リアルに検証【事故を防ぐ老練な運転テクニック(1)】 アクセルとブレーキの踏み間違い

2019年5月26日 16:02

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 若者の事故率は、80歳以上の高齢者よりも多い。だがしかし、目の前に日本の高齢化が迫ってきた。ちょっと高齢者自身の運転に対する考えを聞いてみてほしい。「運転したくない」というのが本音だ。運転しないで乗せてもらえるのなら、この上ない幸せだ。だって、「視野が狭く」「日の光がまぶしい」「バックが心もとない」と、これでは運転にならないからだ。

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■視力の衰え

 私も50年以上の運転歴を持つ。自分で事故を起こしたことはない。若いころに3度追突されて、今でも後遺症に苦しんでいるが、保険を使ったこともなく、驚くことに車体をこすったこともない。大型車で狭い道を走り回っていたが、車両感覚には絶対の自信があった。しかしだ、この数年、全く自信が失せた。

 その原因は視力で、自分で感じるのは視野が狭くなっていることだ。前方を見ていると、両端の視野がないことに気付く。危険であると感じる。だから夕方や夜間の運転は、若い人がいれば任せるようになった。年間少ない時でも2万kmはあった走行距離も、現在では自分で運転しているのは500km程度と激減した。それはそれは寂しい思いをしている。だが自動車を使わずに出掛ける気楽さも覚えた。

■「ミミズク」になった

 数年前、半世紀以上のブランクの後で江ノ電に乗った。高校時代には、最近アニメの舞台にもなった「日坂」を知ってはいたが、江ノ電がその踏切に差しかかると、車窓から見えるその人出に驚いた。日本人と見えたが、一方、江ノ電の車内を見渡すと中国語と思しき会話がすごい。記念写真を撮ろうとして私の足を踏んでしまった、カップルで乗っていた女性は、「ソーリー」とその時だけ英語でつぶやいた。台湾の人のようだ。

 そういえば当時、「日坂」の踏切で江ノ電にひかれた数学の先生がいた。スピードの遅い江ノ電に「どうやればひかれる」ことが出来るのか、学生の間で話題になったものだ。私が通っていた当時、日坂と江ノ電の駅を結ぶ歩道がなく、線路の上や国道の脇をはしゃぎながら通っていた。「江ノ電の音が近づいてきたら避ければ良い」程度に考えていたが、現在、あの場所の混雑は車も増えて危険極まりない。

 今考えてみると、ひかれた数学の先生はきっと、耳が遠く、目が良く見えなかったのだろう。そういえば、「ミミズク」とあだ名があった。今は、自分が「ミミズク」になってきたのだと感じる。(実際のミミズクは聴覚が優れているのであしからず)

■「左足でブレーキを踏む」テクニック

  最近、アクセルとブレーキの踏み間違いの事故が、クローズアップされている。確かに、昔から行く聞く話だ。事故を起こした本人たちは、ブレーキを踏んでいてエンジンが吹き上がったというのだ。だが実際は、ブレーキを踏んでいるつもりで、アクセルを床まで踏み込んでいたのだ。

 私も、「日坂」から離れて半世紀以上が経った。この間ずっと運転を続けてきたのだが、一度だけ「アクセルとブレーキを踏み間違えた」と感じる瞬間があった。危ないところだった。しかし「昔ながらのクセ」で、難を逃れることが出来た。それは昔のアメリカ人の常識で、ATでは「ブレーキを左足で踏む」ことだ。現在でも、右折や合流で一時停止して発進待ちの時、右足で少しアクセルを踏み、左足でブレーキを踏んで待つクセがある。

 その時は、間違えて一瞬アクセルを踏み込んでしまったのだ。クルマは発進しようとするのだが、ブレーキは左足にあるから、反射的に左足を踏み込んでいた。右足と左足、つまり両足を同時に踏み込んだのだ。すぐに気付いてアクセル側の右足を離したから、発進せずに事なきを得た。これを通常の右足だけで操作していたなら、発進して事故になっていただろう。明らかに踏み間違いだ。

 「左足でブレーキを踏む」のもありなのだと実感した。MTになれている人なら、クラッチの替わりにブレーキを踏む感覚はすぐに掴むことが出来るだろう。(記事:kenzoogata・記事一覧を見る

続きは: リアルに検証【事故を防ぐ老練な運転テクニック(2)】「バック苦手」高齢者は体ねじれない

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