ノーベル賞学者の本庶博士が一石を投じた産学連携の在り方

2019年8月13日 08:00

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 2018年のノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の本庶佑特別教授と小野薬品工業(以下、小野薬品)との対立が、周知の通り「訴訟」にまで及ぼうとしている。ザッと振り返ると、ことの流れはこうだ。

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 本庶氏は1992年に、免疫のブレーキ役となる分子(PD-1)を突き止め「がん免疫治療薬に応用できる可能性」を示唆した。この成果を基に03年、小野薬品と共同で特許を出願した。

 その後、小野薬品は米製薬大手:ブリストル・マイヤーズスクイブとがん免疫治療薬「オプジーボ」を共同開発した。同様の薬の市場規模は世界で17年:1.2兆円に、さらに24年には4.5兆円と推測されるまでにがん治療薬の状況を大きく変えている。

 が、本庶氏は「当初の契約時の説明が不十分だった」とし、対価を受け取っていない。小野薬品は当初契約に基づく対価約26億円を法務局に供託している。本庶氏の代理人弁護士が「(小野薬品の出方次第では)9月にも提訴に踏み切る」としている理由は、7月27日の日経電子版に詳しいので詳細は譲るが「オポジーボの市場性の高さと当初契約の大きな隔たり」が主たる要因。

 日本社会には「金のことはあからさまに語るべきではない。金は後からついてくるもの」といった、悪しき習慣がある。実は規模の差こそあれ、私も今もって悔やまれる事由が少なからずある。(週刊紙・月刊誌の紙媒体で)物書き業の4分の3余の時間を費やしてきたが、「原稿用紙換算の単価」に始まり「売れ筋等々に応じた貢献度対価」などに関する契約書の類を交わしたことは1度もない。今になりよくよく考えると「自分自身に失礼だった」と悔やまれる。

 本庶氏は学者・研究者。「当初計画時の説明不足を後に言い出すのは如何なものか」という誹りもあろうが、「PD-1がどれほどの市場規模のがん治療薬を生み出すか」まで、推測できるはずもなかったと考える。ただ本庶氏はいま、自らを戒める意味を含めてであろう「公正な産学連携のモデルをつくらなければ、日本のライフサイエンスが駄目になる。若い研究者がやる気をなくしてしまう」としている。

 私には「ノーベル賞学者」の衣を脱ぎ捨ててまで、自らに続く研究者育成に軸足を置いての赤裸々な行動にでているという気が強くする。

 小野薬品に何ら意図するところはないが、手元に<「オポジーボ」販売量が4割増加 小野薬品、過去最高益>という見出しの昨年11月1日配信の朝日新聞・電子版がある。18年9月中間期の最終純益が「薬価引き下げにもかかわらず、(オポジーボの)適用できるがんの種類が増え、海外の好調を受け」過去最高益になったという内容である。

 と同時に記事では相良暁・小野薬品社長の会見時の話として「(ノーベル:筆者、注記)賞を取っても取らなくても、医療現場での評価は変わらない。影響はほぼないとみている」「これだけ短期間に、小野薬品、オプジーボという名前が世の中に露出したことから、希望的だが、知名度の低かった小野薬品で働いてみたいということになればありがたい」(原文まま)と記されている。そこには「産学連携云々」に馳せる思いは、全く感じられない。(記事:千葉明・記事一覧を見る

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