鈴木裕子の「トーキョー・メンタルクリニック」(4)人格崩壊手術開発者にノーベル賞

2014年11月17日 12:58

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記事提供元:さくらフィナンシャルニュース

【11月17日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

■治療薬開発以前の治療法は「眠らせる」こと


 世の中の移り変わりやすいもので、どの業界にも流行り廃りはある。精神医療にももちろんあり、昔は常識だったことが今では非常識になっていたりする。

 精神科治療薬が開発される1950年以前は、「眠らせる」ことしか治療法がなかった。

 1930年代には統合失調症に対して「インシュリン・ショック療法」というものが行われていた。これは空腹時にインシュリンを注射して強制的に低血糖性昏睡を引き起こし、1時間後にブドウ糖を注射し覚醒されるというものだ。そのほかにも何を根拠に行われたのかわからないが、患者を冷水につけておく療法もあった。

 どれも今となっては、非人道的だし、効果にも疑問符がつく。

 その際たるものは前頭葉をメスで切るロボトミー手術だ。これは暴れて手がつけられない患者に対して行われ、術後は嘘のように穏やかになる、と言えば聞こえはいいが、人格が崩壊し感情が平坦になり、その人らしさがなくなる。映画「カッコーの巣の上で」で、ジャック・ニコルソン演じる問題患者に対して最終的に行われた治療である。驚くことに、ロボトミー手術の開発者にはノーベル生理学・医学賞が与えられた。

 現在ではもちろん禁止となっている。

■夜中に何度も「寂しい」、「死にたい」と電話が鳴り響く


 現在の日本の精神医療で定形的に行われている、抗精神薬による治療とカウンセリングやリハビリ以外、全く効果がないかといえばそうでもない。うつ病や一部の睡眠障害などに対しては光療法、PTSD(外傷後ストレス障害)に対してはEMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)が、効果が高いといわれている。

 光療法は、5000ルクスから10000ルクス程度の電球の発する光を1日30分程度浴びるというもので、EMDRは、眼球を左右に動かしながらトラウマとなった出来事を思い出し、記憶を再構成するものだ。しかしこれらは保険適応になっていないため、日本では盛んではない。

 1990年代、私が精神科医になったばかりの頃、一番悩まされた患者といえば、境界型人格障害だった。Borderline Personality Disorderの英語を略して「ボーダー」と侮蔑的に呼ばれることも多い人達だ。

 夜中に何度も、「寂しい」、「死にたい」などと電話をかけてくる、手首を切ったり、処方された薬を大量に飲むなどして、繰り返し救急に運ばれてくる。じつに当直医泣かせであった。

 入院をすると「こんなところではかえって具合が悪くなる」と勝手に退院したり、反対にいつまでも退院したがらなかったり。ああ言えばこう言う方たちで、医師の指示には従わない。そういう具合なので、境界性人格障害の患者が来るとなると、精神科医サイドは戦々恐々であった。

 彼(彼女)らは、また、人間関係にトラブルを起こす名人である。一人でもこの疾患の患者が入院した病棟は、医師と看護師達との対立や患者間のトラブルが頻発して、病棟内の人間関係がひっかきまわされることが多かった。やっかいなことに「人格=性格の病」なので、薬では治らない。

 必然的に外来での話も長くなり、午前中で50人から100人を見なくてはならない総合病院の精神科では、かなり厄介であった。

■境界型人格障害の人も成長できる!


 10年ほど前に、職場の飲み会の席で、今後はどのような疾患の患者が増えるのだろうかということが話題になった。私より5年以上の経験がある、優秀な先輩が「人格障害ですかね」と言いその場の「笑い」を誘った。その苦笑いの意味は、

 「我々精神科医は科学者である。薬物療法が有効で、科学的な脳機能や遺伝子を研究できうる、統合失調症や躁うつ病などを対象にすることが好ましいのに、心理学的な要素が強い、また治らない人格障害者に多くの時間を取られてしまうのかやれやれ」

 というものだ。その当時は私もそう考えていたが、現在では境界型人格障害の方も治るというか、成長できると考えは変わった。

 その後に「新型うつ病」がかなり流行り、現在多いのは、「双極型障害」と呼ばれる軽い躁うつ病、アスペルガー障害、ADHD(注意欠如・多動性障害)などの「発達障害」である。

 ここ5〜6年はめっきり境界型人格障害と診断することも少なくなった。私が診ている限りでは5パーセントにも満たない。以前に境界型人格障害と診断された人々の中には、かなりの数の双極型障害や、発達障害、または抗うつ薬に代表される薬物の副作用によるものが含まれていたのではないかと疑っている。

 その当時は発達障害には効果的な薬はなかったが、双極型障害や薬の副作用であれば改善の可能性は大いにあるので、別の対処ができたのではないかと気の毒に思う。双極型障害と発達障害が特に増えている印象であるが、これは診断技術が洗練されたのか、その疾患自体が増加したのかはわからない。過剰診断も問題になっている。

 今後は具体例を、もちろんさし障りのない範囲で上げながら、それぞれの疾患について述べたいと思う。【了】

すずき・ゆうこ/鈴木裕子
平成10年医師免許取得。その後、大学病院、市中病院、精神科専門病院などで研鑽を積み、触法精神障害者からストレス性疾患患者まで、幅広い層への治療歴を持つ。専門はうつ病の精神療法。興味の対象は女性精神医学、社会精神医学、家族病理、医療格差など。数年前より都内某所でメンタルクリニックを開業し、日々診療にあたっている。精神保健指定医、日本医師会認定産業医。

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