作家・林真理子氏の日大理事長就任迫る! 理事長に「トリセツ」はあるか?

2022年6月17日 16:42

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 作家の林真理子氏が7月1日、日本大学の新理事長に就任する。巷では「ガバナンス能力」はあるのかとか、「学内に残る田中一派に篭絡されないか」と、前途を不安視する声が喧しい。

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 率直に言って、今まで作家という究極の孤独な仕事師を続けて来た林氏に、ガバナンスなどという能力は必要なかったから、そんな能力が身についている訳はないが、どんな組織にも、構成する個人に期待されることは基本的に変わらない。

 内部的には、誠実に仕事に向き合い、同僚と円滑な意思疎通を行って、不正や事故の発生を防止し、イレギュラーな事態には規定通り適切に対処すること。対外的には規模の大小や優越的地位に安住しないで、透明で対等な関係を維持することだ。

 日本大学で起きていたのは、「虎の威を借る狼」ならぬ「ハイエナ」のような輩が、「俺の言うことは理事長の言葉だと思え」と威嚇して疑問や反論の声を上げさせないようにしながら、自分への利益誘導を図ってその一部を田中前理事長に上納していたという非道だ。

 稀に疑問の声を上げた人物が、あっという間に今までの役職の立場から系列校のグランド整備に担当替えになれば、周囲の職員が委縮して物言わぬ集団になってしまうというのは、日本大学に限らずどんな職場でも起こり得ることだ。

 納得できない昇格人事があれば組織に甘えが生じ、報復の様な降格人事があれば組織はモノ言わぬ集団になる。理事長自身が人事に関与するしないに拘わらず、昇格と降格のロジックはしっかり把握するように務めて欲しい。

 林新理事長は、理事会の役割も理事の仕事も何も知らない。知らないことは最大の強みだ。周囲で起こる出来事にも、交わされる会話にも率直な疑問をぶつけて欲しい。就任当初は、「日大の常識と社会の常識との違い」を実感できる最高の時期だ。社会の常識という感性が、日大の常識という非常識に染まらないように、でも臆することなく聞き耳を立てることだろう。

 日本大学の理事長職を激務にするのも、そうでなくするのも本人次第だ。最高責任者は、日本大学の向かうべき方向を示すのが最大の仕事だから、考えようによっては暇かも知れない。もちろん、挨拶を求める人は門前に列をなすだろうが、理事長が面談してもいい基準を設けて部下に交通整理をさせればいい。そこを曖昧にすると、一日中接客させられて、内部事情は何も分からないままヘトヘトになるのが落ちだ。

 田中体制を支えて来た人達を、「それだけの理由で」遠ざけることはない。周りの全ての人達は「宮仕え」の哀しさで、反論も拒否することも許されず、不本意ながら仕えてきた人達だろう。幸いなことに理事は全て交代し、しがらみに拘わる人達との緒戦対策を考えることもない。

 最新のエッセイを拝見すると「日大の有り様に本気で腹を立てて、拳を振るわせている」そうだから頼もしい。スタミナの配分などを気にしないで思う存分母校のために力を尽くす姿が、社会には日本大学の生まれ変わりをアピールすることになり、同窓生はプライドを取り戻すキッカケになる。

 実は林氏にとって手強い相手は外にある。田中体制の日本大学で発生したガバナンス問題が契機となって、注目されているのが、文科省の「学校法人ガバナンス改革会議」と、私学の代表者などが構成する「学校法人制度改革特別委員会」の対立だ。

 21年末に改革会議が(1)評議員会の権限強化(2)現役理事・監事・教職員の評議員兼務を認めない、とする報告書をまとめた。その後、特別委員会側が改革会議の報告書に猛烈に反発し、押し戻されるような流れになっている。

 特別委員会側には学校経営を家業のようにしている創業者一族や、学識豊かでも世情に疎い学者タイプがいる。彼らは自分達が行使してきた権力を削がれることを、何より嫌っている。ガバナンスなんかより、今まで通り好き勝手に出来る方を望んでいる。

 私学助成金に影響力を持つ文部科学省をもタジタジにする特別委員会は、13名の委員のうち11名を男性が占める「オジサン」の巣窟だ。直接接触する機会はないだろうが、日本大学に於ける林氏の言動に神経質な視線を向けることは間違いない。

 日本最大のマンモス大学には、それだけの存在感があるということが、林氏の背負った理事長という十字架の重さを意味する。(記事:矢牧滋夫・記事一覧を見る

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