【コラム 山口利昭】日本型人事ガバナンスと社外取締役の役割

2015年3月6日 14:23

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記事提供元:さくらフィナンシャルニュース

【3月6日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

 法律時報2014年10月号にて、日本を代表する商法学者でいらっしゃる江頭憲治郎教授が「会社法改正によって日本の会社は変わらない」とする論文を掲載されました。

 平成26年改正会社法は成長戦略を後押しするためのガバナンス改革を推進していますが、そもそも日本企業の(岩盤である)社内人事システムを変えない限りは、会社法改正が目指す方向によってガバナンスを変えても(取締役会の構成員として、社外取締役を過半数にしても)日本の会社は変わらない、という趣旨の論文です。そこでは経営者監督制度の欠陥は、資本市場衰退の原因としては「周辺的事情」にすぎないとされていました。

 私もこの江頭論文にはたいへん感銘を受けまして、江頭先生が何度も引用されておられた三品和弘教授(神戸大学経営学部)の著書も2冊読みました(たとえば写真にある「戦略不全の論理」等)。また、日本の人事制度について少しでも理解したいと思い、楠木新氏の著書も読み(現在は最新刊の「知らないと危ない、会社の裏ルール」等)、大学時代の友人である某社人事部長からも参考意見を聞いたりしておりました。ただ、私の拙い理解力では、なかなか江頭論文に対する答えが見つかずに逡巡しておりまして、「どなたかこの江頭論文を正面から受けて立つような商法学者さんはおられないのだろうか」と感じておりました。

 そしてこのたび、法律時報2015年3月号(上記写真)の会社法特集の巻頭論文にて、大杉謙一教授が「上場会社の経営機構」なる論文を発表され、この江頭論文に対するひとつの意見が出されました。これまで法律家が触れることができなかった日本企業の人事システム(社長がどのように決められるのか)とガバナンスとの関係を、日本型人事システムの長所・短所を検討しながら明確にしていこうとする試みは、非常に斬新で興味深いところです。

 結論としては、日本企業の業績向上のためには、経営者監督制度(社外取締役導入)は単なる「周辺的事情」ではなく、経営者の養成・選抜において果たすべき役割があり、日本企業はこの点において改善すべき課題があるとされています。

 ここからは私の勝手な推測ですが、大杉教授には「法律学者は狭いジャンルに閉じこもっていてはならない、たとえば経営学や労務人事の領域に横たわる問題も考察して、普遍的な教養としてのガバナンス論を展開すべきである」との思いがあるのではないでしょうか。私も、このたびのガバナンスの論議では、「株主との対話」という時間軸が付与され、企業側には説明責任という「メッセージ性」が求められる時代となり、単に要件効果論を超えた「実学」としてのガバナンスを検討する必要性を感じていますので、この大杉教授の論文にはたいへん共感するところです。

 大杉教授は管理技能要請を重視する日本の人事制度の中では、経営技能を必要とする経営者は生まれてこないし、経営者自ら学ぶにしても平均4年程度という社長在任期間は短すぎるので、この経営技能を補完するものが社外役員の重要な役目である、したがって経営者と対等に議論ができる社外役員の環境を整備することが必要だとしています。またそもそも多角化展開する企業にこそ社外役員は必須であるが、専業企業や創業者社長がリーダーとして君臨している企業、創業家が一定の株式を保有している企業にまで社外役員を強制的に導入することには疑問を呈されています。

 大杉教授の論文では、こういった経営者監督制度を日本企業の業績向上に結び付けるためには企業側の「伝統と決別する意思」に期待するとされていますが、実務感覚としては、(もちろん企業側の胆力も必要ですが)むしろ社外取締役として会社経営に関わる側の胆力が求められているものと考えています。どんなに制度上「独立性」が求められたとしても、会社と全く無関係な人が社外取締役になるわけではありません。社長の知人や知人の紹介によるケースが多く、かりに全く知人ではないとしても、社外取締役候補者と社長との面談結果によって最終的には就任者が決まるのが一般的です。そのような経緯で社外取締役に就任した人が、本当に「経営技能の補完」機能を尽くすことができるのかどうか、これはなんらかの制度的保障が求められるように思います。その制度的保障としてふさわしいものが何かは、コーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードの運用の中で検討されていくのではないかと。

 大杉教授ご自身もお書きになっておられるように、この論文には多数のご異論、ご批判も出てくるかもしれません(とくに日本企業の共同体性格については、有識者の間でもいろんな意見があるのでしょう)。しかし大杉教授のあの名論文「監査役制度改造論」と同じように、今後の日本企業のガバナンスを語るうえで、(よい意味での)起爆剤(カンフル剤?)になり、さらには経営学や経済学の先生方から、この大杉論文への言及がなされ、ガバナンスが学際を超えた普遍的な「公共財」となることに期待をしたいと思います。【了】

 山口利昭(やまぐち・としあき)/山口利昭法律事務所代表弁護士。
 大阪府立三国丘高校、大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(平成2年登録 司法修習所42期)。現在、株式会社ニッセンホールディングス、大東建託株式会社の社外取締役を務める。著書に『法の世界からみた会計監査 弁護士と会計士のわかりあえないミソを考える』 (同文館出版)がある。ブログ「ビジネス法務の部屋」(http://yamaguchi-law-office.way-nifty.com/weblog/)より、本人の許可を経て転載。

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