古代アステカ帝国のトルコ石交易事情に新説

2018年6月26日 17:25

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●古代南米のトルコ石はどこからきたのか

 先コロンブス期のミシュテカやアステカ帝国の都市テノチティトランでは、トルコ石で装飾された仮面、盾が数多く発見されている。これらのトルコ石がいったいどこから来たのかは、先コロンブス期を専門とする考古学者たちのあいだで議論の的となってきた。今回、雑誌『Science Advances』に掲載された先コロンブス期のトルコ石についての記事が、大いに注目をされている。これまで定説とされていたのは、これらのトルコ石は現代のアメリカ合衆国南西部で採取され、ミシュテカやアステカに到達したというものであった。記事ではこの定説を否定し、トルコ石はメソアメリカ産であるとしている。

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●輸入されたのか、あるいは現地産か

 緑や青色が美しいトルコ石は、ミシュテカやアステカで盾や面で装飾されるにいたるまでに、長い流通経路を経ていたと考えられてきた。アメリカ合衆国南西部、アリゾナ州やニューメキシコ州、カリフォルニア州では現在もトルコ石を有する鉱山が存在すること、またアステカの文明も含めたメソアメリカではトルコ石の採取が少ないこと、さらにアメリカ南西部から中央アメリカの流通路と推測される周辺に人口が集中していたことからも、この説は長年支持されてきた。

 しかし、遺跡から発見された装飾品のトルコ石を化学分析にかけると、これらのトルコ石がアメリカ大陸の北から南へ運ばれたという説を証明する結果でなかったことが明らかになったという。

 米ペンシルバニアのディキンソン大学の研究チームは、ミシュテカやアステカで発見されたトルコ石の同位体分析を実施、その結果従来の説が覆される可能性が出てきた。

●鉛とストロンチウムの同位体分析

 ディキンソン大学では、アステカ帝国の首都であったテノチティトランから発掘されたトルコ石を含む40に及ぶ遺物を分析した。盾や仮面に残された小さなモザイクに含まれる鉛とストロンチウムの同位体が、分析の対象になった。

その結果、15世紀にまでさかのぼるこれらの遺物は、国立アメリカ・インディアン博物館に保管されているミシュテカの遺物との相似性が認められた。

●分析からは交易の形跡なし

 つまり分析された鉱物からは、アステカ帝国の装飾品に施されていたトルコ石とアメリカ合衆国南西部の鉱山で採掘されるトルコ石との同一性が発見されず、逆にメソアメリカで採取される銅や岩石との類似性が証明されたのである。とはいえ、メソアメリカのいずれの場所でトルコ石が採取されたのかまでは確認ができなかった。

研究論文では、アステカのトルコ石は大陸の北から南へ長い流通を経て到達したものではない、と明記されている。研究結果は、元来定説となってきたアメリカ大陸における交易の歴史に疑問を投げかける形となった。

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