GT-Rを失った「スカイライン」復活は無理?日本で唯一設計者の名が残るレジェンド

2018年9月12日 19:29

小

中

大

印刷

2017年にマイナーチェンジされたスカイライン・350GT HYBRID Type SP。(画像: 日産自動車)

2017年にマイナーチェンジされたスカイライン・350GT HYBRID Type SP。(画像: 日産自動車)[写真拡大]

写真の拡大

 日産・スカイラインがピンチだ。月販200台程度と聞いて驚いている。たしかに私も、どれが現行のスカイラインなのかも分かっていなかったほど、見慣れていない。「日産・GT-Rに繋がるプリンス・スカイライン2000GT」と言っても知らない若者が増えているだろう。現在のGT-Rからスカイラインの名が外れたことを知らない人も多い。国内の自動車設計者で名が知られていたのが唯一、スカイラインの生みの親、桜井真一郎氏だ。現在のオーテックの創業者でもあり、レース界で知らない人はいないのではないだろうか。

【こちらも】スカイライン櫻井眞一郎の【幻のスーパーカーMID4】日本で唯一名を残した車設計家

■良い車に違いないが、販売施策の間違いか?

 残念だが、プリンス時代、日産と合併してからも、昔から日産の販売店には良い印象がない。いくども購入に出向いたのだが営業マンの対応がなく、結局2台しか買わなかった。1代目は、伝説のスカイライン2000GTを生んだスカイライン1500だった。仕事に使っていたためGTなどを購入することはできずにセダンであったが、「羊の皮をかぶった狼」と言われた2000GTとのつながりを感じて誇らしく感じたものだった。

 親父が買った1500セダンの次も、自分の稼ぎで買いたいと思い、幾度かディーラーに足を運んだ。しかし、なぜか声をかけても待たされ、そのまま1時間も応対がなく黙って帰ってきたりと、ディーラーの対応は理解に苦しんだ。もちろん何のトラブルもなく、1500の時と場所も変わって知らないディーラーだった。

 そして、10年以上がたってもまた車を買い替えるときには、いつもスカイラインが候補に上った。しかし、対応が遅いのか、いつも違った車になってしまう。これは、ジャガーのディーラーでも起こっていた。売り方が「買えるならなら買ってみろ」との昔のやり方だったのだろう。客側が何度も足を運ばねばならないのだ。現役時代の忙しい中、それはできなかった。他車の営業マンが出向いてくれて、ほかの車に決まってしまうのだ。

 R32スカイラインGT-Rが発売になったときに興味がわいて、やはり買いに行った。現役時代は忙しい中での商談だったので、こちらのペースに合わせてくれないとなかなか決まらない。その当時はBMW、ベンツ、ポルシェなどのドイツ車にはまっており、日本車では唯一スカイラインに興味がわいていた。しかし、仕事に使う少し小型で目立たない車が良かったので、R32スカイラインGT-Rは少々派手であった。「羊の皮をかぶった狼」ではあったが、知られすぎてしまっていた。

 そこで、スカイラインGTS-4と呼ばれた、4輪駆動の足回りだけGT-Rと共有する車を購入した。そのシステムが大変興味を引いたからだった。普段は何気ないセダンで仕事に使えて、一人になったらワインディングを走りぬくこともできた。でもやはり、GT-Rが恋しかった。それほど我慢しても、仕事関係者の中では「奴はGT-Rをチューニングして乗っている」とあらぬうわさまで飛び交ってしまった。

次は、復活に必要な「羊の皮をかぶった狼」について考えよう。(記事:kenzoogata・記事一覧を見る

続きは: スカイライン復活には「羊の皮をかぶった狼」が必要で、レース仕様と同時に開発すべき

関連キーワード日産自動車GT-Rスカイライン

「自動車・二輪車・部品」の写真ニュース

企業・産業の最新ニュース

RSS

もっと見る

主要ニュース

RSS

もっと見る

広告

財経アクセスランキング

広告

SNSツール

RSS

facebook

zaikeishimbun

いいね!

twitter

@zaikei_company

フォロー

google+

Hatena

広告

ピックアップ 注目ニュース