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猫にまつわる英語イディオム、今回はおもにイギリス英語やオーストラリア英語で用いられる「see which way the cat jumps」というイディオムを取り上げたい。直訳すれば「猫がどちらに飛ぶかを見る」だが、いったいどういう意味だろうか?
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■See Which Way the Cat Jumpsの語源
「see which way the cat jumps」とは、「事態の成り行きを見極めてから自分の立場や行動を決める」という意味のイディオムだ。拙速に決断せず、周囲の動きや空気を観察したうえで判断する態度を表す。
アメリカでも用いられないわけではないが、おもにイギリスやオーストラリアで用いられる点もこのイディオムの特色である。
では、その語源はなんだろうか。一見すると猫の俊敏な動きを連想させるし、ネット上にはそのように説明しているサイトも少なくない。しかし実際には、猫とは別の由来が有力とされている。
この表現が、すでにイディオムとして成立していたことを示す最古の例の一つとして、イギリスの地方紙「The Berkshire Chronicle」の1825年5月28日付の記事が挙げられる。
記事には、アイルランドの著名な政治家Daniel O’Connell(ダニエル・オコンネル、1775-1847)が行った演説が引用されている。彼は、イギリス国教会のチェスター教区の主教が突如としてカトリック寄りの姿勢を見せたことについて、演説の中でこう皮肉ったという。
「He knows, in the vulgar phrase, how the cat jumps.」
(彼は、俗に言うところの猫がどちらへ跳ぶかを知っている男なのだ)
つまり、1825年の時点でこの表現は広く普及していたわけだが、ここで注意したいのが、この表現中にある「cat」とは、動物の猫ではないという点だ。ここで言う「cat」とは、「tip-cat」と呼ばれる遊戯で用いられる小さな木片のことである。
「tip-cat」とは、両端が細く削られた木片を地面に置き、それを棒で打ち合う遊びだ。木片は勢いよく跳ね上がり、不規則に回転しながら飛んでいく。プレイヤーはその一瞬の動きを見極め、落下する前に打ち返したり、飛距離を競ったりする。つまり、プレイヤーは、木片がどの方向へ飛ぶかを瞬時に判断しなければならない。
この遊戯は17世紀から18世紀のイギリス各地で親しまれており、Thomas Middletonの戯曲やJohn Taylorの紀行文などにもその痕跡が残る。教会の会計記録には、礼拝時間中にこの遊びに興じた者へ罰金が科された記述すら見えることから、当時の人々の生活に深く根付いていたことがわかる。
こうした文化的背景があり、それがいつしか比喩として「他者の出方を見てから決める」というイディオムを生むに至ったのだ。猫の気まぐれさを借りた表現ではあるが、その核心はイギリスらしい慎重さと機知と言えるのではないだろうか。
例
・She prefers to see which way the cat jumps rather than rush into a decision.
(彼女は性急に結論を出すより、成り行きを見てから判断するタイプだ)(記事:ムロタニハヤト・記事一覧を見る)
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