【日産は何を間違えたのか?(1)】カルロス・ゴーン記者会見で語られなかった原点

2020年1月9日 18:22

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 日産自動車は業績を下げ続けている。カルロス・ゴーン被告逮捕の時から、日産の業績は思わしくない。株価は半減し、売り上げを落とし、利益率は下がり続けている。これは「経営責任」として、西川前CEOをはじめゴーン元会長の後を引き継いだ経営陣の結果責任となる。

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 これを弁護しておくと、「ゴーン時代に北米で販売奨励金を多く出しすぎていたつけが回ってきた」と言えるものだが、それでもその後の対策が見えてこない。業績低迷には多くの要素があるが、無策であることは許されない。

 業績低迷はそれもそのはずで、カルロス・ゴーン前会長のようなカリスマ経営者を失ったのだから、当然と言えば当然だ。現在のようなリスクを冒してまでカルロス・ゴーンを追い出さねばならなかった日産の理由が、「ルノーとの統合」だ。

 もしルノーと日産が経営統合されフランスに生産拠点を移されたら、日本の雇用が失われること、日産独自の技術がルノーに流れること、ルノーの日産内部に対する統治が進み、日産独自の技術開発が失われていくことなどが考えられたからだ。

 どれも日産生え抜きの人材にとって、また日本政府の産業政策にとってマイナスであることは確かだった。この震源は、フランス・マクロン大統領のフランス国内における政治的業績の追求だった。これに対抗するため、カルロス・ゴーンの不正は良いチャンスであっただろう。

 政府の思惑に検察がのった形であろう。その意味で、カルロス・ゴーンの「クーデター説」は的を射ている。

 カルロス・ゴーンが犯したとされる犯罪容疑は、どこにでもあるような内容だ。通常、社内で問題となり罷免されることはあろうが、特捜部が動くような事件とは思われない。

 しかし日産をフランスの統治に委ねることは、日本政府、日本国民として座視は出来ない。株式の法則では、当然にフランス政府の支配権が大きい状態であり、これをくつがえすのは通常の方法では出来ない。だからこれを行った以上、日本の検察・政府が非難を受けても仕方がない状況ではある。

 日産の当時の幹部にとっても、ほかに選択肢はなかったものと理解は出来る。しかし、かつてルノーに出資を求めて救済された日産が、現在の実力差から言っても株式の論理に従わないのは「わがまま」なことだ。

 日産自動車の救済をルノーに任せてしまった日本政府の、当時の判断の甘さである。ここに、原点がある。

 やはり、カルロス・ゴーンは「被害者」の様相が強い。カルロス・ゴーンほどの人物でも、個人の力ではどうにもならない国家規模の利害の衝突が基本にあるのだ。(記事:kenzoogata・記事一覧を見る

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