【横浜市立大学】細胞内で形成されたタンパク質―薬物複合体の細胞ネイティブ質量分析に成功
配信日時: 2026-02-20 14:00:00

横浜市立大学大学院生命医科学研究科 明石知子教授、小沼剛准教授、田尻道子特任助教らが、ネイティブ質量分析*1により、ヒト培養細胞内において形成されたタンパク質―薬物複合体を、たった1個の生きている細胞から観測することに世界で初めて成功しました。この技術は、生きた細胞内のタンパク質を直接観測し、細胞ごとにタンパク質の働きを理解するのに有用な手法として、また個々の細胞の特性を理解するための手法として、さまざまな研究への利用が期待されます。本研究は、博士前期課程に在籍していた鈴木のあさん(令和6年度修了)が中心となり、博士前期課程に在籍していた坂本和香さん(令和4年度修了)、理学部生の稲富結子さん(令和6年度卒)と今村栞子さん(4年次)とともに進められたものです。
本研究成果は、アメリカ化学会の旗艦誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました(2026年2月17日)。
研究成果のポイント
目的タンパク質を過剰発現しているヒト培養細胞に、そのタンパク質に対する阻害剤を浸透させた後、生きている細胞を1つだけサンプリングしてネイティブ質量分析することで、タンパク質―薬物複合体を観測できた
目的タンパク質の細胞ごとの発現量を把握した上でサンプリングすることで、一細胞での薬物複合体の観測に成功した
これまで赤血球の一細胞ネイティブ質量分析で成功していた手法を、細胞内で機能するタンパク質の状態を、細胞ごと、さらには細胞小器官ごとに比較して把握できる技術へ発展させる可能性を示した
[画像1]https://digitalpr.jp/simg/1706/128720/700_278_20260219101747699664bb425e4.png
図1 実験手法の概念図
研究背景
質量分析は試料をイオンにして質量を求める方法で、微量の試料から迅速にデータを得られます。一般に、タンパク質の質量分析で感度を上げるには、酸や有機溶媒を加えてイオン化しやすい条件を整える必要があります。しかしながら、このような条件ではタンパク質は変性してしまい、機能する状態を保持することができません。機能する姿のまま観測するには、感度をある程度犠牲にしても、中性の水溶液として試料を調製して、ありのままの状態を保って質量分析する(=ネイティブ質量分析)方法が用いられます。ネイティブ質量分析では、細胞内のタンパク質の状態の変化を質量の変化として捉えられるため、タンパク質の機能を理解する上で非常に有用な情報が得られます。
本研究では、薬剤標的となるタンパク質を過剰発現させたヒト培養細胞(HEK293T細胞)にタンパク質の阻害剤を浸透させたのち、そのまま1つの細胞を質量分析用のガラスエミッターにサンプリングしネイティブ質量分析することに挑みました。そして、細胞内での阻害剤との複合体の形成をネイティブ質量分析で確認することを目指しました。機能しているタンパク質の質量を細胞ごとに求められれば、数多くの細胞の平均的な状態でなく、さまざまな状態の細胞を1つずつ把握でき、生命科学研究を進める上で大きく貢献します。
研究内容
実験では、がんや加齢に関わる疾患への関与が知られるタンパク質ヒトSirtuin 2(SIRT2)をモデルとして用いました。このタンパク質が、生きた細胞内で阻害剤と結合していることを、1つの細胞レベルで捉えることが本研究の核心です。
解析の最大の障壁は、1つの細胞に含まれる標的タンパク質の量が極めてわずかであることでした。そこで私たちは、標的であるSIRT2を細胞内に作り出す際、緑色に光る「蛍光タンパク質(EGFP)」を同時に、かつ独立して同じ細胞内で作り出す工夫を施しました 。これにより、細胞が発する蛍光の強さを確認することで、その細胞の中にどれだけの標的タンパク質が蓄積しているかを、生きたまま外から推測することが可能になりました。
実際にサンプリングを行う際は、顕微鏡下で無数の細胞の中から、特に強い輝きを放つ「タンパク質が非常に多く作られている細胞」を厳選してピックアップしました。この「優良な細胞」を選別した結果、タンパク質信号を確実に捉えるための決定打となりました。
このようにして採取した細胞をネイティブ質量分析した結果、細胞内に存在するSIRT2タンパク質そのものだけでなく、そこに阻害剤(SirReal2)が結合して質量が変化した「タンパク質と薬の複合体」の状態を、世界で初めて、たった1つの生きた細胞から直接観測することに成功しました。これは細胞内という複雑な環境においても、本手法が薬とタンパク質の相互作用を正確に判別できることを証明しています。
今後の展開
この技術は、薬が目的通りに作用しているかを、1つひとつの細胞ごとに明らかにする強力な道具になります。
例えば、細胞が分裂しようとしているのか、休んでいるのかといった「状態」の違い(細胞周期)によって、薬の効き方が変わることがあります。この方法を使えば、そうした細胞ごとの個性を無視せず、詳しく調べることが可能です。さらに将来的には、細胞全体だけでなく、エネルギーを作る場所など、細胞の中にあるさらに小さなパーツに狙いを絞った解析も目指しています。これにより、薬が細胞の中の狙った場所に正しく届いているかを、細胞1つのレベルで確かめることができるようになります。このことは、細胞ごとの性質まで考えた「より精密な薬づくり」につながると期待されます。
研究体制(論文著者・所属など)
横浜市立大学大学院生命医科学研究科
教授 明石知子
准教授 小沼剛
特任助教 田尻道子
横浜市立大学大学院生命医科学研究科
鈴木のあ(令和6年度修了)
坂本和香(令和4年度修了)
横浜市立大学理学部
稲富結子(令和6年度卒業)
今村栞子(4年生)
研究費
本研究は、科学研究費補助金(JP19H05774、JP21K19236、JP24K09343、JP23K05720)、中谷医工計測振興財団、公益財団法人JKAの助成を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Single-Cell Native Mass Spectrometry for In Situ Detection of Protein–Drug Complexes in Live Cells
著者:Noa Suzuki, Yuko Inatomi, Waka Sakamoto, Kako Imamura, Michiko Tajiri, Tsuyoshi Konuma, *Satoko Akashi(*Corresponding Author)
掲載雑誌:Journal of the American Chemical Society
DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.5c17263
[画像2]https://digitalpr.jp/simg/1706/128720/450_68_20260219101750699664bed82b6.png
用語説明
*1 ネイティブ質量分析:タンパク質などを機能に重要な構造をできるだけ保ったままイオン化しその質量を測定する分析方法。非共有結合で複数の分子が集まった複合体でも、そのままイオン化し、正確に質量を決めることができる。
参考文献
Fujii T, Matsuda S, Tejedor ML, Esaki T, Sakane I, Mizuno H, Tsuyama N, Masujima T, “Direct metabolomics for plant cells by live single-cell mass spectrometry.” Nat Protoc. (2015) 10, 1445-1456.
プレスリリース情報提供元:Digital PR Platform
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