全日本ロードレース選手権で中須賀克行選手が現役最終戦で優勝

プレスリリース発表元企業:ヤマハ発動機株式会社

配信日時: 2026-10-26 10:00:00







~国内最高峰JSB1000で13回のタイトルを誇るレジェンドが勇退~


[画像1]https://digitalpr.jp/simg/1622/146616/700_466_202610260826436ade9033e855b.jpg


 ヤマハ発動機株式会社が運営する「YAMAHA FACTORY RACING TEAM」から、MFJ全日本ロードレース選手権(以下、全日本選手権)の国内最高峰クラスJSB1000に参戦し、13回のタイトルと94勝を獲得してきた中須賀克行選手が、2026年10月24-25日 第7戦 第58回MFJグランプリ スーパーバイクレース in 鈴鹿に出場し、レース1で2位表彰台、レース2では通算95勝目となる優勝を獲得しました。2026年シーズンをもって現役を引退することを発表していた中須賀選手は、最後のレースで見事に優勝を果たし、27年間にわたるレースキャリアを終えました。

 レース後には、中須賀選手の功績を称えるセレモニーが行われ、ゴールドのレザースーツに身を包んだ中須賀選手が、300人のファンとパレードランを実施。さらに、現役・OBライダーやレース関係者による胴上げも行われ、長年にわたり日本のモータースポーツ発展に貢献した中須賀選手を、会場全体で祝福しました。
 当社は、中須賀選手の長年にわたる活躍と多大なる貢献、これまで支えていただいたファンの皆さま、スポンサー、サプライヤーをはじめとする関係者の皆さまに心より感謝いたします。

[画像2]https://digitalpr.jp/simg/1622/146616/700_231_202610260837506ade92ce0525c.jpg



[画像3]https://digitalpr.jp/simg/1622/146616/700_231_202610260838406ade930031a40.jpg


2026年最終戦でのラストラン。多くのファンやライダー、関係者に惜しまれ、27年間のレースキャリアに幕をおろした


■中須賀克行選手の功績

[画像4]https://digitalpr.jp/simg/1622/146616/700_231_202610230000006ada24f0495ae.jpg


2004年、GP250で初優勝を遂げた中須賀選手とチーム代表の鈴木忠男氏(左)。鈴鹿をTZ250で走る中須賀選手

 中須賀選手は1999年、18歳で全日本選手権GP250クラスにデビュー。当社の市販レーサー「TZ250」で参戦し、同年に初ポイントを獲得。2000年からフル参戦を開始し、2004年には地元九州のオートポリスで全日本選手権初優勝を果たしました。

[画像5]https://digitalpr.jp/simg/1622/146616/700_231_202610230001376ada2551d9e45.jpg


2007年 第4戦オートポリス、JSB1000で初優勝を獲得した中須賀選手、中須賀選手を支えた吉川和多留氏




[画像6]https://digitalpr.jp/simg/1622/146616/700_230_202610230002156ada257768712.jpg


2008年、JSB1000で初のチャンピオンを獲得した中須賀選手

 国内最高峰クラスのJSB1000には、2005年、「SP忠男レーシングチーム」から「YZF-R1」で初参戦し、この年のランキングは12位。2006年には当社の契約ライダーとなり、現ファクトリーチームの吉川和多留監督と「3年後にチャンピオン獲得」の目標を掲げチャレンジを開始しました。

 2007年は、オートポリスサーキットで初表彰台と初優勝を同時に達成するなどランキング4位を獲得。2008年には、吉川監督との約束通り初のチャンピオンに輝き、翌年も連覇を果たしています。

[画像7]https://digitalpr.jp/simg/1622/146616/700_230_202610230003196ada25b70d76e.jpg


2015年、創立60周年の特別カラーと(左)、2018年、YZF-R1の発売20周年特別カラーで走る中須賀選手

 2012年から2014年には、平忠彦氏(1983-1985年)、藤原儀彦氏(1987-1989年)が最高峰クラスGP500で成し遂げた3連覇を達成し、偉大な先人たちに並びました。さらに当社創立60周年を迎えた2015年には「YAMAHA FACTORY RACING TEAM」が復活。中須賀選手もファクトリーライダーとして参戦し、2016年までに前人未到の5連覇を達成しました。

 その後、2018、2019年に2連覇を達成。40歳を迎えた2021年にはシーズン全勝で10度目のチャンピオンを獲得し、2023年までの3シーズンで27連勝という快挙を成し遂げ、3連覇を果たしました。さらに、2025年もチャンピオンに輝き、自身のタイトル獲得数※を通算13回に更新。当社のJSB1000クラスにおける通算15回のタイトル獲得、2018年からの8連覇に貢献しました。
※中須賀選手13回、岡本裕生選手1回(2024年)、野左根航汰選手1回(2020年)



[画像8]https://digitalpr.jp/simg/1622/146616/700_230_202610230004286ada25fc7c30c.jpg


2012年、MotoGPのバレンシアGPで2位表彰台を獲得した中須賀選手、D・ペドロサ選手、V・ロッシ選手とバトル

 世界最高峰のロードレース「MotoGP世界選手権」では、当社MotoGPマシン「YZR-M1」の開発ライダーを務める一方、2011年第17戦バレンシアGPでは、怪我を負ったホルへ・ロレンソ選手の代役として初出場し6位に入賞します。翌2012年の最終戦では、怪我をしたベン・スピース選手の代役として参戦し、本人が「人生最高のレース」と振り返る2位表彰台を獲得しました。その後も2018年までに9大会に出場し、世界最高峰の舞台で培った実力と豊富な経験を活かし、「YZR-M1」の技術的進化に貢献してきました。

[画像9]https://digitalpr.jp/simg/1622/146616/700_230_202610230005066ada2622972ea.jpg


鈴鹿8耐初優勝を飾った2015年大会(左)と、6年ぶりにヤマハファクトリーが復活した2025年大会

 また、日本最大級のモータースポーツイベントの一つ「鈴鹿8時間耐久ロードレース」には17回エントリーし、ファクトリー体制での参戦となった2015年から2018年には、MotoGPやスーパーバイクなど世界選手権を戦うライダーたちとともに4連覇を達成しました。なお、表彰台にはこれを含め7回登壇し、国内外で当社および「YZF-R1」の存在感向上に大きく貢献しました。

 中須賀選手は、長年にわたる国内外でのレース活動を通じて、当社のブランド価値向上や技術開発、日本のモータースポーツ界の発展に大きく貢献してきました。当社は、ともに挑戦を続けてきた中須賀選手に深く感謝し、今後のさらなる活躍を期待しています。


■中須賀克行選手
 「今年限りでの引退を表明して迎えたシーズンでしたが、想像以上に気持ちの持って行き方に悩み、最終戦まで難しさを感じていました。一方で、各レースでは本当に多くのファンがサーキットに駆けつけ、温かい言葉をかけてくださいました。皆さんと同じ時間を共有できたことは、事前に引退を発表したからこそ得られたもので、本当に良かったと思っています。
10月25日のMFJグランプリ鈴鹿のレース2では、皆さんの応援を力に変えて優勝し、現役最後のレースを最高の形で終えることができました。この勝利でJSB1000通算95勝、250cc時代の1勝、鈴鹿8耐での4勝を合わせて生涯100勝となり、レーシングライダーとして本当に幸せな人生を歩むことができたと感じています。
今後については未定ですが、師匠である吉川和多留監督から受け継いだヤマハレーシングのスピリッツとDNAを、次世代のライダーへ伝えていきたいと思っています。
最後に、ヤマハ発動機、スポンサー、サプライヤー、ファンの皆さん、吉川監督をはじめとするチームスタッフ、そして家族など、私のレース人生を支えてくださったすべての方々に心から感謝しています。長い間、本当にありがとうございました」

■中須賀克行選手のプロフィール
[出 身 地] 福岡県
[生年月日] 1981年8月9日
[所属チーム] YAMAHA FACTORY RACING TEAM



本件に関するお問合わせ先
ヤマハ発動機株式会社 MS価値創造部企画グループ
e-mail:yamaha_racing@yamaha-motor.co.jp

関連リンク
ヤマハ発動機 中須賀克行選手スペシャルサイト
https://race.yamaha-motor.co.jp/sp/nakasuga2021/
全日本ロードレース選手権
https://race.yamaha-motor.co.jp/jsb1000/

プレスリリース情報提供元:Digital PR Platform