5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (77)

2023年7月14日 16:18

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 誰かと話していて、「ひょっとして、今、私はバカにされてる?」と感じた経験はありませんか? それ、もしかしたら、「マイクロアグレッション」かもしれません。

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (76)

 マイクロアグレッションとは、無意識の偏見や思い込み(アンコンシャス・バイアス)といった否定的なメッセージが言葉や態度に出て伝わり、意図せず、誰かを傷つけてしまう「差別」のことを言います。

 対話する相手にじわじわとストレスを与えてしまう「自覚なき差別」「小さな攻撃性」とも呼ばれており、ちょっとした会話の中に紛れ込んでいます。

 では、マイクロアグレッションとは具体的にどんなメッセージなのか。その「行為者の言動」と、言葉の裏面に「隠されたメッセージ」を列挙しましたので、確認していきましょう。


1、「なんか小さくて、かわいいね!」
       ↓
(隠された裏メッセージ)
「あなたは低身長である」


2、「なかなか渋い仕事してるよね…」
       ↓
(隠された裏メッセージ)
「あなたの職は誰もが好む職種ではなく、地味である」


3、「若いわりには、仕事できるよね」
       ↓
(隠された裏メッセージ)
「本来、若者は仕事ができない」


4、「〇〇〇から通ってるんだぁ… 偉いな~」
       ↓
(隠された裏メッセージ)
「あなたは不便な場所に住んでいる」


5、「よく知らないんだけど、〇〇〇部はいったい何をする部署なの?」
       ↓
(隠された裏メッセージ)
「興味のない部署だが、興味のある態度を示して、相手を気にかけるふりをする」


6、「〇〇〇さんの企画って、若いですよね~」
      ↓
(隠された裏メッセージ)
「オッサンのわりには頑張って若作りな企画を発案する」


7、名前を知っているのに、「彼」呼ばわりする。
      ↓
(隠された裏メッセージ)
「彼」と呼ぶことで距離を取り、存在を認めず、たとえ周囲から評価される「彼」であっても「例外」というイメージ付けをする。あくまでも「私(自分)が主流」である。


 無邪気で軽微な言動を装いながらも、なかなか虫唾が走る裏メッセージばかりです。マイクロアグレッションは、1~7のように、「その人の出自・属性に関することや自分で選択したり、変更できないものに対して発生する場合が多い」と言われています。

 外見、年齢、性別、出身地などがそうです。思い通りにならないという意味では、出身校や勤務先も該当するかもしれません。1~7の発言は全て、「お前、それ、どういう意味だよ?」と行為者(発言者)に訊き返したくなる、うんざりな言葉ばかりです。

 なぜ、私のことを熟知していない他者から「軽視」されなければならないのか? なぜ、親しい間柄でもない人が「無理に距離を詰めてくる」のか? 差別や嫌味として捉えてしまうこれらの言動は、当事者(被差別者)が憎悪の念を抱いてもおかしくない突発的で不愉快な攻撃です。

■(77)「無自覚な差別」に耐えない。スルーしない。行為者に自習させる機会を与えよ

 アメリカの研究者デラルド・ウィン・スーは、「マイクロアグレッションは、ジェノサイドやヘイトスピーチを下支えしている、最下層にある下地のようなもの」と唱え、次のように定義しています。

 「マイクロアグレッションは、日頃から心の中に潜んでいるものであり、口にした本人の『誰かを差別したり、傷つけたりする意図の有無』とは関係なく、対象になった人や特定のコミュニティやグループを軽視し、侮辱する、敵対・中傷・否定のメッセージを含んでおり、それゆえに受け手の心にダメージを与える言動である」。

 デラルド・ウィン・スーは、「差別する意図性の有無は関係ない」と断言しています。つまり、行為者(発言者)の「無自覚」「自覚」は関係なしに、その言動が結果的に受け手にダメージを与えてしまえば、それはマイクロアグレッションである、と規定しています。

 無自覚を装った確信犯も中にはいるでしょうが、今回は無自覚な行為者を論点とします。「無自覚な差別心」という厄介さに、私たちはどう対処していけばよいでしょうか。

 行為者(発言者)は、無自覚な言動を「自分自身だけで自覚することは不可能」です。相手や第三者(傍観者)から指摘されることでしか、差別言動に気づけません。事を荒立てたくない第三者(傍観者)は婉曲表現でその差別を指摘してもよいのですが、プライドの高い鈍感な行為者は「気づこうとしない」可能性があります。そもそも、第三者(傍観者)が、「それは差別だ!」と言い切れない微妙な行為者の言動に介入してくるほど、私たちの社会は成熟していないと私は思っています。

 といって、語気強めに指摘してしまうと行為者が態度変容するどころか、硬直してしまう場合もあるため、「その言動、マイクロアグレッションと言うんですよ…」と第一声、穏やかに話しかけたいところです。

 マイクロアグレッションは、要は「初期差別」なのですが、「差別」は用語として強すぎるので、(国内においては)この新しい用語で行為者(発言者)に投げかけるほうがコミュニケーションにおける理解が深まるかもしれません。

 もし、行為者(発言者)がマイクロアグレッションについて無知ならば、「知識の断片としてでも良いから自習してほしい」とぶつけてみるのはどうでしょうか?(※もっと良い言い方を考えて下さい)。また、「私も読んだから、あなたも読んで知ってもらいたい」という平和的ニュアンスで関連図書を渡しても良いでしょう。

 この際、「職場だから言いづらい」とか「行為者が無自覚すぎるから言っても無駄だ」という弱気でネガな推測は捨ててください。口撃ではなく、穏やかに指摘する。気づかせて「学習してもらう」のです。

 「無自覚な差別」から「悪意ある差別」に進行する前に、当事者(被差別者)は摩擦を恐れずに、主張し、行為者(発言者)を自覚させ、学習させる機会を与えて、態度変容してもらうことを目指す。そして、その当事者の行動を見た他者がマイクロアグレッションについて自習する機会を得ていく。そんなループができると良いと思います。

 誰もが深層に持つ、無自覚な差別意識。行為者がその小さな芽の存在に気づき、当事者も自身のどこかにあるそれを見つけてみる。人の、永遠の課題だと思います。

参考文献:「日本財団ジャーナル」2023.06.12

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。
http://www.copykoba.tokyo/

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