『アベンジャーズ/ドゥームズデイ』未完成の脚本で撮影、ルッソ兄弟の即興演出を「宇宙の衝突」から読み解く
『アベンジャーズ/ドゥームズデイ』を監督するジョー・ルッソとアンソニー・ルッソは、完成した脚本を撮影前に固定するのではなく、リハーサルや俳優の提案を取り込みながら内容を発展させたと説明している。複数の世界と多数の登場人物が交差する本作において、この制作手法はどのように機能するのか。劇中で描かれる宇宙同士の衝突と、衝突や相互作用から新たな状態が生まれる現実の研究を補助線として考えてみたい。
■未完成の脚本で進めたルッソ兄弟
2026年のベネチア国際映画祭に合わせてAP通信の取材を受けたルッソ兄弟は、『アベンジャーズ/ドゥームズデイ』を完成前の脚本で撮影した理由を語った。
ジョー・ルッソは「私たちは常に脚本を生き物として捉えている」と述べ、「私たちは即興やリハーサルを基礎にする監督だ。俳優がキャラクターに何をもたらすのかを見たい。撮影の数日前や数週間前まで俳優と仕事ができないこともあり、多くの場合、そこで魔法が生まれる」と説明した。
脚本を「生き物」と呼ぶ表現は、作品の骨格を持ちながら、出演者とのやり取りに応じて台詞や場面を変化させていく制作姿勢を示している。すべてを即興に委ねるという意味ではなく、あらかじめ用意した構成と、現場から得られる新しい表現を組み合わせる手法と捉えられる。
『アベンジャーズ/ドゥームズデイ』は、日本では2026年12月18日に日米同時公開される。監督は『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』と『アベンジャーズ/エンドゲーム』も手掛けたルッソ兄弟で、ロバート・ダウニー・Jr.がドクター・ドゥームを演じる。
マーベルの公式情報では、本作で異なる3つの宇宙のヒーローたちが衝突へ向かい、かつてない脅威に直面すると説明されている。詳細な展開には公開前の段階で明らかになっていない部分も多いが、アベンジャーズ、ファンタスティック4、X-MENに関係する登場人物が交差する大規模な物語になる。
■宇宙の衝突を連想させるエキピロティック宇宙論
MCUでは、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』において、異なる宇宙の境界が侵食され、一方または双方が破壊される可能性のある現象が「インカージョン」と呼ばれた。
宇宙同士の衝突というイメージに、科学的な補助線を引く理論の一つがエキピロティック宇宙論である。ジャスティン・クーリー、バート・オヴルト、ポール・スタインハート、ニール・トゥロックが2001年に発表した初期モデルでは、高次元空間に存在するブレーンの衝突によって、熱い初期宇宙が生じたと考える。
「ブレーン」は、余剰次元を含む理論で用いられる膜状の構造である。このモデルでは、宇宙の始まりを単独の点からの膨張としてだけ捉えるのではなく、高次元における構造の運動と衝突から、熱や物質に満ちた状態への移行を説明しようとする。
スタインハートとトゥロックは、その後、宇宙の収縮と膨張が反復するサイクリック宇宙論を提案した。そこでは、宇宙の大規模な進化が一度限りの始まりではなく、長期的な周期の一部として描かれる。
これらは初期宇宙を説明する理論的モデルであり、MCUの世界設定の由来がこの理論だと確認されているわけではない。それでも、別々の領域が接近し、その相互作用から宇宙規模の状態変化が生まれるという構造は、インカージョンの映像的なイメージを考える手掛かりになる。
劇中では、宇宙の境界や異なる世界の接触が、登場人物の選択や次元を越えた行動と結び付けられてきた。対してエキピロティック宇宙論が扱うのは、高次元の構造と宇宙全体の時間発展である。両者の間には、独立した世界の接触が新たな局面を生むという物語上の共通構造を見いだせる。
■科学と魔術を併せ持つドクター・ドゥーム
日本のマーベル公式サイトは、ドクター・ドゥームを「悪の科学者」と紹介している。コミックにおけるヴィクター・フォン・ドゥームは、高度な科学技術を操る一方、魔術にも通じた人物として長く描かれてきた。
科学と魔術を横断する造形は、MCUが積み重ねてきた世界観とも相性がよい。MCUでは、装置や人工知能を通じて現実に働き掛ける人物がいる一方、呪文や異次元の力を扱う人物も登場してきた。ドゥームは、その両方を一人の人物の中で結び付けられる存在である。
科学史を振り返ると、現在の科学が成立する過程では、自然哲学、錬金術、天文学、神学などが今日ほど明確に分かれていなかった時代がある。アイザック・ニュートンも、力学や光学だけでなく、錬金術や聖書研究に多くの時間を費やしていたことが知られている。
これは現代科学と魔術を同じ知識体系として扱うことを意味しない。むしろドゥームという人物には、世界を理解し操作するための方法を一つの領域に限定しないという発想が表れている。科学者と魔術師という二つの顔は、多数の世界と能力体系が交差する『ドゥームズデイ』において、彼を物語の中心に置く理由の一つになり得る。
■「生きている脚本」と創発
ルッソ兄弟が語る「生きている脚本」は、複数の参加者の相互作用から、事前には細部まで予測できなかった表現が生まれる過程を示している。このような考え方は、複雑系科学で使われる「創発」という概念を連想させる。
創発とは、個々の要素の性質だけでは説明し切れないパターンや機能が、要素同士の相互作用を通じて現れることを指す。映画制作に重ねれば、俳優、監督、脚本家、撮影スタッフが互いの提案に反応することで、完成稿をそのまま再現する場合とは異なる場面が形になる。
もっとも、映画の制作手法そのものが科学上の複雑適応系に分類されたわけではない。ここで重要なのは、固定された構想と現場からのフィードバックを組み合わせる情報処理の構造である。
物語の大枠がまったくなければ、個々の場面を一つの作品として結び付けることは難しい。一方、細部まで変更できない状態にすれば、俳優の演技から見つかった新しい解釈を取り込む余地が狭くなる。ルッソ兄弟の説明からは、大枠を保ちながら場面ごとの表現を更新する方針が読み取れる。
多数のキャラクターと複数のシリーズを扱う『ドゥームズデイ』では、こうした柔軟性と一貫性の両立が大きな課題になる。脚本を変化させる余地が豊かな演技を生む一方、それぞれの変更を全体の構成へ戻す編集作業も重要になる。
■即興研究が示す自発性と認知制御
即興に伴う脳活動を調べた研究も、ルッソ兄弟の手法を考える補助線になる。チャールズ・リンブとアレン・ブラウンが2008年に発表したfMRI研究では、プロのジャズピアニストが記憶した演奏を再現する場合と即興する場合の脳活動が比較された。
即興時には、外側前頭前野の広い領域で活動が相対的に低下し、内側前頭前野の一部で活動が高まるパターンが観察された。研究者らは、自発的な表現が生まれる際、継続中の行動を監視する働きと、内発的に生じる行動に関係する働きの組み合わせが変化する可能性を示した。
この研究の対象は音楽家であり、俳優のリハーサルや大作映画の制作を直接調べたものではない。それでも、自発的なアイデアの生成と、それを評価・調整する認知制御がどのように協調するかという研究テーマは、即興を取り入れた創作を理解する手掛かりになる。
即興は、評価や計画を完全に取り除く作業ではない。新しい表現を生み出す局面と、それを物語全体へ組み込む局面を行き来することが創作には必要になる。ルッソ兄弟の制作方法も、俳優が提示する演技や台詞を受け取り、作品の構成に適合する形へ発展させる循環として捉えられる。
■『アイアンマン』でも生かされた即興
脚本を撮影中も更新する方法は、マーベル映画にとって初めてではない。『アイアンマン』でオバディア・ステインを演じたジェフ・ブリッジスは、撮影時に脚本が完成しておらず、監督のジョン・ファヴローやロバート・ダウニー・Jr.と一緒に、その日に撮る場面の台詞を作り上げていたと振り返っている。
『アイアンマン』では、出演者と監督がトニー・スタークという人物像を現場で具体化していく過程が、ロバート・ダウニー・Jr.の演技と作品の会話のリズムにつながった。
『ドゥームズデイ』では、そのロバート・ダウニー・Jr.がドクター・ドゥームとしてMCUへ戻る。ただし今回は、単独のヒーローを中心とした作品ではなく、異なる宇宙とシリーズに属する多数の人物が集まる。個々の俳優から生まれる表現を尊重しながら、一つの物語へまとめる作業は、さらに複雑になる。
■衝突から生まれる物語
『アベンジャーズ/ドゥームズデイ』の宇宙衝突と、ルッソ兄弟の制作方法は、科学的に同じ現象ではない。そこに重ねられるのは、複数の要素が接触し、相互作用することで、それ以前には存在しなかった状態が生まれるという共通構造である。
エキピロティック宇宙論では、高次元におけるブレーンの衝突が熱い初期宇宙を生み出すモデルが検討された。複雑系では、相互作用する要素から全体のパターンが現れる。即興研究では、自発的な生成と認知制御の関係が調べられている。
ルッソ兄弟の「生きている脚本」という言葉も、俳優と監督、既存の設定と新しい表現の接触から、場面を発展させる姿勢を表している。宇宙の衝突を描く映画が、制作現場でも異なる発想や演技を衝突させながら形づくられたという点は、本作を読み解く興味深い補助線になる。
その方法が、三つの宇宙と多数の登場人物を首尾一貫した物語へ導くのか。答えは、2026年12月18日の『アベンジャーズ/ドゥームズデイ』日米同時公開によって示される。
元記事: Avengers: Doomsday Universe Collisions Reflect Real Physics: So Does Russos’ Chaos
※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。
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