ミリスチン酸のヒト食後血糖値上昇に対する抑制効果を初実証

プレスリリース発表元企業:国立大学法人千葉大学

配信日時: 2025-12-25 10:00:00



 千葉大学大学院理学研究院の坂根郁夫特任教授らの研究チームは、株式会社J-オイルミルズ、株式会社ラフィーネインターナショナル、島根大学と共同で、ミリスチン酸(注1)(飽和脂肪酸(注2)の一種)がヒト食後血糖値にどのような影響を及ぼすかを解析するため臨床試験を行いました。その結果、ミリスチン酸は、ヒト食後血糖値上昇に対して顕著な抑制効果があることがわかりました。
これまで飽和脂肪酸は悪玉で、その過剰摂取は避けるべきとされていましたが、飽和脂肪酸の一種であるミリスチン酸は、少量であればヒト食後血糖値の低下という善玉効果があることが、今回の研究結果により示されました。ミリスチン酸の適切な摂取が健康維持に役立つことが期待されます。
本研究成果は、2025年11月26日に、学術誌Clinical Nutrition ESPENにオンラインで先行公開されました。

■研究の背景
 2型糖尿病は世界中で命を脅かす健康問題です。世界の糖尿病患者(大部分が2型糖尿病患者)は6億人に達すると言われ、その予備軍も6億人以上いるとされます。食後血糖値の急上昇などの高血糖状態は、タンパク質、脂質、核酸の非酵素的糖化(注3)を促進します。糖化産物(終末糖化産物)の存在は、2型糖尿病に見られる多くの病態生化学的変化や網膜症、神経障害、腎症、心血管疾患などの糖尿病関連合併症、炎症、老化、がん、そしてアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患と密接に関連しています。しかし、継続が容易で効果的な食後血糖値抑制食品は未だ開発されていません。
 これまで千葉大学独自の研究により、ミリスチン酸の長期経口投与は、2型糖尿病マウスモデル(Nagoya-Shibata-Yasudaマウス)において高血糖を改善することが示されていました参考文献)。しかし、ヒトの高血糖に対するミリスチン酸の効果は未だ明らかではありませんでした。そこで本研究では、食後血糖値が高めの健常成人における、ミリスチン酸の食後血糖値への影響を評価することを目的としました。
[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/15177/1096/15177-1096-276f7c38090692e1234cedc0f54b76bd-739x930.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1:中用量群とプラセボ群のiAUCの比較

■研究の成果
 本ランダム化二重盲検プラセボ対照臨床試験(注4)では、食後血糖値が高めの健康な被験者(経口ブドウ糖負荷試験(OGTT(注5))における最大食後血糖濃度が140~199 mg/dL)100名を以下の4グループに割り当て、それぞれ12週間投与しました: 1.ミリスチン酸の低用量(730 mg/日、20名)、2.中用量(970 mg/日、30名)、3.高用量(1,460 mg/日、20名)、4.プラセボ(偽薬)介入(30名)。主要評価項目は、中用量ミリスチン酸投与がOGTTの曲線下増分面積(iAUC)(注6)に及ぼす影響としました。
 その結果、中用量群のiAUCはプラセボ群よりも有意に(約20%)低下しました(図1)。また、OGTTにおけるブドウ糖負荷60分後の血糖値は、中用量群がプラセボ群よりも顕著に低下しました(図2)。さらに、OGTTにおける高用量群のiAUC、および、ブドウ糖負荷後60分時のブドウ糖濃度もプラセボ群よりも有意に低下しました。しかし、低用量群では同様の所見は認められませんでした。中用量群、および、高用量群の空腹時血中インスリン値は、プラセボ群よりも上昇しました。なお、試験食(低用量~高用量ミリスチン酸)に関連する臨床検査値の異常を含む有害事象は認められませんでした。また、飽和脂肪酸を過剰に摂取すると血中低比重リポ蛋白質(LDL)コレステロールを上昇させると言われていますが、試験食の摂取でLDLコレステロールの上昇は観察されませんでした。
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/15177/1096/15177-1096-0bc8bb492b92efeab07fab9310916d3b-1272x882.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2:中用量群とプラセボ群のOGTTにおける血糖値の比較

 今回、少量のミリスチン酸(970 mg)を継続して摂取することで、ヒトの食後血糖値の上昇が有意に低下(約20%低下)することを実証しました。従来、飽和脂肪酸は悪玉で過剰摂取は避けるべきとされていましたが、少量のミリスチン酸を摂取することで食後血糖値を下げることができ、2型糖尿病発症や糖化に関連するリスク因子を軽減できる可能性があることが、本研究で示されました。

■今後の展望
 ミリスチン酸は一部の天然の食品(牛乳・乳製品やココナッツ油)に多く含まれており、食品添加物としても登録されているため、長期間摂取しても安全な化合物です。一方、ミリスチン酸は肉(牛・豚・鶏・魚など)や植物油には殆ど含まれていないため、通常の食事(牛乳・乳製品やココナッツ油を多く摂取しない場合)では摂取量は少ないため、何らかの形で積極的に摂取することが必要です。ミリスチン酸の摂取は食前や食中である必要なく、1g未満と比較的少量です。適切なミリスチン酸の摂取が、実際に健康維持に役立つことを科学的に実証していく予定です。
 これまで、骨格筋細胞において、ミリスチン酸が特異的に(他の脂肪酸は効果無し)2型糖尿病増悪化の鍵酵素であるジアシルグリセロールキナーゼδの蛋白質量を増大させ糖取り込みを増大させることを明らかにしていました。更に、2型糖尿病マウスモデルにおいて、ミリスチン酸の長期経口投与は、骨格筋のジアシルグリセロールキナーゼδ蛋白質量を増加させ、食後高血糖を改善することを報告していました参考文献)。しかし、ヒトでのミリスチン酸の効果発揮機構には未だ不明な点が多いため、その機構の解明にも取り組んでいきます。

■用語解説
注1)ミリスチン酸:牛乳・乳製品やココナッツ油に多く含まれる炭素数14の飽和脂肪酸。食品の乳化剤としてもよく使われる。
注2)飽和脂肪酸:炭化水素鎖にカルボキシ基を有した1価のカルボン酸である脂肪酸の中でも、炭素鎖に二重結合あるいは三重結合を有しない(水素で飽和されている)脂肪酸。様々な炭素数のものがある。過剰に摂取すると血中低比重リポ蛋白質(LDL)コレステロールを上昇させるとも言われている。
注3)糖化:体内の余分な糖とタンパク質や脂質が結びついて変性し、「終末糖化産物」という物質を生成する現象。この現象は「体のコゲ」とも呼ばれ、老化を促進し、2型糖尿病に見られる多くの病態生化学的変化や網膜症、神経障害、腎症、心血管疾患などの糖尿病関連合併症、炎症、がん、そしてアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患などの様々な病気のリスクを高める原因となる。
注4)ランダム化二重盲検プラセボ対照臨床試験:参加者を無作為(ランダム)に「本物の治療グループ」と「偽の治療(プラセボ)グループ」に分け、患者も研究者もどちらを受けているか分からない状態で比較する方法。先入観や偶然の影響を減らして食品や薬・治療の効果を正しく確かめることが可能となる。 
注5)経口ブドウ糖負荷試験:糖尿病の診断や予備群を調べるために、ブドウ糖を溶かした飲み物を飲んだ後の血糖値の変動を測定する検査。
注6)曲線下増分面積(iAUC):血糖値やホルモン濃度などが、時間とともに変化する値が基準値よりどれだけ増えたかを、曲線の面積として算出したもの。iAUCが大きいほど、糖を摂ったあと血糖値が大きく上がったことを意味し、iAUCが小さいほど、血糖値の上昇が抑えられていることを意味する。

■研究プロジェクトについて
本研究は、JST研究成果最適展開支援プログラム A-STEP 産学共同(本格型)「生活習慣病とフレイルのリスクをシームレスに低減する画期的健康寿命延伸食品の開発」(JPMJTR234F) の支援により実施されました。

■論文情報
タイトル:Suppressive Effect of Myristic Acid on Postprandial Blood Glucose Elevation in Healthy Adults with High Blood Glucose Levels: A Double-blinded, Randomized, Placebo-controlled, Parallel-group Study
著者:Toshiro Sato, Saki Nishimura, Ryosuke Aoki, Masashi Iwasaki, Hiroaki Sano, Hirofumi Kobayashi, Hiromichi Sakai, Tsuyoshi Takara, and Fumio Sakane
雑誌名:Clinical Nutrition ESPEN
DOI: 10.1016/j.clnesp.2025.11.148

■参考文献
タイトル:Chronic administration of myristic acid improves hyperglycaemia in the Nagoya-Shibata-Yasuda mouse model of congenital type 2 diabetes
雑誌名:Diabetologia
DOI: 10.1007/s00125-017-4366-4

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