体制となった。

これらの人事だけからGoogle DeepMindの研究力や個々の退社理由を一括して評価することは難しい。一方で、強化学習、科学研究、基盤モデルなどの分野で実績を持つ研究者が、既存企業の外で独自の研究方針を追求しやすい資金環境が形成されている。

■社名や資金調達は未公表

Graepelは新事業の正式な社名、共同創業者、投資家、資金調達の状況を公表していない。現時点で明らかになっているのは、AlphaGo型の推論をフロンティアAIへ応用し、不確実な環境で計画し行動できる機械を目指すという技術的な方向性である。

自身のウェブサイトでは、確率的推論、AlphaGoで培った探索と計画、身体を持つAI、マルチエージェント学習など、これまで取り組んできた研究を新プロジェクトへ結びつけている。

11月にはLondon School of Economics and Political Scienceで「From AlphaGo to AGI」と題した講演が予定されている。新事業の具体的な製品や対象市場について、どこまで明らかにされるかが注目される。

近年のAI開発では、大規模な事前学習に加え、回答や行動を出すまでの計算を増やし、計画や検証を組み込む研究が活発になっている。Graepelの構想は、方策、価値、探索を組み合わせたAlphaGoの設計思想を、より不確実な環境へ展開しようとする試みとして位置づけられる。

元記事: Thore Graepel Leaves DeepMind: AlphaGo Co-Creator Bets Structured Search Over LLM Scaling

※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。

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