モーターショーで示されたトヨタ・LQはソフト全盛時代を予言したものなのか?

2019年11月3日 07:03

小

中

大

印刷

コンセプトカー「LQ」。(画像: トヨタ自動車の発表資料より)

コンセプトカー「LQ」。(画像: トヨタ自動車の発表資料より)[写真拡大]

写真の拡大

 2019年の東京モーターショーでは、EVやコネクテッド、AIなど電子制御への比重が高まっていることが分かる。そして、自動車製造のコストの中で、ソフトの占める割合はますます増えていく。GDPに占める割合においてもソフト産業が増えていくだろう。

【こちらも】トヨタ、インホイールモーターカー開発 ワイヤレス給電はバッテリーより実用的か?

だが勘違いしてはいけないのは、必ず「物」を造り上げなければ人間の生活の役には立たないことだ。これは技術革新の方向性では当然であり、今に始まったことではない。

 すでに世紀前、自動車の電子制御化は始まっている。エンジンを筆頭にダンパーなどの制御も始まり、ミッション、ブレーキなど走行するに必要なメカニズムの電子制御が増えていった。

そのころ、ホンダ創業者である田宗一郎はCVCCの燃焼室を思いついたが、彼は機械式メカニズムの信奉者であった。その当時は、まだまだ機械式メカニズムに信頼感があり、電子制御には不安が付きまとった。

 エンジン制御ソフトの信頼性がまだ低く、思わぬところでエンジンが吹き上がり事故になるなどしていた。私のクルマもエンジンストップがランダムに起こって実用にならなかった。

現在でも、メカニズムと電子制御プログラムとのタイムラグが感じられて、走行していて危険を感じる時がある。時にフリーズしてしまうパソコンのウインドウズよりも良いが、クルマにも「バグ」が存在する不安が絶えない。AIの時代になってもこれは変わらないだろう。最近話題になっている量子コンピュータでは、「最初からやり直し」と言っても良いほど信頼性がまだまだ低いのだ。

 今回の東京モーターショーに出展されたトヨタの自動運転車「LQ」を取り上げた記事を読んだが、「ソフト万能感」が過剰であることが気になった。どのように優れた制御ソフトを積み込んでも、「物」としなければ役には立たないことが忘れられている。

メーカーは、ソフト技術者を養成すると同時に、製造技術・生産技術・品質保証技術の真の専門家を育てておかねばならないだろう。

 近年の一連の日本企業の品質不良問題を紐解いてみても、「ソフト偏重」の弊害を感じることとなる。それはテスラのモデル3量産に手間取った内容を見れば分かってくる。どれほどソフトが増えても、「物」にならねば人間の役には立たないことをよく理解することだ。

 ソフトは理論が組み立てられて、マシン語に正確に置き換えられれば、それを「コピー」して、同じものを大量に作ることは造作もない。しかし、自動車を安全に故障が少ない「物」として、量産する技術は極めて困難だ。これを甘く見てしまうのがソフト技術者の常なのだ。人類の生活を安定的にする最も大切な技術は「品質保証」なのだ。

 コンセプトカー、トヨタ・LQが示したソフトの数々は、ソフト全盛時代を示しているのは間違いない。いや全盛時代ではなく限りなくソフトが重要視されていく時代がやってくる。クルマと話しながらドライブする時代なのだ。だが、車にとって最も大切な技術は「品質保証」であることに変わりはない。(記事:kenzoogata・記事一覧を見る

関連キーワードトヨタ自動車自動運転コンセプトカーテスラモーターズ東京モーターショー

広告

財経アクセスランキング

広告

写真で見るニュース

  • 一目で欲しくなるデザインのいすゞ117クーペ。©sawahajime
  • ローマン宇宙望遠鏡のイメージ。(c) NASA
  • (画像: フォルクスワーゲン グループ ジャパンの発表資料より)
 

広告

ピックアップ 注目ニュース