火星アルバ山周辺で季節外れの塩化水素を検出、地下の火山活動を探る手掛かりに

火星のマグマ性ガス放出が疑われる地域(Image: ESA)[写真拡大]
欧州宇宙機関(ESA)とロスコスモスの火星探査機ExoMars Trace Gas Orbiter(TGO)が、アルバ山周辺の大気で、季節外れの塩化水素(HCl)を検出した。研究チームは大気観測と地形画像を組み合わせ、地下のマグマから放出されたガスが亀裂を通って地表に達している可能性を示した。
ロシア科学アカデミー宇宙研究所のアレクサンドル・トロヒモフスキーらによる研究は、2026年11月4日にScience Advancesで公表された。火星内部の活動を、大気中の微量ガスから探る成果だ。
■北半球の初夏に現れる塩化水素
火星大気中の塩化水素は、TGOの観測によって発見され、2021年に報告された。最初の検出に使われたのは、2018年の全球的な砂嵐の時期に取得したデータだった。
その後の観測では、塩化水素が火星の季節に応じて増減することが分かってきた。火星が太陽に近づく近日点を含む時期には、南半球が夏を迎え、大気中のちりや水蒸気が増える。この時期に塩化水素が広い範囲で現れ、その後、急速に減少する。
今回注目されたのは、太陽から遠い遠日点を含む季節、北半球の初夏にアルバ山周辺で繰り返し検出された塩化水素だ。通常の季節変動から外れる時期に、同じ地域でガスが現れることが、重点的な調査につながった。
オックスフォード大学の発表によると、研究チームはこの分布と季節性を、地下からガスが供給されている可能性を示す手掛かりと捉えている。大気中に何があるかという観測に、その下の地形を重ねて発生源を探った。
■広くなだらかな火山と、その周囲の亀裂
アルバ山は、火星北半球のタルシス火山地域北部にある、広くなだらかな火山だ。Crownらの2022年の研究では、火山体の平面上の大きさは約1015×1150km、起伏は約6km、山腹の斜度は約1度と整理されている。
同じ研究で示されたオリンポス山の大きさは約640×840km、起伏は21.9km、山腹の斜度は約5度だ。アルバ山は高さよりも横への広がりが際立ち、面積で火星最大級の火山に数えられる。長い溶岩流や溶岩チューブに関連する地形も、その山腹に広がる。
アルバ山の活動史は、地形の重なり方や衝突クレーターの数と大きさから調べられてきた。Robbinsらの2011年の研究では、山頂カルデラ内の一部の地表について約4億5000万年前というモデル年代が示されている。年代推定は、調べる地形や地表面ごとに異なる。
今回の研究チームは、TGOのカラー・ステレオカメラCaSSISに加え、NASAの火星探査機Mars Reconnaissance Orbiterに搭載されたHiRISEとCTXの画像を調べた。対象は、塩化水素が検出されたアルバ山の北側・東側を含む地域だ。
研究チームが2025年の学会発表で報告した亀裂は、幅1m未満で、長さが数百mに及ぶものもある。氷を多く含む地表の被覆層などを切っていることから、形成は100万年前より新しいと推定した。これは、地形どうしの前後関係に基づく推定である。
一部の亀裂群は隆起した細長い地形にあり、周囲には明暗の堆積物が見られる。研究チームは、地下流体の移動やガスの放出に伴う変化の候補として注目している。亀裂の配列には、Tantalus FossaeやPhlegethon Catenaと呼ばれる断裂・陥没地形に沿う特徴もある。
■太陽光の吸収から微量ガスを調べる
塩化水素の検出に使われたのは、TGOの大気化学観測装置Atmospheric Chemistry Suite(ACS)にある中間赤外線チャンネル、ACS-MIRだ。太陽掩蔽法を用い、探査機から見て太陽が火星の地平線に沈む、または昇る際の光を観測する。
太陽光が火星大気を通ると、気体はそれぞれ固有の波長の光を吸収する。ACS-MIRはこの吸収スペクトルから微量成分を識別し、高度による濃度の違いを調べる。大気を斜めに長く通過した太陽光を使うことで、微弱な吸収を捉えやすくなる。
ACSの設計を説明した2018年の論文では、塩化水素の太陽掩蔽観測の検出限界を0.06ppbと見積もっていた。1ppbは10億分の1を表す。実際にどこまで低い濃度を測れるかは、ちりや氷粒子による光の遮蔽など、観測時の条件に左右される。
地表の温度分布を調べる熱観測と、大気成分を調べる分光観測は、地下活動の異なる手掛かりを扱う。今回の研究は、微量ガスの分布と、その下にある亀裂や堆積物を組み合わせ、地下と大気のつながりを探った点に特徴がある。
■氷がガスの移動と検出を左右する可能性
広域で見られる塩化水素の季節変動については、ちりに含まれる塩素化合物と水蒸気などが関わる化学反応が提案されている。JAXA宇宙科学研究所が2021年に紹介した研究でも、南半球の夏に塩化水素が毎年増えることや、水蒸気と塩化水素の高度分布がよく似ていることが報告された。
氷は、ガスを大気から取り除く過程にも関わる。研究チームのダニエル・メージュはESAのインタビューで、塩化水素が大気中の氷粒子に取り込まれやすく、季節ごとの大気状態が検出を左右すると説明している。
地下から地表への移動にも、氷が影響する可能性がある。ESAは今回の発表で、冬の寒さで亀裂が氷にふさがれ、初夏に氷が昇華するとガスが放出されるというシナリオを紹介した。冬の気温はマイナス120℃に達することがあるとしている。
研究チームが想定する発生源は、地下に残るマグマだ。そこから放出されたガスが断裂を上昇し、地表近くの氷を含む層と相互作用しながら大気へ漏れ出すと考える。ガスの供給、地中での移動、大気中での除去を組み合わせて、観測された季節性と局在性を説明しようとしている。
■地形と火震からも探られてきた火星内部
火星内部の活動は、これまでも若い火山地形や火震から研究されてきた。エリシウム平原のケルベロス地溝帯では、火山噴出物の可能性がある暗い堆積物について、クレーターの数から約5万3000~21万年前というモデル年代が推定されている。
NASAの着陸機InSightが取得した地震データも、この地域への関心を高めた。2022年にNature Astronomyで発表された研究は、ケルベロス地溝帯を起源とする低周波の火震について、地下30~50kmにある、比較的温かく変形しやすい領域と整合すると分析した。InSightのミッションは2022年12月に終了した。
さらに、2004年にNatureで発表されたMars Expressの画像解析では、火星の五つの主要火山のカルデラに、繰り返し活動し地表が更新された痕跡が報告された。若い活動段階の年代は約200万年前に及び、オリンポス山などの活動史を考える材料となっている。
今回のアルバ山周辺の研究は、こうした地形や地震の研究に、大気化学という観測の切り口を加えるものだ。研究チームは、局在する塩化水素と亀裂の地質的な特徴を合わせ、地下の火成活動を示唆する結果と解釈している。
■熱水環境と生命探査への関心
地下の熱源と水の相互作用は、火星の生命探査でも重要な研究対象だ。温かい岩石やマグマが地下水と関われば、水と岩石が反応する熱水系が形成され、微生物が利用できる化学エネルギーを供給する可能性がある。
地球の海底熱水噴出域では、化学合成を行う微生物が、水素や硫化水素などを利用して有機物をつくる。JAMSTECの解説によると、周辺には微生物を食べたり、微生物と共生したりする貝類やゴカイなども密集する。太陽光に頼らず、地下から供給される物質が生態系を支える例だ。
ジョージア工科大学のS・TuhiとJ・J・Wrayが2026年2月に発表した総説も、初期火星のノアキス紀におけるマグマ活動と水の相互作用を検討している。火山活動が熱や化学物質を供給し、堆積作用が生命の痕跡を保存し得る環境をつくるという視点から、熱水系の重要性を論じた。
メージュはESAの発表で、アルバ山周辺に活動中の熱水系があれば、微生物に必要な材料とエネルギーを供給し、地表の厳しい環境から守る場所になり得ると説明した。今後の観測では、ガスの季節変化と地形の対応をさらに詳しく調べ、地下の熱源や流体の動きを絞り込むことが焦点になる。
TGOは2016年3月に打ち上げられ、同年10月19日に火星へ到着した。ACSはロシア科学アカデミー宇宙研究所がフランスの研究機関などの協力を得て開発した装置で、大気の本格的な科学観測は2018年4月に始まった。ESAは2026年10月、火星到着から10年を迎えたTGOについて、引き続き科学観測を進める方針を示している。
※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。
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