5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (26)

2020年2月16日 07:58

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 大学生向けに仕掛けた某企業のブランドキャンペーンについて話したいと思います。

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 そのキャンペーンは、今の「企業社会」に根強く存在し続ける、大学生に向けたあるルールに異議を申し立て、そのルールを否定することで企業社会を意識変革させ、大学生たちのある活動を「支援」していくというブランドキャンペーンです。

 不覚ながら、一見「いいな」と私が思ってしまったのは、大学生の一部のインサイトを巧みに突いたアジテーション・コピーの効果でした。でも、すぐに違和感を覚えたのです。「これって大学生が今考えなきゃいけない重要なことか? そんなわけない。これは企業社会の体質を変えられるような本質まで迫っていない」と。

 つまり、これは企業社会の伝統的ルールをネガティブと捉え、そこを企業が改善することで社会変革のスイッチが入ると「見せかけ」た戦略ではないか。私の見立てです。

 企業社会の伝統的ルールを、論理性の低い大学生の発言を媒介(楯または材料)にして運営し続けていたことと、企業からのステートメントコピーに全く覚悟が感じられなったことに不信感を覚えました。あらゆる企業を敵にまわす可能性さえある宣言文に覚悟がないのはなぜか、と。

 大学生という「まだビジネスマナーさえ理解していない人たち」にその伝統的ルールの意味性を教えず、彼らの無知で身勝手な発言を吸い上げて、組み上げていく。その世論を形成していく手法にも違和感を覚えました。

 それは炎上しても「だって大学生たちが言ってますから」と非常口を用意しているスタンスにしか見えないからです。自分で着火して、対岸の火事のように佇む。そんなブランドに、世間の人が向かっていくものでしょうか。

■(28)本質を見誤り、今に迎合するだけの戦略はブランド毀損でしかない

 いかに古臭いルールでも、それが大学生一人ひとりを審査する際に「必要で機能するルール」であるならば、わざわざ変える必要はありません。あって然るべきルールであることをほとんどの大企業は理解していたために、マス広告を使って問題提起をしたところでナチュラルに賛同した企業は少なかったようです。戦略PRが先行していたか知り得ませんが、いずれにしても、戦略部分の無理やり感は否めません。

 その伝統的ルールに断固反対するならば、反対した結果、その大学生たちがどのような悲惨な道をたどったのか。ルールを無視した結果、取り返しのつかない酷い目にあってしまったエピソードがまず必要です。それがこのキャンペーンを起ち上げる論拠となるからです。

 それをプレゼンで提示しなければ、本来クライアントは納得せず承認しないものです。何かに声を上げる運動がトレンドだからといって、同じように声を上げれば波に乗れると思ったのでしょうか。

 私が制作者なら、エグゼキューションの一発目として、まず大学生たちの面白おかしい自虐失敗エピソードを暴露して笑わせます。ゼロ年代の大学受験生たちが失敗談を赤裸々に告白した、Z会の隠れた名作リーフレット「不合格体験記」みたいに……。まずは、このように笑っちゃう事実で世間の共感をつかみつつも、実態を把握しながら次に進むべきだったのです。

 社会課題に「見せかけ」て、ユーザーに寄り添い「支援」する風味を出した、似非社会運動的ブランドキャンペーンは、的にされた「企業社会」では話題にならず、発信した企業とブランドをただ歪(いびつ)に見せる結果となりました。

 企業や社会の、若者への理解・支援・教育・共存は直近の重要案件です。しかし、若者と企業社会を結ぶテーマ設定が表層的で小さすぎること、何よりもそのミスマッチに気づかないまま、狂信的に走り続けた若者迎合型キャンペーンは結局レバレッジが働かず、社会が動いた感を無理やり打ち出す破目に陥りました。

 これはブランド毀損の何物でもありません。多くの若者は気づいています。企業にも、ブランドにも、若者にも、社会にも作用しない「見せかけ」の課題解決キャンペーンに、いったい何の意味があるのか、と。

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。
http://www.copykoba.tokyo/

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