5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (64)

2021年12月6日 15:53

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 「明日会う担当者はマジメで厳しい人らしいから、低音ボイスで落ち着いたビジネスパーソンを装ってみようかな……」、「ちょっとふざけた企画だから、逆にスーツ着て誠実感と大声で正当性をアピールしようかな……」などと、初対面のプレゼン相手をリサーチしたり、挨拶や服装といった「自分の見せ方・印象の残し方」を色々と考え込んでしまうことがありませんか?

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (63)

 これらは、「最初の良い印象が残り続ける」ことを無意識に理解して取る行動です。人は、第一印象に大きく影響されるそうで、これを「初頭効果」と言うそうです。

 と書いたところで、大学時代に友人のMJ川くんと某パーティーに行った時のことを思い出しました。当時ゴリゴリのB-ボーイだったMJ川くんは、エアジョーダンVを履き、スパイク・リーのような、ノーティー・バイ・ネイチャーのような、ウシジマくんのような……そんな風体の男でした。さて、そんな彼はパーティーで会う初対面の人間にどのような挨拶をしたのでしょうか。

 「ヘイ、ヨォォー チェケラァ~~~」

 ではなく、

 「MJ川です。よろしく」

 と言いながら、スッと右手を自然に差し出し、紳士的に相手に「握手」を求めたのです。

 短く、速く、無駄がない。アメリカナイズされた挨拶でした。大学生の所作というより、どこかのCEOのようなスマートな振る舞い。威圧感もない。当時の私には、なかなかのギャップ萌えでした。緊張していた相手の面持ちが緩んだ瞬間をよく覚えています。見た目恐めのB-ボーイの、一気に相手との距離を詰めていく挨拶は「初頭効果の手本」と言えるでしょう。

■(66)聴き手の納得度が最高地点に達した時にしか、あなたは好印象を残せない

 一方で、人間がある事柄を思い出す時に働くのが「ピークエンドの法則」です。これは、相手とのコミュニケーションの中での絶頂時「ピーク」と、最後の時点「エンド」が、「(その人との)思い出全体に対する印象を左右する」という理論です。ピークとエンド以外は、人間の記憶に残りづらいとも言われています。

 プレゼンで言えば、戦略説明の流れからの「盛り上がる企画説明」が「ピーク」に当たります。しかしながら、「エンド」とはプレゼン終了後に退出する際の「最後の挨拶」のことではありません。

 持論になりますが、「エンド」とは、「聴き手における納得度の最高地点」だと私は考えます。自分自身の見え方といった印象の残し方云々ではなく、「最高値のエグゼキューションが生む成果予測にクライアントが納得した」時点を「エンド」にすべきです。

 中身の薄いプレゼンをしながらも、ご丁寧な挨拶を済ませ、満足気に退室するプレゼンター(クリエイター)などに「次」はありません。クライアントは、挨拶や体裁、社会常識的な「良い人的振る舞い」といった表層的な社会人を見たいのではなく、今の社会風景を一変してくれるクリエイティブを心底求めているのです。行動経済学的には「最初と最後が印象付けには肝心」だと説いていますが、実際の「現場」は違いますよね。

 さて、文中のMJ川くんは、その後、プロダクトデザイナーとして数々のヒット作を世に打ち出していきます。型や常識に則らない非凡な設計力を持った「スパイク型人材」だったのです。私は彼のプレゼンを見たことはありませんが、きっと圧倒的な「エンド」で突破しているのだと思います。

 ※参考文献:「サクッとわかるビジネス教養 行動経済学」

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。

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