【映画で学ぶ英語】『パワー・オブ・ザ・ドッグ』を読み解く英語のセリフ5選

2022年2月17日 11:38

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 『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は、アカデミー賞で12部門にノミネートされたことで話題を集めている、Netflixで配信中の映画だ。

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 主人公は1925年のモンタナ州で、弟・ジョージとともに大牧場を経営する孤高の中年独身男性・フィル(ベネディクト・カンバーバッチ)。ある日ジョージは未亡人・ローズと結婚して牧場に彼女と10代の息子・ピーターを連れてくるが、フィルは彼らが気に入らない。フィルの無言の圧力で屋敷のなかの心理的緊張は頂点に達し、衝撃の結末を迎えることになる。

 今回はこの緊迫の心理劇を読み解くカギとなる英語のセリフを、原作小説も参照しながら解説したい。

■For what kind of man would I be if I did not help my mother.

 映画の冒頭でピーターは「父が死んだとき、僕の願いは母の幸せだけだった」と語る。上にあげたセリフは、その理由を述べたもの。「もし僕が母を助けなかったら、僕はどんな男になると言うのだろう」という意味になる。

 文頭のforは接続詞で、前に言ったことに対して説明を追加するのに使われている。Manは性別に関係なく「人間」という意味で用いられることも多い。しかし、物語の内容を考えると、manには「(一人前の)男」という意味もあることを念頭に置いて解釈するほうがよいだろう。

■George has got himself tangled with a suicide widow, and her half-cooked son.

 フィルは弟・ジョージが10代の息子のいる未亡人・ローズと深い仲になったことに危機感をつのらせ、両親に手紙を書く。「ジョージは自殺した男の未亡人と彼女の半熟の息子に自分から絡め取られた」と言うのである。

 Tangleは「からむ、巻き込む、罠にかける」といった意味の動詞。フィルはジョージが財産目当ての女に騙されているのではないかと疑っているのだ。

 このsuicide widowという言葉は、ローズの前夫が自殺して彼女が未亡人になったことを指している。原作でローズの前夫は酒場でフィルと口論になり、大恥をかいたことがきっかけで自殺した。映画ではローズの民宿兼レストランの2階にある部屋に写っている避難用ロープが、その事件を暗示している。

 後に紹介するセリフとあいまって、原作を読むとフィル、ローズ、ピーターの3人の間にある複雑な関係がよりよく理解できる言葉である。

■How come you don’t wear gloves?

 マッチョな牧場主であるフィルは、どんなときでも手袋をしない。牧場の荒々しい仕事に手袋は欠かせないため、カウボーイのひとりは「どうして手袋をしないのですか」と尋ねる。

 How comeはhow is it thatに書き換えられる「どういうわけで、どうして」という意味の成句である。

 フィルの答えは「いらないからだ」だが、このマッチョな性格が最後の破滅につながることになる。

■A man's made by patience and the odds against him.

 フィルはローズに精神的プレッシャーをかけるため、彼女の息子・ピーターと親しくなり2人きりで馬に乗って出かける。木陰でフィルはピーターに「男を鍛え上げるのは忍耐力と苦境だ」と自分の敬愛するブロンコ・ヘンリーの言葉を教えた。

 Oddsは通例複数扱いで「優劣の差、勝算」といった意味の名詞。「彼に勝ち目がある」ならばThe odds are in his favor、「彼に勝ち目はない」ならばThe odds are against himとなる。

 このフィルのセリフに対してピーターは、「障害を取り除かねばならない You have to try and remove (obstacles)」という自殺した父の言葉を引き合いに出した。

 このやりとりの根底には、原作小説でピーターの父が自殺する前にピーターに言い残した言葉がある。原作でピーターの父は「To be kind is to try to remove obstacles in the way of those who love or need you. やさしさとは、自分のことを愛してくれたり、必要としたりするひとたちの前にある障害を取り除こうとすることだ」と言って息子と別れたのである。

 「障害を取り除く」ということは、この映画に隠された重要な主題のひとつであり、次に紹介する言葉と並んでいろいろと解釈できるだろう。

■Deliver my soul from the sword, my darling from the power of the dog.

 映画の結末でピーターが開いた聖書に書かれている言葉。日本聖書教会による該当箇所の口語訳は「わたしの魂をつるぎから、わたしのいのちを犬の力から助け出してください」

 My darlingが「わたしのいのち」と訳されるのは、darlingが「唯一のもの、愛するもの」から転じて命や魂といった意味の雅語として使われるからである。

 Deliverという動詞はfromと一緒になって「~から解放する、救い出す」という意味で、古い文章や聖書で使われる。これはdeliverが元来liberateという動詞と語源が同じだからである。

 犬という動物は古代において、ゴミや死体を食べる卑しいものとみなされており、聖書ではイスラエル王・ダビデや救世主・イエスの敵にたとえられる。

 この映画で最終的に救われた人物が誰であるのかは、さまざまな解釈が可能で物語を重層的なものにしている。(記事:ベルリン・リポート・記事一覧を見る

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