分子研、日本初のフルスタック中性原子量子コンピュータ「春海」を稼働

2026年8月26日 15:13

印刷

記事提供元:Tech Times

分子研で稼働した日本初のフルスタック中性原子量子コンピュータ「春海」(分子研の発表資料より)

分子研で稼働した日本初のフルスタック中性原子量子コンピュータ「春海」(分子研の発表資料より)[写真拡大]

自然科学研究機構 分子科学研究所(分子研)は8月24日、日本初となるフルスタック中性原子量子コンピュータ「春海(しゅんかい)」の稼働開始を発表した。分子研を中心に、日立製作所と米Infleqtionが開発に参加した。

初期段階では約50量子ビットを使用し、今後は約500量子ビットまで規模を拡大する予定だ。さらに、2030年度までに1万物理量子ビットを実装し、外部ユーザーが利用できる量子誤り検出・訂正機能を備えた中性原子型量子コンピュータの実現を目指す。

■日本初のフルスタック中性原子量子コンピュータ

「春海」の名称は、日本で初めて独自の暦法を作った江戸時代の天文学者、渋川春海に由来する。天球上の天体運行を精密に計算した渋川春海の業績と、量子ビットの状態を表すブロッホ球上での量子状態制御を重ねて命名された。

フルスタックとは、ユーザーからの入力を計算装置の駆動信号へ変換し、量子計算を実行して結果を出力するまでに必要な複数の階層を統合したシステムを指す。量子プロセッサだけでなく、ユーザーが装置をプログラム可能な計算機として利用するためのソフトウェアや制御系、読み出し系などを含む。

春海では、分子研が中心となり、日立製作所とソフトウェアスタックを、Infleqtionと計算を担う量子処理ユニット(QPU)スタックを共同開発した。両社はいずれも、分子研の大森賢治教授がプロジェクトマネージャーを務めるJSTムーンショット型研究開発事業の研究開発課題に参加している。

■光ピンセットで原子を並べて計算

中性原子方式は、電荷を持たない原子を一つずつ量子ビットとして利用する方式だ。強く集光したレーザー光による「光ピンセット」で原子を捕捉し、目的に応じた配列を形成する。

春海では、配列上に捕捉した原子にマイクロ波やレーザー光を照射して量子状態を操作する。計算結果は、原子一つ一つから発せられる蛍光をカメラで観測することによって読み出す。

原子そのものはレーザー冷却によって絶対零度に近い温度まで冷却される一方、装置全体は室温環境で動作し、超伝導量子コンピュータで使われる希釈冷凍機を必要としない。光ピンセットで原子の配置を変更できるため、計算する問題やアルゴリズムに合わせて量子ビットの配置や接続関係を柔軟に設計できることも特徴だ。

また、中性原子方式は量子ビット数の拡大や長い情報保持時間が期待されており、量子誤り訂正を備えた大規模な量子コンピュータの候補として研究開発が進んでいる。

■約50量子ビットから500量子ビットへ

春海は初期段階で約50量子ビットを使って運用され、開発の進展に応じて約500量子ビットまで拡大する計画だ。現段階では、実用的な計算処理を担う商用機というより、装置の安定運用や量子アルゴリズム、量子誤り訂正技術を研究するための基盤として位置付けられる。

分子研は今後、春海の一部を外部ユーザーに公開し、アプリケーション開発や量子誤り訂正技術の実証、高度化に活用する計画だ。理論やソフトウェアを研究する大学・研究機関のほか、実用的な応用を検討する企業研究者による利用も想定している。

中性原子方式の量子コンピュータを手掛けるInfleqtionは、春海のQPUスタックを分子研と共同開発した。JSTのムーンショット型研究開発事業に参加する海外の量子関連企業として、同社は春海の開発を含む中性原子方式の研究に加わっている。

■日立はソフトウェアと性能評価技術を担当

日立製作所は春海のソフトウェアスタックを分子研と共同開発した。2026年4月に始まったムーンショット事業の第2期では、中性原子型量子コンピュータを対象としたシステム性能評価ソフトウェアの開発にも取り組む。

同社は、中性原子方式とは別に、理化学研究所などと進める誤り耐性シリコン量子コンピュータの研究開発にも参加している。シリコン方式では2028年度までに100量子ビット、2030年度までに1000量子ビット規模のデバイス開発を目標としている。

日立は、中性原子方式で得られたシステム評価や運用の知見をシリコン方式にも展開し、異なる量子ビット方式で活用できる技術として蓄積する方針だ。

■2030年度に1万物理量子ビットを目指す

大森教授が率いるムーンショットプロジェクトは、2026年度から2030年度までの第2期に、春海を基盤として中性原子型量子コンピュータの大規模化と高機能化を進める。

具体的には、システム統合技術や制御系の高度化、長時間にわたって高忠実度の量子計算を継続するための安定運用、量子誤り検出・訂正技術の開発などに取り組む。最終年度となる2030年度までに1万物理量子ビットを実装し、外部ユーザーが利用可能な誤り検出・訂正機能を備えたシステムの実現を目標としている。

量子ビット数の増加だけで誤り耐性量子計算が実現するわけではない。多数の物理量子ビットを使って信頼性の高い論理量子ビットを構成するには、量子ゲートや読み出しの精度、制御の安定性、誤りを検出・訂正する仕組みをシステム全体で高める必要がある。春海は、こうした技術を実機上で研究するための国内基盤となる。

■スーパーコンピュータとの連携も構想

大森教授は、春海と分子研の既存のスーパーコンピュータ共同利用施設を組み合わせ、量子コンピュータとGPUを連携させる「量子・GPUハイブリッドコンピューティングセンター」へ発展させる構想も示している。

量子コンピュータですべての計算を処理するのではなく、量子計算に適した部分をQPUに割り当て、それ以外をGPUなどの古典計算機で処理する構成を想定している。春海のフルスタック環境は、量子装置の制御から古典計算機との連携までを一体的に研究するための基盤になる。

分子研は、大森教授が創業者兼エグゼクティブアドバイザーを務めるYaqumoとも、春海の高度化や社会実装に向けて連携する予定だ。

●春海と国内の既存量子コンピュータとの違いは何ですか?

春海は、中性原子を量子ビットとして利用する日本初のフルスタック量子コンピュータです。光ピンセットで原子を捕捉・配置し、レーザー光やマイクロ波で量子状態を操作します。装置全体は室温環境で動作するため、超伝導方式で必要となる希釈冷凍機を使用しません。

●春海は何量子ビットで動作しますか?

初期段階では約50量子ビットを使用します。その後、開発の進展に応じて約500量子ビットまで拡大する計画です。ムーンショットプロジェクトでは、2030年度までに1万物理量子ビットを実装することを目標としています。

●現在の春海では何ができますか?

小規模な量子回路の実行をはじめ、システムの安定運用、量子アルゴリズム、量子誤り訂正などの研究に利用されます。今後は一部を外部ユーザーに公開し、研究機関や企業によるアプリケーション開発にも活用する予定です。

●中性原子方式では、なぜ光ピンセットを使うのですか?

強く集光したレーザー光によって原子を一つずつ捕捉し、量子ビットとして配列するためです。原子の配置を変更できるため、アルゴリズムに応じて量子ビットの並び方や相互作用させる組み合わせを柔軟に設計できます。

●1万量子ビットになれば誤り耐性量子コンピュータが完成しますか?

量子ビット数だけでなく、量子ゲートや読み出しの精度、長時間の制御安定性、誤り検出・訂正機能が必要です。プロジェクトでは、1万物理量子ビットの実装とともに、外部ユーザーが利用できる誤り検出・訂正機能の実現を目指しています。

元記事: Japan Enters Neutral-Atom Race With Shunkai, Its First Full-Stack Quantum Computer

※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。

関連キーワード

関連記事