5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (59)

2021年8月20日 08:02

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 皆さん、いつも企画プレゼンは何案で勝負していますか? ハードな競合案件、ルーチン案件、要求度の高低差などによって提案数は異なると思いますが、大体、「3提案(3方向)」が多くないでしょうか。……と書いたところで、「2案がイイんじゃないすかぁ?」「いやっ! 松・竹・梅の3案で行こう!!」と某営業部長から寿司屋の出前みたいなオーダーをされた若かりし頃を思い出しました。

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (58)

 そして、この「3案」には意味があります。

■(61)人は両極端を嫌うから、3択で提案し、本命案を選ばせる

 人間には「極端なものを回避する傾向」があり、両極端な2択を示した場合、迷いが生じます。しかし、1つ増やし、3択にすることで、その「真ん中」が選ばれやすくなります。これを行動経済学では、「極端の回避効果」と呼ぶそうです。

 たとえば、クリエイターが最も通したい強い案「竹」と、オルタナティブな代案「梅」の2択で得意先に迫った場合、得意先は迷い、決めきれず、「もう1案欲しいな…」と仕切り直しになることが予想されます。

 仕切り直し、つまり、再プレゼンになってしまうと、その間に、初回の企画案「竹」の鮮度(記憶)が薄れるばかりか、再プレゼン当日には「もともとそんなの無かった」ことになっているケースが多々あります。得意先の気持ちは想像以上に速くまっさらな「無」に遷移していて、今、この眼前にある新案に注視してしまうのです。スケジュールも押し始め、気持ちも急いています。つまり、2度目のプレゼンとは、クリエイター自信作の初回案をゼロベースにしてしまう場であるため、極力回避すべきなのです。

 では、某営業部長が訴えた「もう1案」を追加する場合、クリエイターは、強案「竹」と保守案「梅」の「真ん中(折衷案)」を考案するべきでしょうか? 

 違います。仮に、クリエイターが有効だと判断した強い案「竹」と、有効だけど得意先の承認レベルに合わせた案「梅」の「真ん中」の案を作り、提案したとします。得意先はその場で発動される「極端の回避効果」に則り、そのハンパな「真ん中」案を選んでしまうでしょう。その場合、パワーダウンして設計された「真ん中」案ゆえに、制作途中で強い「竹」レベルにチューニングすることは不可能です。

 「真ん中」案を選ばれたら最後、虚しい実作業と、冴えない成果と、深い後悔が残ることになります。どうせ、新案を考えるのならば、「竹」のさらに上を行く圧倒的な「松」を提案すべきです。それがサービスというものです。

 そして、プレゼン本番。松竹梅の3提案を見た得意先は、「松案は、かなり面白いけどウチのユーザーには刺激が強すぎるし、カロリーオーバーかな…。梅案は、正しいけど淡泊でスルーされそうだ…」と判断し、クリエイター本命の「竹」案を選ぶのです(あくまで理論上)。

 より過激な「松」案を置くことで、本来選びがちな安全策の「梅」案を得意先の頭中から排除させ、制作者おすすめの「竹」案を選ぶように誘導する。このように、2択を3択にすることで「選んでほしい本命案」を魅力的に見せることを「おとり効果」と言います。昔から続く「3案プレ」には、このようにテクニカルな意味が隠されていたのです。 

※参考文献:「サクッとわかるビジネス教養 行動経済学」

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。
http://www.copykoba.tokyo/

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