努力の仕方を決めつけてはいけない

2019年9月12日 17:45

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 ウェブの記事で、ある女子プロゴルファー2人の対談記事があり、そこで目に留まった言葉がありました。「頑張ることはつらい道を選ぶことばかりではない」というものです。

 記事にあったのは、「昔から“辛いほうに行け”“厳しいほうに行け”と言われ、自分もそうすべきだと思っていたが、決していいことはない」「もちろん、ただ楽な方にいくのではなく、どっちが楽しめるかということを考えて道を選ぶ」「結局は自分が良いと思える方に行くのが良いかなと思う」ということでした。
 ケガでプレーできない時期があり、そういう考えに変えたらかえって気が楽になって、「もっと頑張ろう」と思えるようになったそうです。

 この言葉を見たときに思ったのは、「努力の仕方というのは人それぞれでいいはずなのに、どこかで決めつけられていないか」ということでした。

 努力にまつわる名言や格言といわれるものを調べていると、「努力を続ければ必ず報われる」というものがあると思えば、「報われない努力もある」であったり、「報われないかもしれないところで継続していることこそが才能」などというものもありました。

 「辛いことから逃げてはいけない」「目標達成するには全力で取り組むしかない」など、きついことでも立ち向かって、がむしゃらにやるしかないというものがある一方、「正しい努力をする」など、冷静に力の使い方を考えるべきという言葉もありました。
 「努力できることが才能」「努力した者が成功するとは限らないが、成功した者は必ず努力している」など、何かを得るには努力が不可欠というものもありました。

 こんなすべての言葉に納得する一方、全体的には、やはり「努力するのはつらいこと」のイメージが共通しているように感じます。ただ、つらくなければ努力に当たらないのかといえば、絶対にそんなことはありません。他人から見るとすごい努力をしているように見えても、本人はそのことが好きで楽しんでいることがあります。逆に自分にはつらくて相当努力しなければできそうもないことを、難なくこなしている人がいます。
 やはり努力というのは、その人その人によって感じ方が違う主観であり、取り組み方も千差万別です。普通の人にとっては何気ない行動でも、努力しなければそれができない人もいます。
 努力はつらいことばかりでなく、「楽しい努力」があっても良いですし、努力の仕方も自分なりに決めればよいことで、周りが決めつけることではありません。

 私はどんな人でも、何かしらの努力は必ずしていると思っています。どんな小さなことでも、本人が努力と思えば努力であり、それが努力にあたるかどうかを決めるのは、本人しかいません。
 努力の仕方にはいろいろな形があります。決めつけてはいけないと思います。

※この記事は「会社と社員を円満につなげる人事の話」からの転載となります。元記事はこちら

著者プロフィール

小笠原 隆夫

小笠原 隆夫(おがさわら・たかお) ユニティ・サポート代表

ユニティ・サポート 代表・人事コンサルタント・経営士
BIP株式会社 取締役

IT企業にて開発SE・リーダー職を務めた後、同社内で新卒及び中途の採用活動、数次にわたる人事制度構築と運用、各種社内研修の企画と実施、その他人事関連業務全般、人事マネージャー職に従事する。2度のM&Aを経験し、人事部門責任者として人事関連制度や組織関連の統合実務と折衝を担当。2007年2月に「ユニティ・サポート」を設立し、同代表。

以降、人事コンサルタントとして、中堅・中小企業(数十名~1000名規模程度まで)を中心に、豊富な人事実務経験、管理者経験を元に、組織特性を見据えた人事制度策定、採用活動支援、人材開発施策、人事戦略作りやCHO(最高人事責任者)業務の支援など、人事や組織の課題解決・改善に向けたコンサルティングを様々な企業に対して実施中。パートナー、サポーターとして、クライアントと協働することを信条とする。

会社URL http://www.unity-support.com/index.html

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