アストロラーベはなぜ「魔術」に見えたのか? アニメ『天幕のジャードゥガル』が提示する科学と歴史の交差点

2026年7月20日 13:09

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記事提供元:Tech Times

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サイエンスSARUが制作するアニメ『ジャードゥガル(原題:Jaadugar: A Witch in Mongolia)』(原作:『天幕のジャードゥガル』)の英語吹替版が、2026年7月18日(現地時間)よりCrunchyrollで配信開始された。本作は、13世紀のモンゴル帝国を舞台に、高度なペルシャ科学の知識を持つ少女が「魔女」として扱われる葛藤を描き、単なるファンタジーにとどまらない歴史的・科学的な整合性で注目を集めている。科学と歴史の交差点に立つ本作が、世界の視聴者にどのような知的興奮をもたらすのか、その背景を紐解く。

■科学的アプローチが光る異色の歴史アニメ

アニメ『ジャードゥガル(原題:Jaadugar: A Witch in Mongolia)』の週刊配信が、2026年7月18日(土)にCrunchyrollで開始された。同プラットフォームの2026年夏ラインナップにおいて、本作の英語吹替版のデビューは、他の多くの作品とは一線を画す特徴を備えている。それは、物語の前提に「科学的な議論」が組み込まれている点だ。

主人公のシタラは、決して本物の魔女ではない。彼女は13世紀のペルシャ人少女であり、天体観測器具「アストロラーベ」を携え、アヴィセンナの『医学典範』を暗記している。しかし、彼女が連れて行かれたモンゴル帝国の宮廷には、彼女の持つ高度な知識を「魔術(ソーサリー)」以外で分類する枠組みが存在しなかった。

本作の第1話はこの構図を明確に示している。「ジャードゥガル」とはペルシャ語、ヒンディー語、ウルドゥー語で「魔術師」を意味する言葉であり、モンゴル宮廷が彼女の実態を表現する言葉を持たなかったために付けられたラベルである。この命名に込められたテーマこそが本作の主旋律であり、実際の歴史的記録とも合致している。

物語の舞台は、西暦1213年頃のペルシャの都市トゥース(現在のイラン北東部)から始まる。この時代は、歴史家が「イスラムの黄金時代」と呼ぶ全盛期の末期にあたる。ペルシャ語で「星」を意味する名を持つ奴隷の少女シタラは、学者の一家に買い取られ、ペルシャの医学、天文学、数学を学ぶ。その後、彼女はモンゴル宮廷へと連れ去られ、そこで彼女の学問はオカルト的な力として解釈されることになる。

■山田尚子とサイエンスSARUが挑む新たな表現

本作の制作を手がけたのは、TOHO animation傘下の東京のアニメーション制作会社「サイエンスSARU」だ。同スタジオは2013年に湯浅政明監督とチェ・ウニョンプロデューサーによって設立され、主流派のアニメ制作の枠にとらわれない視覚的な実験精神で定評がある。

エグゼクティブディレクターを務めるのは、かつて京都アニメーションで『聲の形』(2016年公開、世界興行収入3080万ドル[約49億8960万円、1ドル=162円換算])や、のちに『きみの色』(2024年)を監督した山田尚子だ。山田とサイエンスSARUのコラボレーションはこれが初めてではなく、本作の発表前には『平家物語』(2021年)でも監督を務めている。また、Crunchyrollが2026年5月に発表した情報によると、メイン監督は『ダンダダン』第2期を手がけるアベル・ゴンゴラが務める。

山田とゴンゴラの組み合わせは、一見意外だが、実践においては極めて意図的なものだ。山田の演出言語は、身体の存在感(重さ、呼吸、手のねじれなど)の微細な観察に基づいている。一方、ゴンゴラは構造的な動的エネルギーをもたらす。両者は、日本のナラティブ文脈で培われた表現手法を、ペルシャ的な感情のトーン、モンゴル的な政治的文脈、およびイスラムの科学的基盤を持つ物語へと応用している。本作は2026年3月にアヌシー国際アニメーション映画祭のコンペティション部門に選出されており、日本での放送開始前から国際的な評価を得ていた。

日本国内では、2026年7月4日にテレビ朝日系列で1時間の初回2話スペシャルとしてプレミア放送された。同時に、Crunchyrollを通じて北米、中南米、欧州、アフリカ、オセアニア、中東、およびCIS地域(ロシアとベラルーシを除く)で世界配信が開始された。海外アニメメディア「The Fandom Post」の確認によると、7月18日の配信からは英語吹替版が追加されている。吹替版の監督はショーン・ガン、脚本調整はクリス・ケイソンが担当し、シタラ役をクリスティーナ・ヴィー、ファティマ役をマルワ・エルダが演じている。また、アニメ情報サイト「Final Weapon」の配信スケジュールによれば、本作は少なくとも全12話以上の構成になる見込みだ。

■描かれる「イスラム黄金時代」の知性と文明の格差

一般に8世紀から13世紀とされる「イスラムの黄金時代」は、バグダッドの「知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)」が世界最高峰の翻訳・統合機関として機能した時代である。イスラム世界全域から学者が集まり、ギリシャ、ペルシャ、インド、バビロニアの知識をアラビア語やペルシャ語に翻訳し、さらに発展させた。ペルシャの数学者アル=フワーリズミはここで代数学を体系化し、イブン・アル=ハイサムは初の数学的光学理論を打ち立てた。アヴィセンナが編纂した『医学典範』は、18世紀に至るまでヨーロッパの大学で標準的な医学教科書として使われ続けた。シタラが育った家庭は、まさにこの知的伝統の中にあった。

しかし、彼女の世界に侵攻してきたモンゴル帝国は異なる。本作を歴史的に興味深いものにしているのは、ドラマの核心となる緊張関係を、架空の対立ではなく、実際の「文明間の知識格差」に置いている点だ。この点については、アニメ情報サイト「Anime News Network」のプレビューガイドでも、「数学、芸術、科学が繁栄していた、これまであまり活用されてこなかった舞台」として高く評価されている。

■アストロラーベという名の「携帯型アナログコンピュータ」

トマトスープによる原作漫画『天幕のジャードゥガル』(英語版はYen Pressより刊行)では、文明の差異を象徴するものとして、天体観測器具「アストロラーベ」と、モンゴルの「天井の日時計」が対比して描かれる。これは単なる装飾的な世界観設定ではなく、科学的な根拠に基づいている。

アストロラーベは、いわば携帯型のアナログコンピュータである。その動作原理は「平射図法(ステレオ投影)」という数学的手法に基づき、3次元の天球を角度関係を維持したまま2次元の真鍮製プレートに投影するものだ。内側のプレート(鼓面)には観測地の地平線や高度線が刻まれ、外側の回転するフレーム(網面)には星の位置と黄道が示されている。

アストロラーベを正しく扱えば、現地の時刻、特定の星の高度、日の出・日の入り時刻、影の長さ、遠方の物体の高さ、そしてイスラムの礼拝において極めて重要な「地球上の任意の場所からメッカが位置する正確な方角」を割り出すことができる。

この器具は、あらゆる緯度で機能し、夜間でも、太陽光や固定された建築物がなくても使用可能だ。

一方、モンゴルのゲル(移動式住居)の天井に刻まれた日時計は、特定の緯度に合わせて調整された固定式の仕組みであり、日中しか使えず、極めて局所的な用途に限られる。朝鮮半島から東欧に及ぶ広大な領土を支配した遊牧帝国にとって、これら2つの器具の「携帯性の差」は決して些細なものではなかった。シタラの持つアストロラーベは、計算の汎用性という点で、当時のモンゴル宮廷が有していたいかなる技術よりも高度なものだった。

さらに、アストロラーベの核心である平射図法は、単なる歴史的遺物ではない。これは現代の3次元コンピュータグラフィックス(3DCG)のレンダリング、GPSの座標系、特定の医療画像投影などを支える複素解析の一分野「共形写像(等角写像)」の数学的基礎となっている。シタラが13世紀の真夜中に星明かりを頼りにモンゴル宮廷を渡り歩くために用いたアルゴリズムは、2026年現在、3Dシーンを2D画面に描画するあらゆるグラフィックス・プロセッシング・ユニット(GPU)の中で今なお走り続けている。彼女が13世紀に持ち込んだ「魔術」は、最も正確な数学的意味において、現代のディスプレイ技術と構造的に地続きなのだ。

■歴史に実在した「ファティマ」の悲劇

主人公のシタラはフィクションのキャラクターだが、そのモデルとなった実在の人物がいる。1246年に没したファティマという名のシーア派ムスリムの女性だ。彼女はイラン北東部のトゥース出身で、モンゴル帝国によるホラズム・シャー朝への侵攻の際に奴隷とされ、モンゴルの首都カラコルムへと連行された。その後、彼女は1242年から1246年にかけてモンゴル帝国を摂政として統治したドレゲネ・ハトゥンに仕えることになる。

ドレゲネは13世紀で最も権力を持った女性の一人だった。夫のオゴデイ・カアンが1241年に死去すると、彼女は夫の大臣たちを罷免して自らの息のかかった人物を任命し、次のグレート・カーン(大ハーン)の選出を5年間引き延ばしながら、世界史上最大の連続した陸上帝国を統治した。その彼女の宮廷で最も重要な側近となったのが、トゥース出身のペルシャ人捕虜であるファティマだった。ファティマはドレゲネのゲルに常に出入りし、宮廷全体に強い影響力を及ぼした。

しかし1246年、ドレゲネの息子グユク・カアンが即位すると、ファティマは「魔術を使ってモンゴルの皇子を病に陥れた」という容疑で告発された。ドレゲネの庇護も虚しく、グユクの軍勢はファティマを捕らえて拷問にかけ、処刑した。

この「魔術」の告発は、彼女を排除するための手段にすぎなかった。その根底にあった力学は、本作が直接描いている通りである。すなわち、モンゴル宮廷にはペルシャの経験主義的な医学を正当に評価する枠組みがなかったため、理解できない高度な知識を「魔術」として分類し、排除したのである。

本作はこの歴史的背景を深く理解している。44分枠で放送された第1話は、シタラの生い立ちや彼女が学んだ学者一家の様子を丁寧に描写している。これは単なる背景説明ではなく、物語の核心的なテーマを提示するための重要なプロセスだ。「Anime News Network」や「Anime Feminist」、その他独立系批評家によるレビューでも、この「力としての知識」というテーマを丁寧に扱った姿勢が、第1話の最も際立った美点として一様に評価されている。

■モンゴルの「十進法軍制」に見る組織科学

本作は、モンゴル帝国を単なる「野蛮な侵略者」としては描かない。モンゴル軍の組織力を、原始的ではなく「異なる合理性」を持つものとして捉えており、これは多くの西洋的な描写が見落としがちな歴史的事実を正確に反映している。

モンゴルの十進法に基づく軍事組織(10人隊の「アルバン」、100人隊の「ジャグン」、1000人隊の「ミンガン」、1万人隊の「トゥメン」)は、前近代におけるモジュール式かつスケーラブルな組織設計の、最も洗練された応用例の一つだった。チンギス・カンがこの十進法軍制をゼロから発明したわけではなく、それ以前の突厥などの遊牧国家もこれを使用していた。しかし、彼が加えた革新は、部族のつながりを部隊編成の基準から完全に排除したことだった。戦士たちは氏族や家族の出身に関わらず十進法の単位に再配置され、連帯責任による厳しい規律が課された。10人隊のうち1人が逃亡すれば、残りの9人も処刑されるという徹底した共同責任制により、兵士がまず領主に、次いで国王に忠誠を誓うヨーロッパの封建軍隊には到底真似のできない、強固な部隊の結束力が組織規模で生み出された。

また、1万人隊(トゥメン)は、作戦行動において自己完結した軍団(アーミークロップス)であり、独自の指揮系統、補給、兵站を備えていた。現代の軍事ドメインにおける「旅団戦闘団(BCT)」に相当する構造に、モンゴル軍はすでに到達していたのである。現代の巨大IT企業で見られる、2枚のピザで足りる規模のチーム編成を推奨する「2枚のピザ理論」も、この10人隊(アルバン)の論理の民間における変奏と言える。モンゴル帝国は、複雑系科学が「階層的な十進構造が通信の正確性と冗長性を同時に最適化する」というネットワークトポロジーの議論を定式化する800年も前に、経験則からこの組織的結論に達していた。

■アニメが描く地理的・文化的領域の広がり

アニメという媒体は歴史的に、歴史ファンタジーの舞台を「日本・中国・西欧」の三角形に集中させてきた。13世紀のペルシャとモンゴル文化を舞台にし、シーア派ムスリムの主人公、イスラムの天文学器具、そしてモンゴル宮廷の政治劇を、綿密な考証のもとで真摯に描くという選択は、大手スタジオの作品としては極めて異例である。

サイエンスSARUが本作の制作を決断したことは、アニメという媒体の地理的な想像力の広がりを示している。同スタジオはこれまでも、『夜は短し歩けよ乙女』の現代京都から、キリスト教伝来以前の平安時代の政治を描いた『平家物語』にいたるまで、その表現力が特定の地域に縛られないことを証明してきた。本作はその軌跡を、これまでの主要なアニメスタジオがこれほどの手間をかけて考証し、描くことのなかった領域へと拡張している。

イスラムのハラール屠殺と、血を大地に流すことを禁じるモンゴルのタブーとの対比、アストロラーベと天井日時計の対比、および主要キャラクターにペルシャ人声優(ファラナズ・ニクライ)を起用したキャスティングなど、そのすべてが、この舞台を単なるエキゾチックな装飾としてではなく、真摯に向き合うべき対象として扱っていることを示している。これは学術誌「Arum Journal」の第1話レビューでも指摘されている通りだ。

アヌシーでの選出、および世界180カ国以上でのCrunchyroll同日配信により、この物語は日本、フランス、韓国、ドイツ、米国などの視聴者に同時に届けられている。これはある意味で、作中で描かれる「知識の伝達メカニズム」そのものの現代的な再現とも言えるだろう。

アニメ『ジャードゥガル(原題:Jaadugar: A Witch in Mongolia)』は、Crunchyrollにて毎週土曜正午(米国東部時間、日本時間では毎週日曜午前1:00)より、英語字幕および英語吹替版が配信中である。また、原作漫画『天幕のジャードゥガル』は、秋田書店より邦訳版が刊行されている(英語版はYen Pressより『A Witch's Life in Mongol』として刊行)。

■注目ポイントQ&A

●『ジャードゥガル(原題:Jaadugar: A Witch in Mongolia)』はどのようなストーリーですか?

13世紀のペルシャの都市トゥースで、イスラム黄金時代の医学、天文学、数学を学んだ奴隷の少女シタラが、モンゴル宮廷へと連れ去られるところから始まります。彼女の持つアストロラーベやアヴィセンナの医学といった高度な知識が、モンゴル宮廷の理解を超えていたため「魔術」とみなされる葛藤を描いています。実在の歴史人物で、モンゴル帝国の摂政ドレゲネ・ハトゥンの側近となり、後に魔術の罪で処刑されたペルシャ人女性「ファティマ(1246年没)」がモデルとなっています。

●作中に登場する科学知識は本物ですか?

はい、本物です。シタラが使用する「アストロラーベ」は実在した天体観測器具であり、その動作原理である「平射図法(ステレオ投影)」は現代の3DCGレンダリングやGPS座標系にも使われている本物の数学です。また、モンゴル軍の十進法に基づく軍事組織(アルバン、ジャグンなど)も歴史的事実であり、現代の旅団戦闘団やIT企業の組織論にも通じる高度な組織設計として描かれています。

●どこで視聴できますか?

日本国内ではテレビ朝日系列およびBS朝日にて放送されています。海外ではCrunchyrollを通じて、北米、中南米、欧州、アフリカ、オセアニア、中東、CIS地域(ロシア・ベラルーシを除く)で配信されており、2026年7月18日からは英語吹替版の配信も開始されました。原作漫画『天幕のジャードゥガル』は秋田書店から発売されています。

●モデルとなった実在の歴史上の人物について教えてください。

モンゴル帝国第2代皇帝オゴデイの死後、1242年から1246年まで帝国を摂政として支配した「ドレゲネ・ハトゥン」と、その最側近となったペルシャ人女性「ファティマ」がモデルです。ファティマは宮廷内で絶大な影響力を持ちましたが、ドレゲネの息子グユクが即位した後に政敵から魔術の容疑で告発され、拷問の末に処刑されました。アニメのシタラはこのファティマをモデルにしたキャラクターです。

元記事: Jaadugar Anime Launches: Why a Persian Astrolabe Made Its Owner Look Like a Witch

※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。

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