5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (53)

2021年5月25日 08:41

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 ひろゆき氏とクロちゃんのディベート対決(テレビ朝日・深夜)を観たことがありますか? ディベートのテーマは、「親からの仕送りを永遠にもらい続けるのはあり? なし?」でした。20歳から42歳まで多い時で月額25万円の仕送りをもらってきたクロちゃんは「あり」、ひろゆき氏は「なし」の立場でディベートが開始されました。この討論に「プレゼン術における1つの解」を見つけました。

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (52)

クロちゃん
 「親は子どもに手がかからなくなるとコロッと早死にする人が多い。僕は親に長生きしてほしいから、仕送りをもらっている。しっかりした姿を見せるのはまだ先かな~と思っている。だって、長生きしてほしいから。今、親は孫(姉の子)に金を使っているけど、長生きしてもらおうと思っているから『お金を僕の方によこせ!』って、親に言ってますよ!」

ひろゆき氏
 「今、『仕送りをもらい続けるのが無理だった』と証明されましたよ」

クロちゃん
 「(クロちゃんが高給だと親にバレたので)僕がお金持ってないと今植え付けてる状態だからっ!」

ひろゆき氏
 「親は働くことでストレスがかかり、寿命が縮む可能性がありませんか? 仕送りしないでダラダラ暮らす方が寿命が延びませんか?」

クロちゃん
 「仕送りは年金からもらってるから大丈夫です」

ひろゆき氏
 「親の年金が減っていった場合、仕送りを払うために親が生活費を減らすことになりませんか?」

クロちゃん
 「それは親が努力してもらうことで頭が活性化するから、その切り詰め方を考えるからボケもしないし、長生きもしてくれるし、いいんじゃないですか。お金が無くなって困ることは、親には逆にプラスだと思いますよ!」

ひろゆき氏
 「お金の無い人の方が平均寿命が低いんですよ。お金の無い人は早く死ぬんですよ」

クロちゃん
 「早く死ぬ人たちは、子どもに心労をかけられていなくて、自分たちのことだけで精一杯な人たち。そうじゃなくて、こっち(子ども)が親に心労をかけることで、親はその分、子どもに愛を注ぐことになるから長生きするんですよっ!」

ひろゆき氏
 「収入の少ない親は、その分ストレスがたまる。さらに、子どものことを気にしなきゃならないのでストレスは増えるだけ。お金が無いというストレスは解決していない」

クロちゃん
 「わかってないなぁ。『愛がある心労』と『愛が無い心労』があるんですよ。愛が無い心労だと絶望して死んでしまうんですよ。お腹を痛めた子どものためにと思うと、親ってチカラを発揮するんですよ!」

ひろゆき氏
 「じゃ、クロちゃんが仕送りをもらっているおかげで、親はどんなチカラを発揮したんですか?」

クロちゃん
 「母親はパートを始めて、豆腐を売って、僕に仕送りしてくれました」

ひろゆき氏
 「じゃあ、仕送りのために『苦労』されたということなんですね?」

クロちゃん
 「苦労というよりかは、幸せな時間じゃないのかな? だから、全世帯の親が子どもに仕送りしてあげることによって、平均寿命をもっと延ばしたらいいと思う」

ひろゆき氏
 「そうすると、子どもは自立しないで仕送りをもらい続ける。年金もらってる人は納税はさほどできないし、仕送りもらってる人も納税しない。結果として、親がもらう年金の額はどんどん減ってしまうので、やっぱり仕送りをもらい続けるのはできなくなりませんか?」

クロちゃん
 「親が借金すればいいんじゃないですか?」

ひろゆき氏
 「でも、親が借金を返さないのであれば、銀行や消費者金融もつぶれますよね? 法人税の税収も減ってしまうし、日本中の年金のもらえる額は減ってしまいませんか?」

 というところで、タイムリミット。対戦が終了しました。

 結果は、ひろゆき氏の勝利ではあったが、学習院大学弁論部3人の審判は2対1。なんとクロちゃんに1票入っていたのだ。

 「長生きしてもらいたいから、親から仕送りをもらい続ける」。
 これが、クロちゃん論。皆さんは、どう思いますか? 私は少なからず世の中のインサイトを突いていると思いました。

 これ、言い換えると、「バカな子どもを持つ親は絶対に早死にできない。何があっても生き抜いて、バカな子どもを生かし続けるために経済援助をし続けるのだ!」という趣旨になります。これって、親心の真理を突いていると思いませんか? 

■(55)データやファクト、正論に頼らず、「愚行権」を行使して勝つ

 このような超過保護な親って確実に存在しますよね。それは、自立していない、自律できない「オトナ子ども」が少なからずいるからです。それは家庭教育に過失があったり、精神疾患だったりと原因はさまざまでしょう。

 しかし、クロちゃんの場合は、個人の領域に他者が介入できない「愚行権」を最大限に行使することで親の金を貪るという極めて戦略的な話法でした。異常にタチが悪く見えますが、それが反響(罵詈雑言)を呼ぶワケです(自作自演でしょうが、やってる感が無いクロちゃんだからこそ面白いし、完全なるクズ人間ポストを手に入れている!)。

 違法性が無ければ、たとえ、おバカな行為でも、それが本人が感じる・本人が信じる幸福的行為であれば、他者はケチをつけられません。それが「愚行権」です。クロちゃんが勝ち取った1票は愚行権を行使した結果なのです(完全勝利できなかったひろゆき氏はクロちゃん論を認めました)。

 余談ですが、コンプライアンスが十分に根付いていなかった1990年代後半~2000年代初頭の転職面接では、この「クロちゃん愚行権面接法」で何百倍という倍率を突破していった猛者たちがいました。クリエイティブ方面に限りますが、他者を侵入させる隙など無い「自分論」を持っている者だけが狭き門を潜り抜けていったのです。愚行的で極論を語る者は奇抜なだけの思想を持つ山師に見えます。しかし、それが本質(インサイト)を突いているがために、当時の面接官たちはその「自分論」を詰め切れなかったのです。

 そういう意味では、クロちゃんは仮に芸能界ではない一般社会でも、それなりに成功していたのではないでしょうか。いずれにしても、「自分が信じているもの・確信していることが絶対に正しいという論を崩すのはかなり難しい」ということが、このディベート対決によってわかりました。

 40超えのおっさんが仕送りをもらう権利を主張する、その「倫理観」を問うのではなく、「社会構造としての可否」という観点から攻撃を仕掛けたひろゆき氏もさすが! でした。

 最後に。番組を観直す際は、進行役の上山千穂アナの至極困惑した、苦虫を噛み潰したような表情も併せてチェックしてもらいたいです。

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。
http://www.copykoba.tokyo/

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