『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』総括 大人に抗う少年たちの絆と人間ドラマを描いた物語

2017年4月20日 18:24

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『 機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ 』総括 大人に抗う少年たちの絆と人間ドラマを描いた物語©創通・サンライズ・MBS

『 機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ 』総括 大人に抗う少年たちの絆と人間ドラマを描いた物語©創通・サンライズ・MBS[写真拡大]

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 2015年10月から第一期がスタートし、分割4クールを経て先日最終話を迎えた『 機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ 』。

 -キャッチコピーは「いのちの糧は戦場にある。」

 監督に、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』や、『とらドラ!』など様々な作品で監督を務めてきた長井龍雪さん、そして脚本には『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』や『とらドラ!』で長井監督とタッグを組んだ岡田麿里さん。
最終話を終え、改めてこの『鉄血のオルフェンズ』という作品について、『鉄血のオルフェンズ』は〇〇というキーワードを元に総括していきたいと思う。

■『 鉄血のオルフェンズ 』は絆の物語 


 これは言わずもがなですね。まずこの作品を紐解く上でこの作品の本質、というかテーマは間違いなく『絆』そして『繋がり』ということ。

 これは2015年の制作発表の時点で、本作は「機動戦士ガンダム」シリーズの長い歴史の中で、どの作品よりも主人公の少年たちの絆や挫折、成長といった人間ドラマに焦点を絞り、少年たちの物語としての魅力と、それに伴って変化を遂げてゆく「ガンダム」の姿を描く新世代のガンダムだ。とまさしく語られていたことではあるのですが。

 作中では、1期から描かれていたことですが2期でより色濃く描かれた主人公である鉄華団の家族としての『絆』、三日月からアトラたちへと受け継がれた血の『繋がり』であったり、最終話で三日月の意思や想いがジュリエッタたちに受け継がれたりと、三日月やオルガを中心に全方位型に繋がりが様々な場面で描かれて、絆が結ばれていくそんな物語でした。

■『 鉄血のオルフェンズ 』は子どもと大人の物語だ 


機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ

画像引用元:©創通・サンライズ・MBS

 そして、物語を総括するうえでこの作品のもう一つキーワードになってくるのは「大人と子ども」という対立関係。 物語の主人公である鉄華団は、実権を握る大人たちに利用され過酷な環境下で生き残ってきた少年兵。そんな彼らが「モビルスーツ」という力を手にし、一つの転機をきかっけに鉄華団を立ち上げます。

 そこからは鉄華団に立ちふさがる様々な大人たちに翻弄されながらも立ち向かっていく、居場所がなかった少年たちが自分の居場所を求めて戦っていくという物語でした。 「ギャラルホルンのマクギリス」「タービンズの名瀬」「ブルワーズのブルック」「ガラン・モッサ」そして「アリアンロッドのラスタル」 交渉・戦闘・駆け引きあらゆる面で常に子ども対大人という対立構造で物語が展開し、ガンダムやヤクザ、もといテイワズと手を組むことで得た力で犠牲や代償を支払いながらも勝利を続けてきました。

 しかし最終話では、打算的に立ち回り自らの手は血で汚さない大人であるラスタルには鉄華団の戦力をもってしても結局は勝てなかった、という結末になりました。 一期の最終話では鉄華団の活躍により「悪い意味」で少年兵の評価が上がり、無能な大人たちよりも少年たちの立場が逆転しかけたかに見えました。

 きっと普通のロボット作品だったらそんな子どもたちが大人に打ち勝ち、鉄華団は英雄視され腐敗した世は正された…めでたし、という結末だったのかもしれません。

 が、あえてそうせずに主人公が死ぬ、という今までのガンダム作品でも珍しい落としどころにしたのもこの作品を象徴しているところだと思います。

■『 鉄血のオルフェンズ 』は泥臭いガンダムだ 


機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ

画像引用元:©創通・サンライズ・MBS

 「鉄血のオルフェンズ」といえば問われてたら、きっとたいていの人が挙げるのかなぁと思うこのワード。 よく「鉄血のオルフェンズ」は大人向けなガンダム作品なんてという風に説明されていたりもしますが、個人的には「ガンダム」というシリーズ自体が初代の頃から普段はアニメを観ないような大人をターゲットにした作品であるので、ある意味原点回帰的な作品なのかなと思っています。

 「日曜日のケジメ」とか「今週の落とし前」とかネット上では言われていた本作は、日曜日の夕方とも思えぬわりかしハードで仁義なき戦いが繰り広げられていて、モビルスーツの戦闘外で死んでいく人物が多いのも印象的でしたし、三日月が冷淡に拳銃で「落とし前」を付ける生々しいシーンなんかも衝撃的でしたね。 そうした水面下で行われているシリアスな人間ドラマと鉄華団のサクセスストーリーをメインにそえているので、まあ確実に子ども向けな作品ではないと思います。

 そして、戦闘面。 これも何度も言及されていることですが、禁止兵器のダインスレイブやら古代兵器のMAなんかを抜きにすると基本的には鉄血のオルフェンズの世界ではビーム兵器が使われていません。 ロボットアニメの肝ともいえるロボット同士の戦闘シーンでは、鈍器や打撃武器で近接戦闘が基本で一見地味に見えるかもしれませんが、動きの重厚感や重力感が伝わってききます。

 いわゆるリアルロボットの作品なのですが、戦闘シーンはスーパーロボットみたいな泥臭い戦闘をするので刺さる人には見ていて最高な戦闘でした。

■結末について


機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ

画像引用元:©創通・サンライズ・MBS

 最後に作品の結末について。 「鉄血のオルフェンズ」という作品は主人公である三日月とオルガが、世間ではギャラルホルンの革命軍に力を貸した「悪」というレッテルを貼られたまま「生け贄」となって死ぬことで世界は丸く収まり、結果的には国家間の関係や問題もよい方向に進んでいくという結末で終わりました。

 この結末に、鉄華団の戦いは意味がなかったのか、彼らは救われなかったのかというときっとそうではないと思います。 鉄華団は最初から自分たちの居場所を見つけるために大人たちに抗い続けてきました、結果的には三日月は鉄華団そのものが自分たちの居場所であり、目指すべき場所はもうすでにあったと最期に気付かされたうえで、オルガのもとに逝きました。そういう意味ではアレもハッピーエンドの一つの形なのです。

 しかし、消化不良感というかなんか喉につっかえる感じがあるのは二期の「迷走」にあると思います。

 一期はクーデリアを送り届けるという一つの具体的な結末に向かって物語がわかりやすく進行しましたが、二期ではオルガが「火星の王を目指す」といった具体的な落としどころが抽象的なまま話は展開していきました。

 宇宙海賊編、地球支部編、MA編、マクギリス編と細かく大まかなストーリーで構成されていますが、その実、二期では「結局、鉄華団はどうしていきたいの?」という核心があやふやなまま、周りの環境に流され、最終的に「逃げる」という選択で終わってしまいました。

 マクギリスの思わせぶりなガンダム信仰だったりと、腑に落ちない点が多かったのも事実でしたが、作品全体を通してみるならば「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」という作品。

 今までのガンダム作品にはないことに挑戦したことの多い意欲作で、毎回毎回楽しく視聴させてもらった作品でした。

 機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ 感想コラムのまとめ

(あにぶ編集部/Uemt)

©創通・サンライズ・MBS

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