5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (10)

2019年7月1日 21:18

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 新人賞をいただいた翌年の2001年、私は博報堂に移籍しました。配属された第三制作局は、K原局長率いる精鋭たちの集まりでした。「こんなスゲェー環境でやっていけるのだろうか……」と戸惑う間もなく、激務の日々が始まります。

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (9)

 当時の激務自慢を一つ。毎日、13時~16時の3時間の中に担当4社の企画会議が重なります。30分参加したら退席して次の会議室へ!を3回繰り返すのです。

 広告代理店の企画会議というのは、会議室をどんだけ笑わせられるかが勝負です。「そんなヤツだったの?」と疑われるような非常識企画(個性的とも言う)がズラッと並ぶわけですから、まぁ、笑い声が絶えません。

 しかし結果を早く出したい私は、焦りだけが堆積する冴えない日々が続きます。ある日、K原局長が私を呼んで、こう言いました。

 「お前、もっと無責任にやれよ」

 私は、「肩のチカラを抜いてやんなよ」といった類の“労いの言葉”として受け取りました。しかしK原さんはコピーライター出身。妥協なき過激ディレクションで鳴らしたクリエイティブディレクターです。この言葉の真意が、そんなヤワな労いワードにとどまるはずがありません。「この意味は何なのか」と反芻し続けていましたが、のちに、その答えが出ます。

■(12)見切り発車でどこまで行けるか。というか、行け。

 その後、私は意味を取り違えながらも“無責任”に仕事を重ねる毎日が楽しくなると同時に、K原さんのあの時の真意が見え始めてきました。(以下、想像)

 「お前、そのままでいいのか。いいワケないよな。面白くないもんな。想像できるモノ考えて作ってどうすんの。お前は『跳ばす』という意味を全然わかってないよ。ホントに新人賞獲ってんの?自分のやりたいことさえ、やってないじゃん。そんなんで世の中が沸くわけないだろ。ぜんぜんダメっ!!無責任に見切り発車してイイから、制限をかけるな!よろしくね」

 これだなと思いました。クライアントの高い要求をはるかに超えて世の中を沸かせる提案こそが、クリエイティブ・プレゼンの醍醐味。公約数的アイデアに価値はありません。そう、あの金言は、クリエイティブの価値とクリエイターの心構えを理解させるための忠告だったのです。

 想定内の規定演技では、プレゼンは勝てません。ドキドキさせてこそ価値。だから、私は「確証はないが、確信がある」と判断した企画はプレゼンするようにしました。その「確信」はプレゼンを獲ってから、会社をフル活用して、一気に実体化していけばいいのです。

 クリエイティブ系業務は、「正解がない」とよく言われます。と言って、何でも正解にしたり、既視感のある答えを出していたら、それはクリエイティブではありません。絶対的な正解がない代わりに、相対的に見た時に、序列化された複数の正解が何かしらあるはずです。その中で、最も効果的な最適解を目指せばいい。

 見切り発車の先にあるゴールは、ここだと考えています。

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。
http://www.copykoba.tokyo/

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