【作家・吉田龍司の歴史に学ぶビジネス術】始皇帝の父は投資の達人

2015年6月22日 13:05

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記事提供元:日本インタビュ新聞社

■呂不韋は全財産を投資し子楚を秦王の座につける一大決心、『夢を買う』、呂不韋は投資家の草分け

 中国に「古(いにしえ)は今の用と為(な)す」という言葉がある。過去とは今を生きるための知恵の泉であり、古今東西の歴史には、現代のビジネスシーンに通じる説話が満ち溢れている。そんな泉の水を汲み、『勝つための知恵』を探ってみることにしよう。

 七大強国(秦・楚・燕・斉・趙・魏・韓)が林立していた中国の戦国時代(前403~前221)、趙の都・邯鄲に呂不韋(りょふい)という商人がいた。呂不韋は国境を越えて活動し「安く買って高く売る」ことで『千金』の財を成していた。今でいう商社である。

 ある日、呂不韋は邯鄲に秦王室の人質・子楚がいることを知り、「奇貨居(お)くべし」と考えた。「奇貨」とは滅多にない珍品(子楚を指す)、「居く」とは買うという意味。砕けて言えば「こいつは買いだ!」である。

 家に戻った呂不韋は父と以下のような問答をした。「農業の利益は何倍ですか」、「10倍だ」、「宝石の儲けは何倍ですか」、「100倍だ」、「一国の王を立てたときの利益は」、「計り知れない」。ここに呂不韋は全財産を投資し、子楚を秦王の座につけることを決意する。投資が『夢を買う』ものであるとすれば、呂不韋は投資家の草分けと呼べる。

 子楚は、秦の昭王の太子(王位継承者)安国君の20余人の男子のうちの一人である。が、母親の身分が低かったので、とても次期太子となれる見込みはなかった。呂不韋は全財産の半分を子楚に与え、残り半分で趙の名品を買い漁った。そして秦へ赴き、安国君が最も寵愛していた華陽夫人を訪ねた。華陽夫人に子がなかったのに目を付け、子楚を華陽夫人の養子にしようと企んだのだ。

 呂不韋は名品を土産とし、言葉巧みに夫人に取り入り、これを承諾させた。籠絡された夫人は安国君に世継ぎを子楚とすることを要請し、ついに子楚が次期太子と決した。呂不韋の投資は成功したのだ。なお金で王位を買った例は中国史的に稀である。

 その後、子楚が即位して秦王となったとき、一介の商人だった呂不韋は秦の丞相へ上り詰め、洛陽の10万戸を所領として与えられた。一国の政治を左右するまでになった彼の権勢は凄まじく、1万人の召使い、3千人の食客を抱えるほどだった。

 なお、呂不韋は子楚の求めに応じ、自分の子を宿していた(諸説ある)愛人も差し出している。子楚が自分の子と信じて産まれてきたのが、あの始皇帝である。のち呂不韋は始皇帝に疎まれ自殺するが、元祖・投資の達人としての評価は揺るがないだろう。

 人が「奇貨」を見出せるチャンスは滅多にない。だが例えば任天堂、ヤフー、ガンホーといった大出世銘柄が示すように、新興成長企業の中には株価が何倍、何百倍となった「奇貨」があることは事実である。また企業を飛躍させる人材、プロジェクトも必ずどこかにあるはずだ。呂不韋のように、将来有望な「奇貨」を求める目は常に持ち続けていたい。

(出典・『史記』、『戦国策』)(吉田龍司(よしだ・りゅうじ)=ノンフィクションライター(作家)。京都市出身、都留文科大学文学部英文学科卒。著書に経済入門書「今日からいっぱし!経済通」(日本経営協会総合研究所)、「毛利元就」(新紀元社)、「戦国城事典」(同)、「儲かる株を自分で探せる本」(講談社)など著書多数。近著は「信長のM&A、黒田官兵衛のビッグデータ」(宝島社)。(情報提供:日本インタビュ新聞社=Media-IR)

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