レイチェル・カスク新作『Life of M』、ナタリー・ポートマンとの類似を巡り議論

2026年8月18日 12:29

印刷

記事提供元:Tech Times

作家レイチェル・カスクの新作小説『Life of M』を巡り、作中の映画スター「M」が俳優ナタリー・ポートマンを想起させるとの見方が広がっている。両者ともモデルの関係を公式には認めていないが、Mの子役時代や出演作、広告活動などには、ポートマンの公に知られた経歴と重なる要素がある。

一方、ポートマンに近い関係者は米メディアの取材に対し、ポートマンとカスクは親しい友人ではなく、会ったのも数回程度だと説明したという。本作への協力や承認も否定されており、刊行前から、著名人の公開情報を小説に取り込むことの文学的、倫理的な境界が議論になっている。

■刊行前に広がった「M」のモデルを巡る臆測

『Life of M』は、米国ではファラー・ストラウス・アンド・ジルーから2026年8月25日に刊行される。出版社の紹介によれば、物語の中心となるMは、子どものころから世界中に顔を知られ、大手ブランドのモデルも務める映画スターだ。名も明かされない作家がMの人生に注意を向け、その人物像と名声のあり方を記そうとする。

Mの設定には、ポートマンの公的な経歴を連想させる要素がいくつもある。Mは子役として映画界に入り、バレエを題材にした作品に出演し、大手ブランドの広告塔を務めている。幼少期の出演作では、子どもの役に性的な含みを持たせる場面を母親が問題視したという話も登場する。

ポートマンは12歳で1994年の映画『レオン』に出演して注目を集め、映画『ブラック・スワン』での演技により2011年のアカデミー主演女優賞を受賞した。ディオールとの広告契約でも知られ、子役時代に性的な視線を向けられた経験について成人後に語っている。こうした重なりが、Mのモデルを巡る臆測の根拠となっている。

もっとも、カスクもポートマンも、Mがポートマンを基にした人物だとは公表していない。小説の設定と実在人物の経歴が似ているという読者や批評家の解釈と、作者がモデルを明示した事実とは区別する必要がある。

■「親しい友人だった」とする見方に異論

議論に新たな材料を加えたのが、ポートマンに近い関係者の証言だ。Page Sixの報道によると、両者が会ったのは合計5~6回程度で、日常的に交流する親しい友人ではなかったという。関係者は、ポートマンが本作に協力したり、執筆を承認したりしたとの見方も否定し、本人は作品を「annoying」と感じていると述べたとされる。

いずれも匿名関係者を通じた報道であり、ポートマン本人が公の場で示した見解ではない。カスク側も、Mの着想源を具体的に説明していない。

両者に公的な接点があったことは確認されている。ポートマンは自身のブッククラブでカスクの作品を紹介し、2021年には『Second Place』を巡ってカスクと対談した。2024年にも『Parade』を選び、その物語形式を高く評価していた。ただし、作家への公の称賛は、私生活を共有する親密な関係を意味するものではない。

■議論の発端となったUnHerdのコラム

Mとポートマンの類似を刊行前に詳しく取り上げたのは、UnHerdの編集者ヴァレリー・スティヴァーズが2026年7月17日に発表したコラムだった。スティヴァーズはニューヨークの出版関係者の間で広がっていた話として、Mの人物設定がポートマンの経歴と似ていると論じた。

ただし、このコラムは匿名情報と作品解釈を基にした論評であり、ポートマンがカスクに自身の人生を書くことを許可したという前提は、その後の関係者報道と食い違っている。現時点で確認できるのは、作中に複数の類似点があることと、両者が過去に公の場で交流していたことまでだ。

Slateの批評家ローラ・ミラーは、こうした類似点を認めながらも、本作を著名人についての事実を読み解くための鍵小説として扱う読み方に疑問を示した。ミラーは、語り手がMの人生を書こうとする行為そのものの不確かさに注目し、作品を事実と創作が反射し合う「合わせ鏡」のような小説として論じている。

■オートフィクションだけでは捉えきれない作品

「オートフィクション」は、作家自身の経験とフィクションを組み合わせる文学形式を指す言葉として、フランスの作家セルジュ・ドゥブロフスキーが1977年に小説『Fils』で用いたことで知られる。その後は多様な作品に適用され、厳密な定義を巡って議論が続いている。

カスクの『Outline』『Transit』『Kudos』からなる「アウトライン」三部作は、作者と重なる語り手を置きながら、語り手自身よりも周囲の人物の話を前面に出す形式で高く評価された。自伝的な素材と虚構の境界を揺さぶる作風から、カスクはしばしばオートフィクションと結びつけて論じられてきた。

『Life of M』でも、作者を思わせる作家と、実在の人物を連想させる映画スターとの関係が描かれる。ただし、Mはカスク自身の分身ではないため、作品全体を一つの定義だけで分類するのは難しい。名声によって形づくられた人物像を、作家が外側から観察して物語へ変える構造に、本作の特徴がある。

この構造では、モデルとみられた人物が否定しても肯定しても、その反応自体が作品を解釈する材料になり得る。沈黙もまた、読者によってさまざまに意味づけられる。実在人物との一致を明言せず、類似を読み取れる余地を残すことで、作品の外側にまで解釈が広がっていく。

■批評の焦点は名声と「人物」の描き方

出版社は『Life of M』を、名声、権力、美、真実を扱う小説として紹介している。Mの生活は自由に見える一方、周囲の人や空間、時間までもが彼女の知名度に合わせて変化する。語り手はMに接近することで、公的イメージに覆われた人物をどこまで理解できるのかを探ろうとする。

この主題は、カスクが以前から取り組んできた「人物」や「自己」の不安定さにもつながる。カスクは2018年のインタビューで、従来の小説における固定された人物像への疑問を語っていた。『Life of M』のMも、心理を詳細に説明される通常の登場人物というより、他者の視線とイメージによって形づくられる存在として描かれている。

刊行前の批評では評価が分かれている。Slateは実在人物を暴露する鍵小説という読み方から距離を置き、作品の重層的な語りに注目した。一方、The New Yorkerの書評は、カスクが試みる人物像の解体を検討しつつ、複数の語りや抽象的な議論が十分に結びついていないと批判している。

これらは作品の構成や表現に対する文学的評価であり、Mのモデルや、実在人物を題材にすることの倫理的妥当性を確定するものではない。モデルを巡る議論と作品そのものへの批評は、分けて捉える必要がある。

■実在人物を書くことの法的、倫理的な境界

カスクは過去にも、実在人物を文章に登場させたことで問題に直面している。2009年の旅行記『The Last Supper: A Summer in Italy』は、描かれた人物が内容に異議を唱えた後、初期の印刷分が回収、廃棄されたと報じられている。同作は回想録であり、今回の小説とは作品の形式が異なる。

小説として発表すれば、実在人物に似た登場人物を描くことに伴う法的問題が自動的になくなるわけではない。米Authors Guildの解説では、架空の人物とされていても、読者が特定の実在人物と容易に結びつけられる場合には、名誉毀損などが問題になる可能性があると説明されている。具体的な判断は描写の内容や出版地域の法律によって異なる。

法的な判断とは別に、公開されている経歴を創作へ組み込む際、本人との関係や同意をどこまで考慮すべきかという倫理的な問いも残る。『Life of M』を巡る議論が示しているのは、著名人について広く知られた情報であっても、それらを一人の人物像として再構成したとき、作品の受け止められ方が作者の意図だけでは決まらないということだ。

一方で、Mをポートマンと一対一で対応させる読み方だけでは、本作が扱う名声や自己、公的イメージと私的な人物像の隔たりという主題を狭めることにもなる。Mにポートマンを連想させる要素があることと、Mのすべてがポートマンについての事実を示していることは同じではない。

■注目ポイントQ&A

●『Life of M』のMはナタリー・ポートマンなのですか?

カスクもポートマンも、Mのモデルについて公式に確認していません。Mの子役経験、バレエ映画、大手ブランドとの関係などにはポートマンの経歴を連想させる要素がありますが、小説上の人物と実在人物を同一視することはできません。

●ポートマンとカスクは親しい友人だったのですか?

Page Sixが引用したポートマンに近い関係者によると、両者が会ったのは5~6回程度で、日常的に交流する親しい友人ではなかったとされています。ポートマンがカスクの作品を公に評価し、対談したことは確認されています。

●ポートマンは本作についてコメントしていますか?

本人による公式コメントは確認されていません。「annoyingと感じている」「本作に協力していない」といった内容は、ポートマンに近い匿名関係者の発言として報じられたものです。

●オートフィクションとは何ですか?

一般には、作者自身の経験や経歴をフィクションの形式と組み合わせる文学を指します。ただし、用語の範囲や定義には議論があり、実在人物をモデルにした小説すべてがオートフィクションに当たるわけではありません。

●『Life of M』はいつ刊行されますか?

米国ではファラー・ストラウス・アンド・ジルーから2026年8月25日に刊行されます。刊行前の批評では、実在人物との類似よりも作品の語りの構造を重視する評価と、抽象的な構成に厳しい評価の双方が出ています。

元記事: Cusk’s Novel Life of M Publishes August 25: Portman Says They Met Only 5 Times

※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。

関連キーワード

関連記事