人民解放軍を掌握した習近平が目指す文民統制【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】

2020年8月11日 09:44

小

中

大

印刷

記事提供元:フィスコ


*09:44JST 人民解放軍を掌握した習近平が目指す文民統制【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
最初の近代的な国際条約として三十年戦争の講和が結ばれて、主権国家が並立するウェストファリア体制が成立してから、軍事力は戦争を前提として主権国家が有する最大の組織的暴力となった。主権国家が持つパワーの中で、ひときわ大きな物理的破壊力を持ち、勢力均衡を維持する手段として国際秩序に貢献する一方で、戦争遂行の中心的な役割を持つ軍事力は、その管理を専門とする軍隊組織によって維持されてきた。より大きな軍事力を持つためには大規模な軍隊が必要とされたが、これを合理的かつ効率的に維持し運営するためには、マックス・ウェーバーが指摘するように官僚制的な軍隊形式が必要とされた。

クラウゼヴィッツが指摘したように、「戦争は他の手段をもってする政治の継続」である。そうであればこそ、戦争のために準備された軍隊が、政治に影響力を及ぼす可能性は本来的に内在していたと言えよう。軍隊は強力な物理的強制力を持っているため、これを背景として自らの意思を政治に反映させることは比較的容易だと考えられ、主に民主主義国家では軍に対して政治が統制力を維持する、文民統制(シビリアン・コントロール)が強く意識されてきた。

政治と軍との関係に関する古典的研究として有名な、サミュエル・ハンチントンの『軍人と国家』では、軍事組織の官僚制化に伴う将校職の軍事専門職化を前提として、文民統制を2つの類型に区分している。「主体的文民統制」とは、軍隊に対して、文民統制の主体である政治の相対的な影響力を拡大して統制するという形態であり、「客体的文民統制」とは、統制の客体である軍隊の軍事専門職化を極大化し、政治が軍隊の自立性を尊重することで政治と軍隊とが活動領域を区分し、軍隊が政治に介入する動機や機会を抑制するという統制形態を意味する。

これらは、近代の欧米諸国の経験に基づいて区分されているため、社会主義体制下での政軍関係に対する直接的な分析枠組みではなかったが、中国のような一党独裁国家において、政治的に国家を領導する党が軍を強く統制している形態は、「主体的文民統制」ということができるだろう。実際、ハンチントン自身の区分でも、社会主義体制における政軍関係は「主体的文民統制」に区分されている。

「主体的文民統制」では、政治と軍が一体化することで両者の対立は解消され、政治の意図に反する軍の行動は抑制されることになる。中国人民解放軍では、軍に対する党の指導を徹底するために、中国共産党中央軍事委員会を中心とした統制組織を作り上げている。2016年2月に創設された五大戦区の司令官、副司令官及びそれぞれに配置された政治委員のほとんどが、中国共産党中央委員の地位にある。また、連隊規模以上の部隊には党委員会、大隊規模の部隊には基層委員会、中隊規模の部隊には党支部を設置するとともに、それぞれに対して政治委員、政治教導員、政治指導員が配置されている。軍の末端まで、党の指導が徹底されていることがうかがえる。

一方、ハンチントンによれば、軍事専門職化は、軍事力の管理に関する「専門知識・技能」、軍事的安全保障に関する国家と社会に対する「責任」、比較的閉鎖的で階統制に基づく自立性の強い集団としての「団体性」によって特徴づけられるが、「主体的文民統制」においては、軍事専門職化は抑制するように統制される。しかし、軍事科学技術の発展や、国際社会において軍に与えられる役割の拡大に伴い、軍事力に関する専門的な知識や技能の必要性は大きく高まり、これに連動するように軍が負うべき責任は拡大し、軍に対するより専門性を高めた集団への変化の要請は強まっている。

それは、軍隊が本来的に担うべき戦争の遂行という面において、最も強く求められるのではないだろうか。現代戦は、科学技術の発展に加えて、宇宙やサイバーといった新たなドメインが加わったことで、戦場が拡大し戦闘推移のスピードが格段に上がってきており、今後この傾向はさらに加速するとみられている。そのような中、中国共産党による人民解放軍への絶対的統制が、軍事的合理性よりも政治原則を優先させることで、有事における迅速な意思決定を阻害する可能性を指摘する研究もある。

習近平中央軍事委員会主席も、2015年末から始まった組織機構改革によって人民解放軍に対する統制を強化する一方で、指揮系統を整理して統合作戦能力を向上させ、最先端の情報技術を取り入れるなど、軍の能力の底上げを図っている。中国においても、軍事専門職化が加速しているとみて間違いないだろう。軍事専門職化の進展に伴い、「客体的文民統制」への傾向が強まって政治と軍との分業がより明確化されることが予想されるが、これは政治委員制度とは全く反対の動きである。政治委員制度が持つ迅速な意思決定への弊害を解消するために、軍令業務と政治工作業務を軍事指揮官と政治委員で分業する首長分工制度が検討されたこともある。現時点でそれがその程度達成されたかは確認できていないが、軍に対する統制が強力に確保されているのならば、これが機能することも十分考えられる。

習近平が、過剰とも思える軍備を着実に強化するとともに、人民解放軍をはじめとする軍事組織機構を大きく改革して、先制攻撃の体制を整えたと指摘するレポートもある。2017年の中国共産党第19回全国代表大会前後に発表された人事異動で、中央軍事委員会を自らに近いメンバーで固めた習近平は、人民解放軍をほぼ完全に掌握したと言えるだろう。江沢民や胡錦涛よりも強力に軍を掌握した習近平は、今後どのように軍を統制していくのだろうか。

サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。《SI》

関連記事

広告