大前研一「日本/イタリアを比べて考える、デザイナーと零細企業の地位」

2017年2月28日 21:27

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記事提供元:biblion

 【連載第4回】鞄や家具などのものづくり、ファッションやオペラなどの文化。歴史的建造物が連なる町並みや穏やかな農村。国のいたるところに文化と産業が息づく町があるイタリア。国家財政・社会情勢が悪化する中、なぜイタリアの地方都市は活気に満ちているのか。イタリアに日本の課題「地方創生」解決のヒントを探る。

大前研一「日本/イタリアを比べて考える、デザイナーと零細企業の地位」

 本連載では書籍『大前研一ビジネスジャーナルNo.11』(2016年8月発行)より、日本の「地方創生」の課題に迫ります(本記事の解説は2015年7月の大前研一さんの経営セミナー「イタリア『国破れて地方都市あり』の真髄」より編集部にて再編集・収録しました)。

イタリアのブランドが持つ「デザインの根幹にある哲学と美意識」

やかんの存在意義とは? まで掘り下げる

 なぜイタリアのブランドは、これほどの力を持てるのでしょうか。そこには、日本とは本質的に異なる、イタリアならではのデザインに対する考え方が関係しているようです。

 図-16をご覧ください。左に示したものが、デザインというものに対する、イタリアおよび日本企業の考え方の違いです。
 (3229)

 日本ではデザインを考える際にまず、会社の方針、コスト、売れ筋…と、いわゆる商品計画が重要視される傾向にあります。
 一方、イタリアは、デザインを深く、非常に哲学的に捉えているのが特徴です。やかんのデザインを考えるとするならば、「やかんの存在意義とは?」というところまで掘り下げ、実用性と「美」を追求し、考え抜くのがイタリア流です。

 したがって、当然のことながらデザイナーの存在価値も、イタリアと日本では大きな差があります。日本ではデザイナー=下請け業者という感覚が強く、商品計画ありきで、それに適したデザイナーに発注するというやり方が主流です。デザイナーには、コスト制限、売れそうなデザインなど、さまざまな条件が求められます。

 ところがイタリアでは、デザイナーを中心に商品を作るのが普通です。あくまでも企業はデザイナーのパトロン的存在であり、口を出さずに、デザイナーに自由に発想させます。そのような環境で作られるものだからこそ、ブランド化、高付加価値化が叶うのです。

美とハピネスが日常生活に

 このようなデザイン哲学が浸透し、人々に受容されるのは、イタリア人のライフスタイルそのものに、デザインや美が根付いているからと言えるでしょう(図-17)。
 (3232)

 イタリア人にとって生活の充実には、美的感覚が欠かせません。大切なのは、「Gusto(グスト)」。Gusto=Good taste、センスのよさが重要なのです。

 スタイリッシュなダイニングで、ワインとともに食事を楽しみ、インテリアに絵画などアートを取り入れるのは自然なこと。ちょっとした外出でも、ジャージーでコンビニなどということはせずに、きちんとスーツを着て出かけます。キッチン用品や家電製品も美しいものを使います。

 そして、幸福はいつも日常生活にある、と考えるのがイタリア人です。ですから、人生を終えるときは貯蓄ゼロでよい、自分のためにすべてを使い切って「ああ、いい人生だった」と言うのが幸福なのです。
 老後にお金が足りなくなる心配ばかりしている日本人とは、人生に対する考え方がまったく異なります。

 そのようなイタリア人の美意識は、日用品の数々にも表れています。図-17の右側に記載したのが、イタリアを代表する日用品ブランドの製品です。

 まず、アレッシィ のバードケトル。世界的にポピュラーなやかんで、注ぎ口に小鳥がデザインされていて、お湯が沸くと小鳥のさえずりのような音が鳴り響くようになっています。
 朝、コーヒーの香りで食卓に向かうように、小鳥のさえずりが朝食の席に家族を呼ぶという考えです。ただのやかんにそのような意味を付加し、美しいデザインに落とし込んでいるのはさすがです。カルテル のブックワームという本棚においては、「本を収納する」という本棚の概念を本質的に再構築しています。
 柔軟性があり、使う人の好みの形状に取り付けることができ、回転させることも可能です。本棚=収納ではなく、インテリアとしても人を惹きつけられるかどうかが重要で、収納するだけなら倉庫で十分という感性なのです。
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小さな町の小さな企業が盛り上げるイタリアの地域経済

地場産業が集中する「第三のイタリア」

 地方都市それぞれに個性が宿り、デザインと美を愛する国、イタリア。
 信頼を置けない不安定な政府の存在を忘れてしまいそうなほど、イタリアの都市、人々の暮らしにエネルギーを感じるのはなぜでしょうか。ここからは、その理由を探るべく、イタリアの産業をさらに深く見ていきたいと思います。

 先に少し触れましたが、イタリアの地域を産業別に見ると、かつてのオーストリア支配が影響する北西部には、自動車・機械工業の大企業が多くあります。「第一のイタリア」と呼ばれるエリアです。対する南部は、農産物、ワイン、観光、そしてマフィアが経済を支え、「第二のイタリア」と呼ばれています。

 そして北東部から中部にわたる「第三のイタリア」。このエリアに、革製品、家具、木工品、繊維、眼鏡、セラミックタイルなど、特徴的な地場産業を持つ都市が集中しています。
 代表的な都市を挙げると、ボローニャ、フィレンツェ、ローマ、ヴェネツィア、モンテベッルーナなどです。企業としては、グッチ、フェラガモ、ランボルギーニ、マセラティなど、著名なブランドが名を連ねます(図-18)。
 (3239)

零細企業≠弱小 小さな企業が輸出に貢献

 イタリアでは、従業員数が増えると税金が上がるという事情により、中小企業が大変多く、企業全体の約95%を占めています。

 図-19の左側をご覧ください。EU27 とイタリアを比較すると、イタリアでは中小企業の数そのものが多く、人々も多くは中小企業に勤めていることがわかります。従業員10人未満の零細企業に勤める人が約5割、50人未満の小企業も含めると、全労働人口の7割近くが50人未満の会社で働いているということです。これは、極端な零細企業志向と言えるのではないでしょうか。
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 日本では、零細企業=弱小という感覚が強いかもしれませんが、イタリアではそのようなことはまったくありません。

 同図の右側に示した輸出額の割合が、零細企業の実力を物語っています。
 輸出額のうち中小企業が占める額は、木、コルク、わら等の製品については86%、家具、繊維でいずれも69%、皮革製品等は65%。その他、多くの産業において中小企業が50%以上を占めています。輸出への貢献度が非常に高いのです。
 果たして日本では、従業員10人未満の企業がどれだけ輸出に貢献していると言えるのでしょうか。(次回へ続く)

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大前研一

大前研一株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長/ビジネス・ブレークスルー大学学長1943年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号、マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、常務会メンバー、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。以後も世界の大企業、国家レベルのアドバイザーとして活躍するかたわら、グローバルな視点と大胆な発想による活発な提言を続けている。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長及びビジネス・ブレークスルー大学大学院学長(2005年4月に本邦初の遠隔教育法によるMBAプログラムとして開講)。2010年4月にはビジネス・ブレークスルー大学が開校、学長に就任。日本の将来を担う人材の育成に力を注いでいる。 元のページを表示 ≫

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