【コラム 江川紹子】ヘイトデモは保守本流から外れた非愛国的行為

2014年9月8日 11:53

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記事提供元:さくらフィナンシャルニュース

【9月8日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

■ヘイトスピーチで、PTが発足

  特定の民族などを対象にした差別・憎悪表現であるヘイトスピーチを法規制すべきだ、との声が高まっている。安倍首相も、舛添都知事との会談の中で、「(ヘイトスピーチは)日本人の誇りを傷つける。しっかり対処しなければならない」と述べ、自民党の中でプロジェクトチーム(PT)が発足した。

 昨今の排外主義的なデモやインターネット・サイトでの、とりわけ在日韓国・朝鮮人などに対する罵詈雑言や悪意に満ちた差別表現は、目に余り、聞くに堪えない。「朝鮮人は一匹残らず殲滅せよ」、「殺せ」、「日本から叩き出せ」などといった、存在を根本から否定するような言葉も見聞きする。

 明らかな人種差別であり、重大な人権侵害だ。

  しかも、こうした言葉が吐かれるヘイト・デモでは、たくさんの日の丸や旭日旗がはためく。日本のシンボルが汚されているようで、日本人の一人として本当に耐え難い。こうした差別・憎悪表現は、憲法で保障されている「言論」ではなく、厳しく取り締まるべし、という声に、私も心情的には大いに共感するし、与党のPT発足は大きな前進と思う。

 ただ、刑事罰を伴う規制法の制定には、軽々に賛同できない。

  法律を執行する官憲の裁量の幅は大きい。集合住宅の共用部分にある郵便受けへのポスティングも、ピザ屋のチラシなら何のおとがめがないのに、反戦ビラだと住居侵入罪で逮捕され、有罪判決を受けたりする。

 ヘイトスピーチを処罰する法律ができれば、拡大解釈されたり恣意的な適用がされ、政府などに対する抗議や批判の際、ちょっと言葉が荒くなったり語気が強くなっただけで犯罪として取り締まられる可能性は、考えておかなければならない。

  よほど要件を厳格に定めなければ、表現・言論活動の規制に使われかねない。だが、縛りをかけ過ぎると、抜け穴だらけになって、現実のヘイトスピーチ対策としてはあまり役に立たないだろう。

■ヘイトスピーチ対策を政治に濫用

  この問題に取り組んでいる師岡康子弁護士の著書『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書)では、海外の事例が紹介されているが、イギリスではヘイトスピーチ対策の法律はあるものの、厳格すぎて、公人や大手メディアによる差別扇動がしばしば規制を免れる一方、政府批判の政治的表現に濫用された場合がある、という。

 ドイツの場合は、極右政治家などの差別発言に適用されて、ある程度の効果は上げているものの、やはり濫用されたケースがある、とのこと。

  ヘイトスピーチ対策は、法規制ばかりではない。現行法の下でも、できることはいろいろある。

  過去のヘイトデモの映像を見ていると、警察が何もしていないことに驚く。あたかも、差別・憎悪表現をまき散らしている人たちを警官隊が守っているかのような錯覚に陥る場面もあった。現場にいた人の話を聞いても、特定の人の名前を挙げて、「殺せ、殺せ」と叫んでも、警察官は見ているだけで、たまりかねて「やめさせてくれ」と申し入れた人を制するような場面もあった、という。

 弁護士有志が「脅迫、威力業務妨害などの行為やその実行行為直前の行為が見られた」として、警察に申し入れも行った。現行法でできる範囲で、警察にはその役割をもっと果たしてもらいたい。

 ちなみに、京都の朝鮮学校などに市民団体が押しかけて「ろくでなしの朝鮮学校を日本から叩き出せ」と怒号するなどした事件は、刑事事件として立件され、4人に執行猶予付の有罪判決が出ている。

 この事件は、学校側から民事裁判が提起され、京都地裁が市民団体らの言動は「差別的発言を織り交ぜてされた人種差別に該当する行為」と「侮蔑的な発言としか考えられず、意見や論評の類として法的な免責事由を検討するようなものとは認められない」として、1226万円の損害賠償と学校周辺での街宣活動禁止を命じた(※)。

 団体側は控訴したが、大阪高裁は棄却。現在、最高裁で争われている。最高裁は速やかにこの判決を確定させ、人種差別に対する司法の姿勢を示すべきだろう。

 ヘイトスピーチを巡る民事裁判では、在日朝鮮人のフリーライター、李信恵(リ・シネ)さんが、差別的侮辱的発言をくり返したとして、市民団体代表やサイトの運営者に約2200万円の損害賠償を求めている裁判が、来月、大阪地裁で始まる。

 こうした裁判で、差別・憎悪表現の発信者が痛みを伴う賠償金を命じられる例が続けば、一定の抑止効果が出てくるだろう。この問題における、司法の役割は大きい。

■安倍総理は保守の本道を守れ

 さらに重要なのは、日本は差別を許さないという政府や自治体の強い意思表示と、国民が差別を許さないための地道な教育、啓発だ。

 安倍首相は、昨年5月の参議院予算委員会で質問を受け、「他国の人々を中傷することで、我々が優れているとの認識を持つのは、我々を辱しめること」と答弁した。だが、それ以降、舛添都知事との会談まで、この問題に関する発言は全くなかった。

 「保守」を名乗りながら嫌韓・反中を叫ぶ人々に対し、政治家の中では最も影響力のありそうな安倍首相や閣僚たちには、「差別・憎悪発言は、保守の本道から外れ、日本を貶める非愛国的行動で許しがたい」とのメッセージを繰り返し発信してもらいたい。

 また、各都道府県知事は同様の意思表示をし、公安委員会を通じ、ヘイトデモで法令に触れる疑いのある行為は、摘発したり警告するなど、積極的な対応をするよう、警察に働きかけるべきだ。市町村長、あるいは議会が差別を許さないという意思表示をしていく、というのも大事だろう。

 人権問題を扱う法務省人権擁護局も、これまでヘイトスピーチに関して熱心に取り組んできたとは言いがたい。学校教育でも、社会や道徳などの時間に、この問題を学ぶ機会があっていいのではないか。

 昨今のヘイトデモでは、ナチスドイツのシンボルだった鍵十字まで掲げられ、それが海外で報道されたりしている。観光立国を目指し、東京オリンピックの成功を目指す政府としては、決して放置できない問題のはずだ。

 安倍政権のやる気が問われている。【了】

 ※ http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/675/083675_hanrei.pdf

 えがわ・しょうこ/1958年、東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒。1982年〜87年まで神奈川新聞社に勤務。警察・裁判取材や連載企画などを担当した後、29歳で独立。1989年から本格的にオウム真理教についての取材を開始。現在も、オウム真理教の信者だった菊地直子被告の裁判を取材・傍聴中。「冤罪の構図 やったのはお前だ」(社会思想社、のち現代教養文庫、新風舎文庫)、「オウム真理教追跡2200日」(文藝春秋)、「勇気ってなんだろう」(岩波ジュニア新書)等、著書多数。菊池寛賞受賞。行刑改革会議、検察の在り方検討会議の各委員を経験。オペラ愛好家としても知られる。個人blogに「江川紹子のあれやこれや」(http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/)がある。

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