【カイゼンでトヨタは改革が出来ない?(中)】バーチャル・シミュレーションの欠落?

2017年10月1日 17:28

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■疑問2:「バーチャル・シミュレーションによる開発技術が欠落している」その原因は「カイゼン」だとする見解

 これは勘違いだ。バーチャル・シミュレーションによるデータ収集が出来るのは確かで、製造業では急速に技術導入が進んでいる。間違ったことではなく、開発期間の短縮にも大いに貢献している。しかし、それと製造段階での試作の必要性を間違えてはいけない。シミュレーションは設計段階で行われることで、データは設計仕様に基づいている。しかし、設計したものは実際に作らねばならない。

【前回は】【カイゼンでトヨタは改革が出来ない?(上)】AI EVが遅れている?原因はカイゼン?

 作るには「製造技術」と「生産技術」が必要だ。つまり「設計してもそのまま製造できない」のが基本だ。シミュレーションはあくまでも設計仕様で行われる。公差などは考慮に入れられるだろうが、製造技術上の問題が出るのが当たり前だ。現在の製造技術では製造出来ないものも出てくる。その場合、工作機械から作らねばならないことも出る。生産技術では、コストの関係から設計変更の必要性がさらに多く出る。

 製品化されるまでには多くの設計変更が出る。その設計変更を少なくする技術としては、「バーチャル・シミュレーション」は大きな力となるのだ。かつてボーイング747ジャンボジェットの開発を行ったとき、ボーイング社は設計変更を厳重に管理して、最小限にすることに注力した。このような設計変更を少なくして、製造技術、生産技術的検討を現場で少なくする効果が「バーチャル・シミュレーション」にはある。現場も大いに助かっているのであり、効率を上げている。

 先ごろ成績が評価されている「ホンダ・ジェット」では、主翼翼端を跳ね上げて、燃費を良くしている。しかし、その設計通りの部品を作るには、専用の工作機械を作らねばならなかった。その工作機械の精度などは日本企業でなければできなかった。これらは「バーチャル・シミュレーション」だけでは出来ないことだ。まして組織に「カイゼン」の概念が浸透していなければ、最適なものに仕上げることは難しい。

 「バーチャル・シミュレーション」の導入を遅らせているのは「カイゼン」であるとする見解は的外れで、はなはだ残念な見解だ。「製造」を知らない人、または「勉強してきた人」にありがちな誤りだ。

■「現場現物」を大切にすることが誤りである?

 「バーチャル・シミュレーション」技術を取り入れることが、現場作業を減らし、精度を上げる助けになることは確かだ。しかし、それは「現場の手数を減らす」ことであり、「現場で現物を確認する」を軽視する認識にはならない。「バーチャル・シミュレーション」はあくまでも設計段階でのデータに基づくので、それを確認しなければならない。その「確認作業を減らす」ことが出来るのが「バーチャル・シミュレーション」なのだ。

 「現場主義の過信」ではなく「バーチャル・シミュレーションの過信」が読み取れる。基本的に「カイゼン」は設計が完了し、製造が始まっても常に続いていく。終わりはないのだ。もっと言えば「カイゼン」出来る組織でなければ「改革」は出来ない。これは組織論であり、「組織運用の実践を知らない」と理解できない。それほど「カイゼン」「改革」は、人間集団の言動をコントロールすることであり容易ではないのだ。

 コンピュータ・シミュレーションの技術は飛躍的に高まっているのは確かだ。しかしその精度は「データ」によるのだ。ビックデータを用いても、最後は現場現物で確認しなければならない。それは「設計通りに造れない」からだ。その差が必ず残るのだ。

 YS-11を製造していた日本航空機製造では、胴体だけ作って水槽に付け、水圧を掛けたり抜いたりを繰り返していた。それは人類初のイギリスのジェット旅客機コメットの空中分解が4度起きたからだった。それまでは「金属疲労」の概念が航空機設計に取り入れられてなかったために、起きた事故だった。それで水槽を使って、幾度離着陸したらYS-11の胴体は亀裂が入るのかを実験していたのだ。わざわざ実物大で。

 それは「バーチャル・シミュレーション」で出来るようになってきた。なぜなら実際の実験でデータが取れたからだ。水爆実験でも実際に多数の実験を行ってきた米・ソにおいては、臨界前核実験を行えば、実際の核実験を予想することが出来る。それは多くのデータを実際の実験で収集できているからだ。「バーチャル・シミュレーション」とは、そうして精度を上げていくものだ。

 先ごろ、タカタのエアバックが破裂した。この事故は「火薬は科学物質」で「経年変化する」との概念が欠落してたことで、定期点検や定期交換をしていなかったことが、根本的欠陥だった。経年変化で不良品となる概念が科学物質なのになかったため、管理していなかったのだ。

 このように、人間の技術には「概念の欠落」があるもので、データに組み込まれていなければシミュレーションも行われることはないのだ。それを発見できるのは「現場現物主義」だけなのだ。「バーチャル・シミュレーション」では現在欠落している概念は考慮に入れられていない。早くAIにして、一般原理を教えて、人間が気付いていない必要な概念を見つけ出すことも急がねばならない。それでも「現物現場主義」は堅持しなければ、発見が遅れ、危険が増す。品質を保つ努力を経験してみれば、「落とし穴」におびえる日々が分かってくる。もし見落とせばタカタのようになる危険が大きいのだ。

 「製造の概念」を「学者」たちは、間違って捉えているとしか思えない。

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