HSBC、シンガポールに独自AI開発拠点を開設へ──エージェンティック・トレジャリーの本格普及に対応

2026年7月29日 13:10

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記事提供元:Tech Times

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HSBCは2026年後半、シンガポールにグローバルAIセンター・オブ・エクセレンス(CoE)を開設し、独自のAIシステム構築に乗り出す。金融サービスで自律的に複数の処理を進める「エージェンティックAI」の導入が本格化する中、完成済みのベンダー製ツールを購入するのではなく、自社でAIシステムを開発する方針だ。ウェルスマネジメントやトレジャリー(資金管理)、決済でAI活用を推進する一方、人間のアドバイザーも増員し、AIと人間の協働を目指す。

■独自AIモデルの構築へ

HSBCは2026年7月27日、同年後半にシンガポールにグローバルAIセンター・オブ・エクセレンス(CoE)を開設すると発表した。これは、金融サービス全体でエージェンティックAIが実験段階から本格導入へ移行する中、完成済みのベンダー製ツールを購入するのではなく、独自のAIシステムを構築するという姿勢を示すものだ。ケンブリッジ・オルタナティブ金融センターの「2026年金融サービス・グローバルAIレポート」によると、金融サービス企業の半数以上が現在、人間が絶えず指示しなくても複数段階の目標を遂行するエージェンティックAIを積極的に導入しており、ウェルスマネジメント、トレジャリー、決済の3分野で導入が最も急速に進んでいるという。HSBCのシンガポール拠点は、まさにこの3分野に向けた社内AI機能を開発し、その後、世界各地へ展開する予定だ。

「構築か購入か」という判断は、想像以上に重要な意味を持つ。HSBCが保有する法人・機関顧客のトレジャリー資金フロー、顧客の資産データ、取引履歴で訓練された独自モデルは、汎用的な市販ソリューションにはできない処理を実現できる。一方で、モデルが行動した際の説明責任をHSBC自身が負うことにもなる。

■AI専門家とウェルスマネジメント担当者を並行して採用

HSBCは、自然言語処理、データサイエンス、AIガバナンス、人間中心設計にわたる100人以上のAI専門家を採用する計画だ。これらの専門家は、2026年3月にHSBC初の最高AI責任者(Chief AI Officer)に任命されたデービッド・ライス氏と共に業務にあたる。同氏は、それ以前にはHSBCの法人・機関投資銀行部門で最高執行責任者を務めていた。

HSBCは同時に、シンガポールでウェルスマネジメント部門のリレーションシップマネージャーをさらに100人採用することも明らかにした。AI基盤を構築する一方で、金融アドバイスを担う人材にも力を入れることになる。シンガポールで合計200人を新規採用する計画は、少なくとも現時点で、HSBCがAIと人間のアドバイザーを単純な代替関係とはみなしていないことを示している。

HSBCグループCEOのジョルジュ・エルヘデリ氏は、AI CoEの目的について次のように述べた。「シンガポールの新しいAIセンター・オブ・エクセレンスは、当社のグローバルなAIビジョンの推進に貢献する。人間の判断、意思決定、説明責任を中核に据えながら、従業員がAIを活用し、顧客一人ひとりに合わせた体験を、安全に、リアルタイムかつ大規模に提供できるようにすることが目的だ」

HSBCはまた、シンガポールの教育機関や政府機関と協力し、長期的なAI人材の供給基盤を構築する計画だとしている。これは、同行が今回の取り組みを試験導入ではなく、複数年にわたるインフラ投資と位置づけていることを示す。

■「エージェンティック・トレジャリー」の意味と監査可能性の課題

CoEが注力する分野のうち、技術面で最も大きな意味を持つのが、エージェンティック・トレジャリーのソリューションだ。エージェンティックAIは、従来のAIツールとは構造的に異なる。単一のプロンプトに応答するのではなく、設定された目標を複数のサブタスクに分解し、外部ツールを呼び出し、複数の処理段階にわたって状態を保持しながら、各段階での人間の介入を限定して処理を実行する。企業のトレジャリー業務では、複数の事業体にまたがる資金ポジションを取り込み、流動性不足を特定し、ヘッジの選択肢をモデル化したうえで、構成によっては取引まで実行するAIシステムを意味する。これらの処理は、人間が一つひとつの段階を承認しなくても進められる。

トレジャリー・エージェントを導入する銀行が答えを出さなければならないアーキテクチャ上の問題は、そのシステムを決定論的にするのか、確率論的にするのかという点だ。決定論的なエージェントは、範囲とルールが定められたワークフローを通じて金融ロジックを実行する。同じ入力からは同じ出力が得られ、すべての判断を、特定のしきい値に基づいて作動した特定のルールまで追跡できる。一方、確率論的なエージェントは、稼働中の大規模言語モデルを介して判断を行う。同じ入力でも出力が異なる可能性があり、監査証跡の作成も難しくなる。企業の財務責任者が取締役会や規制当局に資金移動の理由を説明する際、「モデルが決めた」では不十分だ。

HSBCとGoogle Cloudの提携では、Gemini Enterprise Agent Platformを利用できる。このプラットフォームで使われるGemini基盤モデルは設計上、確率論的である。このためHSBCのガバナンスでは、確率論的なモデル層の上に、決定論的なガードレールとヒューマン・イン・ザ・ループ、すなわち人間が判断に介在する仕組みを構築する必要がある。同行は、Google Cloudと導入した既存のAIシステムを使い、金融犯罪の兆候を検出するため、毎月約10億件の取引を監視している。この規模は、インフラ上の基準点となると同時に、エージェンティックAIのガバナンスを誤った場合の影響の大きさも示している。

これに対応する規制の枠組みは、まだ不完全だ。米国通貨監督庁(OCC)の改訂版モデルリスク管理ガイダンスは、生成AIとエージェンティックAIのモデルを適用範囲から明示的に除外しており、HSBCの米国事業にガバナンス上の空白を生じさせている。2025年1月17日にEUの金融業務全体で全面適用されたデジタル・オペレーショナル・レジリエンス法(DORA)は、AIの障害を含むICTインシデントの監査、分類、報告と、文書化された代替手順の維持を銀行に求めている。ただし、エージェンティックAIによる個々の判断について、どの程度の説明可能性が必要かまでは定めていない。56の国と地域で事業を展開するグローバルなシステム上重要な銀行(G-SIB)であるHSBCには、複数の規制枠組みが同時に適用されるが、確率論的なエージェンティック・トレジャリー・システムを完全に網羅する基準は、現時点では存在しない。

シンガポール金融管理局(MAS)は、多くの国・地域の規制当局に先行している。MASは2025年11月、AIリスク管理ガイドラインに関する協議文書を公表し、取締役会レベルのAIガバナンス、AIのライフサイクル全体にわたる管理、AIリスクへのエクスポージャーが重大な金融機関における専任の部門横断的監督委員会などを提案した。HSBCのシンガポールCoEは、こうした管理の対象となる可能性が極めて高い。意見募集は2026年1月31日に終了し、ガイドラインは2026年後半に最終化される見通しだ。HSBCは、同拠点の業務に必要となるガバナンス基準の制度化に最も積極的な規制当局の管轄内で、AI拠点を構築しようとしている。この一致は偶然ではない。

■独自の金融データがもたらす優位性とリスク

ベンダーのソリューションを利用するのではなく、独自AIを構築する経済的な理由はデータにある。HSBCの取引履歴、顧客の資産ポートフォリオ、リレーションシップマネージャーと顧客のやり取りを使ってファインチューニングされたモデルは、公開モデルでは再現できないパターンを利用できる。これにより、HSBCの顧客基盤とリスク特性に合わせた資金予測、不正の兆候、資産運用の推奨事項を生成できる。HSBCの既存の生成AIツールも、すでにこのアプローチを採用している。法人・機関投資銀行部門では、年間300万件の顧客対応を支援する生成AIアシスタントを使用している。また英国のウェルスマネジメント部門では、顧客とのやり取りの要約をリレーションシップマネージャーに提供し、面談準備の時間を短縮するためにAIを利用している。

2025年12月に締結されたMistral AIとの提携により、HSBCはMistralの商用モデルをセルフホスト方式で利用できるようになった。モデルをMistralのサーバーではなくHSBC自身のインフラ上で稼働させ、独自の学習データをHSBCのデータ境界内に保持する仕組みだ。この設計は、データ主権の要件を反映している。シンガポール、英国、EUの規制当局は、金融顧客データの保存場所やアクセスに制約を設けている。セルフホスト型モデルは、独自データによるファインチューニングを可能にしながら、こうした要件に対応するためのアーキテクチャとなる。

データの優位性はリスクにもなる。HSBCのAIシステムが顧客の金融データで深く訓練されるほど、学習用データ群の機密性は高まる。米国消費者金融保護局(CFPB)はイシュースポットライトで、消費者の金融データにアクセスして不正確な情報を生成するAIシステムが、消費者金融保護法における不公正、欺瞞的、または濫用的な行為・慣行に該当する可能性があると明示的に警告している。この基準は、米国市場のHSBC顧客が判断の根拠とする、AIが生成した資産運用アドバイスにも適用される可能性がある。イングランド銀行は、エージェンティックAIが大規模かつ高速に一連の処理を連鎖させる能力について、既存のG-SIB監督の枠組みが想定していなかったシステミックリスクの経路を生み出すと指摘している。

■シンガポールの戦略的位置づけとHSBCのAIスタック

CoEにとってのシンガポールの魅力は、規制の明確さだけではない。シンガポール金融管理局は、体系的なAIガバナンス指針の策定において、世界で最も積極的な金融規制当局の一つだ。シンガポールの金融セクターは、不正検知、リスク評価、コンプライアンスにおけるエージェンティックAI導入の実証の場にもなってきた。これらは、HSBCが構築を目指す機能に隣接する分野だ。CoEは、HSBCが事業を展開する56の国と地域に拡張できる技術を開発する予定であり、シンガポールはHSBCにとって成長率の高いアジア太平洋市場の近くに位置している。

シンガポールでの発表は、HSBCが2026年に打ち出した3件目の大規模なAI投資計画である。同行は2026年6月、ロンドンで開催されたGoogle Cloud Summitで、Google Cloudとの複数年提携を発表した。今後2年間で200件を超える新たなAIユースケースに取り組む計画で、HSBCはその中でも特に価値の高い施策を優先する。直接的な増収や効率改善による便益の合計は、1億ドル(約164億円、1ドル=164円換算)を超えると見積もっている。Google CloudのCEO、トーマス・クリアン氏は当時、この提携を「金融サービス業界の未来の青写真」と表現した。Google Cloudとの提携は既存の関係を拡大するもので、新たな合意以前から600を超えるHSBCのアプリケーションがGoogle Cloudのインフラ上で稼働していた。

全体として、HSBCのAIアーキテクチャは複数の層からなる。Google CloudのクラウドインフラとGemini基盤モデル、Mistral AIの多言語推論機能、そしてシンガポールCoEが担う、これらの構成要素を顧客向け製品に組み込むための社内エンジニアリング機能である。完成済みのフィンテック製品を購入する場合に比べて高度なアーキテクチャになる一方、問題が発生した際の障害の現れ方も複雑になる。

銀行業界全体も同じ方向へ動いている。151の法域にある628の金融機関を対象としたケンブリッジ・オルタナティブ金融センターの2026年のレポートによると、金融サービス企業の81%が何らかの形でAIを導入している。エージェンティックAIを積極的に導入しているとの回答も52%に達し、前年から大幅に増加した。ただし、現在の利用の多くは依然として社内業務に集中している。HSBCのシンガポールCoEは、エージェンティックAIを顧客向け製品へ展開する明確な動きであり、業界がなお慎重に進めている次の段階への移行を意味する。

HSBCは同時に、シンガポールにおける非中核事業の整理も進めている。同行は最近、シンガポールの生命・医療保険事業をAllianzに27億シンガポールドルで売却することに合意した。これは2026年7月28日時点の1シンガポールドル=0.775米ドルという為替レートでは約21億米ドル、さらに1米ドル=164円で換算すると約3444億円となる。いずれも概算である。売却は規制当局の承認を条件として、2027年前半に完了する見込みだ。この事業売却とAI投資は、同じ戦略転換の表裏をなしている。非中核事業を減らし、HSBCが主導権を握ろうとする分野で独自の能力を強化するということだ。

シンガポールのAIセンター・オブ・エクセレンスは、2026年末までに開設される予定である。

■注目ポイントQ&A

●エージェンティック・トレジャリーAIとは何ですか。また、HSBCが独自に構築することがなぜ重要なのですか。

エージェンティックAIとは、複数段階の目標を自律的に遂行するシステムです。トレジャリー業務では、複数の事業体にまたがる法人顧客の資金ポジションを評価し、流動性不足を特定し、ヘッジの選択肢をモデル化したうえで、構成によっては、人間が各段階を承認しなくても取引を実行できるAIを意味します。HSBCが完成済みのベンダー製品を購入するのではなく独自のシステムを構築すれば、取引フロー、顧客ポートフォリオ、顧客との関係履歴など、汎用モデルでは再現できないHSBC独自の機関向けデータを使ってモデルを訓練できます。一方、独自のAIエージェントが誤った判断をした場合には、ベンダーとの契約関係を責任上の緩衝とすることなく、HSBCが直接責任を負うことになります。

●HSBCのエージェンティックAIシステムにはどのようなガバナンスルールが適用されますか。また、それらは十分ですか。

HSBCには複数の規制枠組みが重複して適用されます。2025年1月に全面適用されたDORAは、EU向けの事業に対し、AI関連のインシデントを分類・報告し、代替手順を維持することを求めています。シンガポールのMASは、すべての金融機関を対象に、取締役会レベルのガバナンスとライフサイクル全体の管理を求めるAIリスク管理ガイドラインを提案しており、2026年後半に最終化される見通しです。米国では、OCCの改訂版モデルリスク管理ガイダンスが、エージェンティックAIを適用範囲から明示的に除外しています。この空白により、HSBCの米国事業を含む米国の銀行には、確率論的なエージェンティック・トレジャリーの判断に関する明確な規制基準がありません。ケンブリッジ・オルタナティブ金融センターの2026年のレポートでは、金融サービス分野の回答者の51%が、直面するAIリスクの上位3項目の一つに「人間による監督の喪失」を挙げています。

●シンガポールで独自AIを構築するというHSBCの判断は、他の銀行の取り組みとどう違うのですか。

多くの銀行は依然として、ソフトウェア開発、データ管理、業務プロセスの自動化といった社内業務を中心にエージェンティックAIを利用しています。HSBCのシンガポールCoEは、AIが生成した助言が顧客の資産や財務上の結果に直接影響する、顧客向けのウェルスマネジメント業務や法人向けトレジャリー製品にエージェンティックAIを展開することを明確に目的としています。ほかにも複数の大手銀行が2025年中に初のAI責任者を任命しました。オーストラリア・コモンウェルス銀行は2025年12月、UBSは同年10月、NatWestは同年6月に最高AI研究責任者を任命しています。それでもHSBCのシンガポールCoEは、AIガバナンス基準の制度化に最も積極的な規制当局の管轄内に設けられ、G-SIB規模で独自のエージェンティックAI機能を開発する、初期の専用物理拠点の一つです。

●HSBCのウェルスマネジメント顧客として、AIが自分への金融アドバイスに影響しているかどうかを知るべきですか。

はい。顧客には、それを尋ねる権利があります。HSBCは、「人間の判断、意思決定、説明責任」をAI支援によるやり取りの中核に据え続けると表明しています。実際には、リレーションシップマネージャーがAIツールを使って顧客との面談を準備し、顧客の履歴を要約し、関連商品を抽出していることを意味します。ただし、投資の適合性に関する判断には、引き続き人間のアドバイザーが関与すべきです。HSBCから受けたアドバイスが自動生成されたように感じられたり、過度に一般的だったりする場合は、どのようなAIツールが推奨内容に影響したのかをリレーションシップマネージャーに具体的に尋ねることができます。CFPBを含む規制当局は、消費者向け金融商品についてAIが生成した不正確な情報が、金融機関に法的責任を生じさせる可能性があると明確にしています。そのため銀行側にも、人間を実質的に関与させ続ける構造的な動機があります。

元記事: HSBC Commits to Proprietary AI in Singapore as Agentic Treasury Goes Mainstream

※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。

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