5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (54)

2021年6月10日 17:07

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 今回もひろゆき氏とクロちゃんのディベート対決(テレビ朝日・深夜)について検証していきたいと思います。ディベートのテーマは、「付き合う前なら複数人同時にアプローチしてもよい あり? なし?」でした。27歳の時に初めて女性と付き合ったクロちゃんは「あり」派、ひろゆき氏は「なし」派の立場でディベートが開始されました。

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (53)

 クロちゃん
 「実体験で付き合って別れた時にすごくショックだったのね。こんなきつい思いするんだったら、いろんな子を好きになった方がいい、と。例えば、5人好きになったら、1人20%×5人=計100%になるから、(パワーを)分散できるわと思って! 1人にアプローチするよりも、5人にアプローチした方がいいと思ってたんですよ!」

 ひろゆき氏
 「アプローチって、具体的にはどういう行為のこと?」

 クロちゃん
 「“口説く”ってことですかね。ま、ワンナイトみたいなのもありかな、と思ってますね!」

 ひろゆき氏
 「どういう感じで口説くんですか?」

 クロちゃん
 「遊園地の観覧車の一番上のところで、『この景色見えてるの僕ら2人だけだね!』と言って、キスしてって感じですよ。しかも、初めてキスする時に“漫画の情報”しか知らなかったから、(漫画では)キスした時になんか相手の顔がふくれてたから、息吹き込むんだと思って、相手にキスした瞬間、相手の口の中にフーッて息吹き込んで、相手のほっぺた大きくなったから『漫画と一緒だ~』と思ったら、『なんで息吹きかけんの!』って怒られて、フラれたんすけど」

 ひろゆき氏
 「(笑)他のアプローチを教えてください」

 クロちゃん
 「ゲテモノ料理の店に行って、ゲテモノ料理とか見るとドキドキするから、そのドキドキを“吊り橋効果”で『好きのドキドキ』と替えてやろうと思って女の子を口説いてたら、ゲテモノ料理の途中から、圧(アツ)が強すぎて、その子が吐いちゃって……。『あんな店連れて行くのって、何なの!』って怒られてダメになったんだよね…… って失敗談だからっ」

 ひろゆき氏
 「(笑)アプローチの成功割合は?」

 クロちゃん
 「キャバクラで今まで付いた女性が1万5000人はいますから。その中でね、上手くいったのは3人いましたから! 3人!」

 ひろゆき氏
 「1万5000人で3人… お父さんとお母さんが働いたお金で… お母さんが豆腐売り場に立って稼いだお金で… キャバクラ嬢に!」

 クロちゃん
 「逆にお店行かずに、じつは、コンパとかで知り合った方がキャバ嬢って上手くいくんすよ」

 ひろゆき氏
 「え!? それで、上手くいったことあるんですか?」

 クロちゃん
 「…っていう話は聞きますね」

 ひろゆき氏
 「って言ってる人もいると!?(笑) クロちゃんが複数人同時にアプローチするのは、僕は『あり』だと思います! だって、1万5000分の3で、その確率だったら、もう複数でアプローチしないと寿命の間に、人に出会って、付き合って、結婚… 無理ですよ~」

 クロちゃん
 「話が変わってきてる…」

 ひろゆき氏
 「一般の人の場合であれば、『付き合いましょ』っていろんな人に言って、『じゃ、考えとくね』って言われて、そのあと、いろんな人にOKって言われたあとに他の人からもOKとなって重なっちゃったら困るじゃないすか。でも、クロちゃんが付き合う(申し込む)なら、複数同時にアプローチは正解です!」

 クロちゃん
 「逆特別扱いしてない? 俺のこと。行こうと思えば、なんぼでも行けるわっ! ABEMAのアナウンサー行ってやるからな!」

 というところでタイムリミット。対決が終了しました。

 学習院大学弁論部3人の審判は3対0で、クロちゃんの完全勝利という結果となりました。

 「やったしんよ~~~!」と絶叫するクロちゃん。


 クロちゃんのアプローチの成功割合は1万5000分の3。これは、毎日新規の女性を5人見つけ出して、3年間1日も欠かさずアプローチし続けていくと1人の女性と相思相愛になれるかもしれない…という計算になります。この天文学的な非モテ数値を聞いたひろゆき氏は、「クロちゃん限定」という条件付きで、「付き合う前の複数人同時アプローチ」を認めたのです。

■(56)「普通」は集団によって決定されるものではなく、自分で創るもの

 厚生労働省の最新データによると、2020年の婚姻数は前年から一気に7万3517組減ったそうです。「令和婚」の反動による減少と、やはりコロナ禍の影響が要因として専門家から指摘されています(朝日新聞デジタル6/4付)。この現象から、世間の総恋愛数やカップル成約率も減少傾向の可能性が推察できます。

 長期間続くコロナ禍での行動制限が「恋愛しづらい世の中」にしているのかもしれません。好きな人を外食に誘いづらい同調圧力を感じたり、巣ごもりで他人とつながらない時間・空間の心地よさに気づいてしまったり、極端に能動性が低下した人が増えたはずです。

 「素顔」「本性」を対面で探り合う、見せ合う、そんなダイレクトなコミュニケーションを制限され、結果、恋すべき相手と出会う機会が激減してしまう。そんな今だからこそ、クロちゃんの主張「付き合う前の複数人同時アプローチ」には、説得力があります。

 なんとなく決められた古い価値観や慣例や集団が決めるモラルにとらわれず、自分で「新しい常識・普通」を創出していった者だけに未来がある。クロちゃんの主張には、いつもこんな風味を感じています。そもそも恋愛におけるアプローチのモラルなんて、他人にとやかく言われることではありません。常識めいたものを無視し、手当たり次第にアグレッシブに攻めないと、幸せとか本命なんて掴めないしんよー、と言ってはいないけれど、上の世代と明らかに考えが乖離しているニューノーマル世代には響くかもしれません。

 私は以前、「ニューノーマル」という言葉は、良かった過去には戻れない不可逆性と諦念のニュアンスを併せ持つ、ネガティブで操作性の強いワードだな、という違和感を持っていました。しかし、冷静に見ると、あくまで「現状」を示しているだけの言葉でしかなく、私たち生活者を動かすチカラなど何1つありません。

 中央や体制から何か言葉が発信される時、それは大体「平易」な「短語」です。「3密」のように機能する言葉もあれば、目的が不明瞭な言葉もあります。大切なことは、それをわかったつもりで表層的に受容するのではなく、1人1人の生活にそれをどう具体的に変換していくのか。自身で能動的に考えることです。

 流通してしまった「ニューノーマル」って、本当はどこにあるのか。私たちは、所属するコミュニティや集団によって一元的に決定されることをついつい「普通」と受け取ってしまいがちです。しかし、それは本当に普通なのか。その新常識や新しい当たり前を疑う難しさはあるものの、そのもっともらしい「べき論」を自分の正義と照合する必要性があるのではないか。ニューノーマル世代には至極必要なことだと思います。

 一方的なメッセージや規定ワードを一元的に解釈して受容するのではなく、多元的世界観で再解釈し、その言葉が向かう先を監視してみる。これを試みないと、「自分だけの新しい普通」の必要性に気づかず、唯々なんとなく右に倣う、「誰かにコントロールされた普通」の生活を強いられるような気がするのです。

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。
http://www.copykoba.tokyo/

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