欅坂46 今泉佑唯・米谷奈々未の卒業

2018年11月5日 11:52

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 11月5日早朝にオンエアされた、欅坂46の冠番組、『欅って書けない』において、今回がラストの出演になる米谷奈々未の卒業挨拶が放映された。

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「普通の大学生活を送りたいと思った」というコメント、さらに「欅坂に入って活動出来てよかった」という笑顔でのコメントに、複雑な思いであったファンもかなり救われたのではないかと思わせるものだった。

 そしてこの日は、すでに卒業を発表していた今泉佑唯の卒業の日でもあって、欅坂を初期から支えてきた2人の門出の日ということにもなる。

 今泉は先日の握手会で挨拶し、「また必ず皆さんの前に戻ってきます」という力強い内容のコメントを残したが、最後のブログでは「ファンの皆さんの思うようなアイドルになれなくて申し訳ありませんでした」という切なすぎるコメントを残している。

 欅坂初の卒業(1名、不祥事による活動辞退はあったが、正式な活動を始めてからは初の卒業になる)は、このように、少々後味の悪いものになってしまったのは残念ではあるが、2人のこれからの活動、特に芸能界に残る今泉には頑張ってほしいと心の底から思う。

 欅坂というグループには、無限の可能性がある。おそらく、運営にしてみれば、平手を中心とするパフォーマンスの高さ、強さをイメージする曲と、今泉・小林の「ゆいちゃんず」を軸にする歌唱力の高さで観客を惹きつける曲の双方をバランスよくリリースしていくという方向性も考えられていたのではないかと思っている。

 それは、ファーストシングルで『渋谷川』という今泉・小林だけのユニット曲が入っており、あたかも『サイレントマジョリティー』の対極にあるフォーク調の穏やかな曲だったことから推測したものなのだが、その後、『サイレントマジョリティー』の予想を超える大ヒット、さらに全員センターという、一見優しいようで、実はかなり残酷でもある縛りが彼女たちを苦しめているように、記者には見えるのである。

 例えば、激しいダンスパフォーマンスを要求される曲を、生歌でやることは不可能だ。どうしたって息切れをしてしまうわけで、口パク、あるいは被せという形でないと表現することは難しい。しかし、音源を流すようにすると、今度は繊細でライブ感の強いバラードやスローテンポの曲は物足りなさが残ってしまう。

 『サイマジョ』のイメージを大切にするあまり、楽曲、特に表題曲の幅が狭くなってしまっているのが、欅坂の弱点であり、歌唱力で勝負したかった今泉の卒業の遠因にもなっているような気がするのである。

 どうしても全員センターにしたいのであれば、せっかく「けやき坂」を作ったのだから、期ごとに分けるのではなく、【パフォーマンスの欅坂】【歌唱力のけやき坂】みたいな形での棲み分けと、曲ごと変わるメンバー構成で楽しませるということはできなかったのだろうか?とも思うのだ。

 いずれにせよ、乃木坂が今そうであるように、欅坂にもメンバーの卒業ラッシュは必ず来るわけで、そのとき1人でも多くのメンバーが米谷奈々未のような、悔いのない明るい笑顔で旅立っていってほしいと願わずにはいられない。(記事:潜水亭沈没・記事一覧を見る

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