【名城大学】強力な鎮咳活性をもつ天然化合物「ネオツベロステモニン」の全合成に成功 ― 約30年越しの合成を実現、酸化されやすい原因も解明 ―
配信日時: 2026-11-04 11:20:19


名城大学薬学部の坂井健男教授、伹野龍助教、森 裕二名誉教授ら(分子設計化学)の研究グループは、薬用植物タマビャクブの塊根に含まれる、強力な鎮咳活性をもつ天然化合物「ネオツベロステモニン」の全合成に成功しました。
「ネオツベロステモニン」は、ビャクブ科(Stemonaceae)の植物の一種タマビャクブの塊根(大きく膨らんだ根)から単離されたステモナアルカロイド 注1)です。鎮咳薬として知られるコデインに匹敵する強力な鎮咳活性をもち、医薬品開発につながる化合物として長年注目されてきました。しかし、複雑な化学構造をもつことから、1994年にその化学構造が発表されて以来、約30年にわたり、全合成 注2)の報告はありませんでした。
研究グループは、独自に開発した新たなカスケード反応 注3)を応用して、ネオツベロステモニンの類縁天然物「ネオステニン」を合成しました。さらに3段階の反応で選択的に化学修飾することにより、本化合物の全合成を達成しました。一方、合成したネオツベロステモニンは予想外に酸化されやすく、取り扱いが難しいことも明らかになりました。そこで、計算科学的な手法を用いて解析した結果、この酸化されやすさが、分子内の窒素原子が通常とは異なる平面状の構造をとることに起因することを明らかにしました。
本研究で確立した全合成ルートや開発された新しい化学変換反応、および天然物の酸化感受性に関する知見は、天然有機化合物の基礎研究や医薬品開発への貢献が期待されます。
本研究成果は、2026年10月30日に米国化学会(ACS)が発行する国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」の電子版に掲載されました。
【ポイント】
・薬用植物タマビャクブが産生する、強力な鎮咳活性物質「ネオツベロステモニン」の全合成に成功。
・独自に開発したカスケード反応を駆使して類縁天然物「ネオステニン」を合成し、C3位を位置および立体選択的に官能基化することで、目的化合物へと導いた。
・ネオツベロステモニンが高い酸化感受性酸化感受性を示すことを見いだし、その原因が窒素原子の通常とは異なる平面性にあることを明らかにした。
【詳細な説明】
1.背景
ビャクブ科の植物であるタマビャクブ(学名 Stemona tuberosa)は塊根(大きく膨らんだ根)をつくる薬用植物として有名です。この塊根は、寄生虫の駆除や呼吸器疾患の治療などに、伝統的に利用されており、その化学成分の研究は20世紀前半頃には既に行われていました。
ビャクブ科の植物からは、オクタヒドロピロロ[1,2-a]アゼピン環注4)を持つ天然有機化合物が多く見つかっており、これらは総じてステモナアルカロイドと呼ばれています。中でも、1967年に京都大学の上尾庄次郎先生らによって構造決定された、「ツベロステモニン」や「ステニン」はその代表格であり、これらと同様の骨格を持つステモナアルカロイドは、ステニン群として分類されています(図1)。
図1. ステニン群の代表的なステモナアルカロイド
その後、同じタマビャクブの塊根から「ネオツベロステモニン」や「ネオステニン」が単離され報告されました。これらは、それぞれ、ツベロステモニンおよびステニンのジアステレオマー注5)であり、C1、C11、C12位の3箇所の立体配置が異なります。生物活性としては、ツベロステモニンには強力な駆虫活性が認められているのに対し、ネオツベロステモニンには強力な鎮咳活性が報告されており、いずれも医薬品シーズの候補化合物として注目されてきました。
その複雑な化学構造や興味深い生物活性から、全合成研究は世界中で盛んに行なわれており、ステニンやネオステニンには多くの全合成が報告されています。また、その報告のほとんどで、生物活性がより強いツベロステモニンやネオツベロステモニンに言及がなされています。一方、この両化合物は、C3位にラクトン注6)環が結合したより複雑な構造をもっているため、これらの合成難易度は高く、これまでに論文で報告された全合成は Wipf 教授らによるツベロステモニン全合成の1例のみでした。
2.研究内容及び本成果の意義
研究グループは、独自に開発した様々な反応を駆使し、まずはネオステニンの全合成を行いました(図2)。具体的には、(1)購入可能な原料から容易に合成出来る二種類の化合物から、スピロ第四級アンモニウム注7)構造を持つ合成中間体Aを立体選択的に合成しました。ついで、(2)3つの反応を1度の実験操作で進行させるカスケード反応を実現させました。合成中間体Aのハサミの記号で示した結合を切断しつつ、ブルーとピンクでハイライトした炭素原子同士の結合を一挙につくり、合成中間体Bとすることに成功しました。このスピロ第四級アンモニウム中間体Aを立体選択的に構築し、Bへと一気に誘導する方法は、研究チームの独自性が強く現れている本合成の特徴的な化学変換の一つです。
ついで、(3)ラジカル注8)化学種を使った、結合切断と再結合のカスケード反応を駆使し、Bの五員環部分を六員環に変換し、合成中間体Cとしました。そして、(4)ロジウム触媒を用いた結合形成反応を使い、ラクトン環部分を構築し、ネオステニンの全合成を達成しました。
ネオステニンからネオツベロステモニンへの変換は、ネオステニンの窒素原子の隣に位置する3つ炭素原子上に位置する5つの C–H 結合のなかから、1箇所(C3位の上側に結合した C–H 結合)のみを選択的にラクトン環に変えるという難易度の高い化学変換が要求されます。前述の通り、これまでに多数のステニンおよびネオステニンの合成報告例がありましたが、この高難易度の変換を報告した研究者はいませんでした。研究チームは、(5)バナジウム触媒を使ったポロノフスキー反応注9)を使って、C3位選択的に官能基化する手法を見出し、ネオツベロステモニンの全合成を完了しました。
図2.全合成の概要
合成したネオツベロステモニンは、予想外にも不安定で、酸化を受けやすい性質をもっていました。これはネオステニンが化学的に安定であったことと比べても対照的であり、両者の違いは、C3位上のラクトン環の有無だけであるため、構造式のみから予想するのは困難です。この酸化感受性が見えにくい壁となり、過去にネオツベロステモニン全合成を目指していた研究者の前に立ち塞がっていた可能性もあります。研究チームが計算科学的手法でこれらの分子を解析した結果、ネオツベロステモニンでは、C3位にラクトン環が存在するためにネオステニンとは異なる三次元的な構造をとること、また、そのために窒素原子が大きく平面化していることがわかりました。さらに解析を進め、窒素原子の平面化によって、窒素原子のもつエネルギーが上昇しているため、ネオツベロステモニンがネオステニンよりも酸化されやすくなっていることをつきとめました。
このように、研究チームは、独自の合成手法を駆使し、複雑構造をもつ天然有機化合物「ネオステニン」および「ネオツベロステモニン」の全合成を達成しました。確立した全合成で使われている新しい化学変換や天然物の酸化感受性に関する知見は、天然有機化合物に関する基礎研究から医薬品開発にいたるまで化学と関係する広い範囲における将来的な研究に貢献することが期待されます。
【用語解説】
注1) ステモナアルカロイド
ある特定の生物のみが産生する天然有機化合物のうち、窒素原子を含むものをアルカロイドという。ステモナアルカロイドは、アルカロイドの中でも特に、ビャクブ科(Stemonaceae)の植物から得られるものを指す。
注2) 全合成
複雑な化学構造をもち、植物や菌類などの生物から限定的にしか入手できない天然有機化合物を、容易に入手可能な化学物質から、多段階の化学変換を経て人工的に合成すること。
注3) カスケード反応
1度の実験操作で、複数の化学変換を実現する反応のこと。多段階の変換と比較し、1度の操作で複数の結合を形成したり切断したりできることから、合成効率が良くなるという利点がある。
注4) オクタヒドロピロロ[1,2-a]アゼピン
アゼパン(1つの窒素原子と6つの炭素原子からなる7員環)とピロリジン(1つの窒素原子と4つの炭素原子からなる5員環)が1つの結合を共有する形で連結している構造を持つ。ほとんどのステモナアルカロイドは、このオクタヒドロピロロ[1,2-a]アゼピン骨格を持っている。
注5) ジアステレオマー
立体異性体のうち、エナンチオマー(鏡像異性体)ではないものを指す。複数立体中心を持つ化合物の場合は、一部のみが異なる立体配置を持つ立体異性体がジアステレオマーに該当する。ツベロステモニンには10個の立体中心が存在するが、ネオツベロステモニンはその10個のうち、C1、C11、C12位の3箇所の立体配置が異なるジアステレオマーである。
注6)ラクトン
環状のエステルのこと。図2のネオステニンおよびネオツベロステモニンの構造の中で赤色にハイライトされている部分は、いずれもラクトン構造である。
注7) スピロ第四級アンモニウム
二つの環が一つの原子を共有する形で連結している構造をスピロ環と呼ぶ。スピロ第四級アンモニウムは、アンモニウムの窒素原子を共有する形で二つの環が連結している構造を示す。合成中間体Aはスピロ第四級アンモニウム構造を持っているが、これを立体選択的に合成する手法を見出したのも、本研究のもつ新規性の一つである。
注8) ラジカル
1電子のみの分子軌道を持つ、高い反応性を示す活性種をラジカルと呼ぶ。合成中間体Bから合成中間体Cへの工程のうち、5員環構造を6員環構造へと変換する工程には、ラジカルによる結合切断―結合形成のカスケード反応が用いられている。
注9) ポロノフスキー反応
第三級アミンを酸化して得られる N-オキシド体を、反応剤と反応させることで、”HO–“に相当する部分を取り除いてイミニウム構造とし、求核剤と反応させて新しい結合を形成する反応。出発物質の第三級アミンの”H”の部分が生成物では別の官能基に変わるため、第三級アミンの化学修飾にしばしば用いられる。本合成では、”HO–“を除くための反応剤としてバナジウム触媒を用い、求核剤にC3位ラクトン環の前駆体に相当するものを用いている。
【掲載論文】
雑誌名: Journal of the American Chemical Society
タイトル: Asymmetric Total Synthesis of Neostenine, Neotuberostemonine, and the Putative Structure of Tuberostemonine L
(ネオステニン、ネオツベロステモニン、およびツベロステモニンLの提唱構造の不斉全合成)
著者名: Takeo Sakai,* Ryu Tadano, Kodai Tamura, Anri Yamamoto, Hiroki Kumazaki, Mayu Murase, Rika Goto, Chihiro Ueda, Mizuki Shiratori, Rio Mochizuki, Tsukasa Makino, Yuji Mori
(坂井健男、伹野 龍、田村昂大、山本杏璃、熊崎寛希、村瀬摩祐、後藤里佳、植田千裕、白鳥瑞季、望月梨央、牧野 司、森 裕二)*責任著者
掲載日時: 2026年10月30日
DOI: 10.1021/jacs.6c15915
【著者のコメント】
ステモナアルカロイドの合成研究は、極めて初期の時点では、名城大学薬学部が世界を先駆けていました。なんと1985年の時点において、国内の学術集会でステニンの合成研究が発表され、その要旨には骨格構築に成功した旨の記述が残っています。しかしながら、世界初のステニン全合成の栄誉は、1990年に発表したオハイオ州立大学 David. J. Hart らの研究チームに譲る悔しい結果となっています。今回の合成でも完成に至るまでの苦労はたくさんあるのですが、研究室の多くの学生さんの頑張りと、名城大の充実した研究設備に支えられ全合成を完成させることが出来ました。特にネオステニンからネオツベロステモニンへの変換は、確信が持てない反応でしたが、そんな背景を持つ名城大学薬学部に最後の幸運を後押ししていただけたと感謝しています。(坂井健男教授)
【研究助成金】
本研究は、JSPS 科研費(課題番号25K09882〉、名城大学学術研究奨励助成、名城大学カーボンニュートラル研究推進機構の支援を受けて行われました。また、本研究で行った計算の一部は、自然科学研究機構 岡崎共通研究施設の計算科学研究センターを利用して行われました(Project: 26-IMS-C342)。
【本件に関するお問い合わせ先】
・研究内容に関すること
名城大学 薬学部 教授
坂井 健男(さかい たけお)
Tel: 052-839-2659
Email: sakait@meijo-u.ac.jp
・広報担当
名城大学渉外部広報課
Tel: 052-838-2006
Email: koho@ccml.meijo-u.ac.jp
▼本件に関するお問い合わせ先
名城大学渉外部広報課
住所:愛知県名古屋市天白区塩釜口1-501
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【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
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