自動車メーカーの基礎体力

2021年3月12日 07:21

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 Photo:部外者には目に触れる事が無い試験装置のイメージ ©sawahajime

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 適当な電動機(モーター)と車載電池を組み合わせればEV車(電気自動車)が出来ると思ったら大違いだ。「自動車」は、「原動機(エンジン)」と「足回り」が相俟っての総合性能が、製品としての評価を決定づける。「走る」、「曲がる」、「止まる」の総合性能が、「自動車」の評価指標なのだ。

【こちらも】EV化議論に先立ち認識すべき基礎要件

 「内燃機関と代替可能な性能」が達成された高性能電動モーターが完成したとしても、車載電池の問題は別にして、自動車として完成させるには多岐にわたる技術の蓄積が必要なのだ。

 長い歴史を積み重ねた「自動車メーカー」の基礎体力を軽く見てはならない。「単なる電気で動く乗り物」と「自動車」は違うのだ。

●モーターと電池で動くベーシックな乗り物

 例えば乗用ゴルフカートは、ゴルフ場の中しか走らず、高速走行する必要もない。エンジン搭載モデルもあるが、「電動カート」が一般的だ。

 ゴルフ場によってはフェアウエーまで乗り入れOKの場合もあるが、大体のコースはカート路を限定して走る。構内専用で場外に乗って出られないので、プレー終了後はカートハウスに戻って充電するだけで、「1充電走行距離」の問題は無関係だ。

 そんなゴルフ電動カートであっても、斜路での安定性や、多様な条件をクリアして成立する。今までゴルフカートを作った経験のないメーカーに、まともなゴルフカートは作れない。

●自動車メーカーの開発部門

 自動車メーカーは、本来本社にある(所在地は離れている場合も珍しくない)開発部門や実験研究部門が、新車の開発、設計や試作過程での各種試験を行う。

 そして、完成した「新車」が市場投入される。

 一般的には、海外市場に投入される新車も、輸出先の環境に合致した「現地仕様」を盛り込んで、本社の開発部門が手掛ける。

 そして市場投入後も、その車種の後継モデルの開発は勿論、市場品質情報に基づいて、製品改良やマイナーチェンジに盛り込むべき各種試験を行う。

●S社の試験装置

 S社のインドにある子会社は、インド市場で圧倒的な強さを誇る。

 1983年の生産開始以来、インドの乗用車市場でほぼ一貫して5割のシェアを維持し、2018年度のシェアは51.2%である。

 自動車メーカーの開発部門は、いろんな種類の試験装置が多数配備されているが、多用する試験項目に関しては、インドで何等かの問題が発生して、それを再現するのに、いちいち日本へ送ったりしていられないケースも存在する。

 そんな場合には、現象を日本の親会社に連絡すると同時に、現地でも日本にある試験装置と同じ仕様の試験装置を利用して、問題解決を図るのが、コストはかかっても合理的だ。そこでS社は日本の開発部門に設置した装置と全く同じ装置をインドにも設置している。

 試験装置1基が、億を軽く超えるレベルの高額投資だが、そうまでして自動車メーカーとしての責務を果たそうとする。

●M社の走行試験路

 自動車試験場には、悪路試験用の「ベルジアン・ロード(英語:Belgian road)」という、石畳の道路がある。ベルギーの石畳の道路が代表的な悪路であるとして、この名がついた。

 一般的には、花崗岩のブロックを用いて人工的に再現する。

 M社のベルジアン・ロードは、実際のベルギーのある地方の石畳道路を買い取って、その道路のカーブや勾配を記録し、敷き詰められた石に全てナンバーを振り、相互の位置関係と、路面からのそれぞれの石の、飛び出している高さや角度を計測した。

 そして、自社の試験場に、現地にあった道路をそっくりそのままの状態に再現して使用している。つまり現地の悪路を「引っ剝がして」来た訳だ。

 ヨーロッパでの評価が高いM社の車の足回りの試験は、実際のベルギーの悪路で走行試験をして開発されているといっても間違いではない。

●その他にも

 社名のイニシャルも隠しておくが、某社は世界最高峰のレースに参戦し、レースカーが、コーナー走行する際に、ミッション内部のオイルが、横Gの影響をどう受けるかを検証して、レースカーのミッション性能を向上させる開発試験をしている。

 そしてこの目的だけの為に、ミッション単体を実走行と同じ状態に振り回してGをかける試験装置を、これも億を軽く超える高額投資を惜しげなくつぎ込んでいる。

 これ等以外にも、筆者が知らない開発投資や工夫が、国内自動車メーカー各社で行われている。これが日本の自動車工業の底力だ。

 S社もM社も今年で100年の歴史を積み重ねて来た、基礎体力が充実した企業だ。

 単に国土や人口が大きくて、強権的に土俵とルールを変えてでも、EV車押しで何とかしたい途上国に対しての、絶対的な優位点がここである。

 日本のカメラの様に、限定用途の、「多少工業レベルが劣った国々でも対応可能なEV車」以外は、日本車を全世界に供給すれば良いのだ。

 日本の自動車産業に関係する人口は550万人。頑張ろう、クルマを走らせる550万人!(記事:沢ハジメ・記事一覧を見る

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