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『Re:ゼロ』第6章の「死者の書」とは何か、意識のハードプロブレムから考える

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TVアニメ『Re:ゼロから始める異世界生活』4th seasonでは、原作第6章に当たるプレアデス監視塔での物語が展開されている。8月26日に放送された第14話(通算第80話)「五つの障害」では、アウグリア砂丘の魔獣や「暴食」の大罪司教がスバルたちに迫り、記憶と自己同一性を巡る物語が大きく動き始めた。
プレアデス監視塔編を特徴づけるのが、世界の根幹に関わる「オドラグナ」、死者の経験を伝える「死者の書」、そしてスバルの「死に戻り」だ。これらは現実の科学理論を再現した設定ではないが、意識、記憶、時間、自己とは何かを考えるうえで、現代の科学や哲学と共通する問いを含んでいる。
■オドラグナから考える意識と情報の統合
オドラグナは、『Re:ゼロ』の世界におけるマナや魂の循環に関わり、死者の記憶とも結びつく根源的な仕組みとして描かれている。人格を持つ神というより、世界そのものを支える基盤として扱われている点が特徴だ。
この世界規模の仕組みに科学的なイメージを重ねる手掛かりの一つが、統合情報理論(IIT)である。神経科学者ジュリオ・トノーニ氏らが研究してきた意識理論で、2023年に発表されたIIT 4.0では、経験の性質を物理的、数学的な言葉で記述することを目指している。
IITは、単に大量の情報を持つことではなく、システムを部分に分けたときに失われる、還元できない因果的な構造を重視する。その構造を備えたシステムが、どの程度、どのような経験を持ち得るかを理論化しようとするものだ。
オドラグナが死者や魂に関する情報を世界規模で扱う姿には、個別の要素を越えて情報を統合するシステムという発想を重ねられる。ただし、IITから惑星や生物圏の意識が直ちに導かれるわけではなく、オドラグナをIITの具体例とみなすこともできない。両者の共通点は、意識や世界の働きを、ばらばらな要素ではなく統合された因果構造から捉えようとする点にある。
■「死者の書」が浮かび上がらせる意識のハードプロブレム
プレアデス監視塔のタイゲタ書庫に収められた「死者の書」は、死者の経歴を文章で伝えるだけの記録ではない。読んだ者は「記憶の回廊」に入り、その人物の経験を一人称に近い形で追体験する。
ここで重要なのは、出来事についての情報を得ることと、その出来事を当人の側から経験することの違いだ。この区別は、哲学者デイヴィッド・チャーマーズ氏が1995年の論文で論じた「意識のハードプロブレム」を連想させる。
刺激を識別する、情報を統合する、状態を報告するといった機能は、認知科学や神経科学によって仕組みを調べられる。一方、そうした情報処理になぜ痛みや色、感情などの主観的な経験が伴うのかという問いは、機能の説明だけでは解消されない。これがハードプロブレムの中心にある。
「死者の書」は、記憶を保存するだけでなく、他人の経験を読者の内側に立ち上げる道具として描かれる。そのため、記録された情報と主観的経験の隔たりを、物語上の仕掛けとして可視化していると読める。オドラグナと死者の書の組み合わせは、世界が保持した記憶を、個人が追体験できる形へ変換する情報処理構造として捉えられる。
■全脳エミュレーションと「経験を再現する」問題
死者の書を考えるもう一つの補助線が、全脳エミュレーション(WBE)という研究構想だ。これは脳の構造や活動を十分な精度で取得し、その情報処理を別の計算基盤上で再現することを目指す。
脳の配線を調べるコネクトーム研究では、2024年に成体のキイロショウジョウバエの脳全体を対象とする配線図が学術誌に発表された。このデータには13万9255個のニューロンと、約5000万個の化学シナプスが含まれる。電子顕微鏡画像、機械学習による処理、人間による校正を組み合わせて構築された成果である。
コネクトームは脳の配線構造を示すものであり、それだけで脳全体の働きや意識を再現するものではない。それでも、個々の神経細胞と接続関係を記録し、情報処理の全体像へ迫ろうとする発想は、死者の経験を保存する書物というイメージを読み解く手掛かりになる。
仮に脳の計算過程を精密に再現できても、そのシステムに元の人物と同じ主観的経験が生じるかは別の問題として残る。「死者の書」は、この隔たりを物語世界の仕組みによって越え、保存された経験を読む者の体験へ変換する装置として描かれている。
■「死に戻り」を時間物理学になぞらえて考える
スバルの「死に戻り」が一つの時間軸の巻き戻しなのか、複数の世界への分岐なのかは、作品を読み解くうえで繰り返し議論されてきた。プレアデス監視塔編では、以前の死に対応する「死者の書」が同じタイゲタ書庫に存在するため、失われたはずの出来事が何らかの形で世界に記録されていることが示される。
時間が過去へ戻る物語を考える際に参照される物理学上の概念として、閉じた時間的曲線(CTC)がある。一般相対性理論の一部の時空解に現れる構造で、物体の世界線が過去の地点へ戻る経路を形成する。
CTCに伴う矛盾を考える枠組みの一つが、ノビコフの自己無撞着性原理だ。この考え方では、時間をさかのぼる経路が存在しても、時空全体として矛盾しない出来事だけが起こる。
死に戻りでは、それまでの出来事が巻き戻される一方、スバルの記憶や死者の書には失われた経過が残る。そのため、すべての出来事が一つの自己無撞着な歴史を構成するノビコフ型の構造とは異なる。むしろ、世界の状態を巻き戻す処理と、その外側に情報を残す処理を組み合わせた物語上のシステムと見る方が分かりやすい。
オドラグナ、死者の書、死に戻りを一連の構造として捉えると、入力された経験を世界が記録し、時間の変化を越えて保存し、後に別の人物が読み出すという情報処理の流れが見えてくる。現実の時間物理学との一致を判定するのではなく、消えた時間の情報がどこに残るのかという問いを際立たせる仕掛けとして読むことができる。
■「暴食」の権能が分ける記憶と社会的自己
「暴食」の権能は、人物の「名前」と「記憶」を別々に奪う。名前を奪われると他者の記憶からその人物が失われ、記憶を奪われると本人が自身の過去を認識できなくなる。この二つは、自己同一性を支える異なる要素を切り分ける働きを持つ。
他者からの認識や人間関係によって保たれる自己は、関係的、物語的なアイデンティティとして考えられる。一方、現在の自分と過去の自分を記憶によって結ぶ考え方は、ジョン・ロック以来の議論や、デレク・パーフィットによる心理的連続性の議論につながる。
プレアデス監視塔編では、自伝的な記憶が失われても、スバルの感情や行動の傾向がすべて消えるわけではない。誰を信頼し、誰に引かれ、何を恐れるかという反応には、本人が説明できない形で過去の痕跡が表れる。記憶を失った人物を同じ人物たらしめるものは何かという問いが、登場人物同士の関係を通じて提示される。
■H.M.の研究が示した複数の記憶システム
記憶が一つの能力ではないことを示した代表的な事例が、神経科学の文献でH.M.と呼ばれたヘンリー・モレゾン氏である。難治性てんかんの治療を目的として1953年に両側の内側側頭葉の一部を切除された後、新しい長期記憶を形成することに重い障害が生じた。
一方で、短時間情報を保つ能力の一部や、練習によって運動技能を向上させる学習は保たれていた。本人が練習した事実を思い出せなくても、課題への習熟が進むことが確認され、出来事や事実に関する記憶と、技能の学習が異なる神経システムに支えられていることを示す重要な証拠になった。
「暴食」に記憶を奪われた人物にも感情的な傾向や行動の癖が残る描写は、自己を形づくる情報が一種類ではないという点で、この記憶研究と発想が通じる。作品の人物描写は、過去を言葉で思い出せなくなったときにも、人との結びつきや身体化された反応が自己の一部を支え得ることを印象づける。
■プレアデス星団と「スバル」の名
プレアデス監視塔という名称は、おうし座にある散開星団プレアデスに由来する。メシエ天体ではM45に当たり、NASAは地球からの距離を約445光年としている。日本では「すばる」または「昴」の名で親しまれている。
主人公の菜月昴と監視塔の名称は、日本語を介して同じ星団を指す。塔内に登場するタイゲタ、エレクトラ、メロペなどの名称も、ギリシャ神話でプレアデスの七姉妹とされた名に重なる。
主人公と塔を同じ星の名で結ぶ命名は、監視塔で繰り広げられる記憶と自己の物語に象徴的な広がりを与えている。スバルが塔を進みながら、自分自身の記憶、死、他者との関係に向き合う展開を読み解くうえでも、興味深い補助線となる。
■注目ポイントQ&A
●プレアデス監視塔編は、実在の科学理論を基に作られたのですか?
作者が統合情報理論や全脳エミュレーション、ノビコフの自己無撞着性原理を設定の直接的な基礎にしたと確認できる資料はありません。これらは作品の意識、記憶、時間を巡る構造を読み解くための比較対象です。
●死者の書は「意識のハードプロブレム」を解決しているのですか?
解決したとまではいえません。死者の情報を記録するだけでなく、読む者に一人称的な経験を生じさせる点が、情報処理と主観的経験の関係を問うハードプロブレムを連想させます。
●死に戻りは単一時間軸のタイムトラベルですか?
プレアデス監視塔編には、過去のループに関する死者の書が同じ世界に残っているという手掛かりがあります。ただし、それだけで並行世界説を排除し、単一時間軸説を確定できるわけではありません。
●「暴食」の権能と脳科学にはどのような共通点がありますか?
名前、過去の出来事に関する記憶、感情、技能など、自己を構成する要素が分けて描かれている点です。H.M.の研究も、出来事の記憶と技能学習が異なる仕組みに支えられていることを示しました。
●プレアデス監視塔の名前は主人公のスバルと関係していますか?
プレアデス星団の日本名が「すばる(昴)」であるため、天文学上の名称を通じて主人公の名前と対応しています。塔内に登場する複数の名称も、プレアデスにまつわる星やギリシャ神話の七姉妹の名と重なります。
元記事: Re:Zero Season 4 Solves Hard Problem of Consciousness in Pleiades Watchtower
※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。
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