デジタル給与、解禁迫る? ますます低下する、銀行の存在感!

2021年5月21日 08:35

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 勤労者の常識だった給与振込が曲がり角を迎えている。21年度中に、給与が「〇〇ペイ」といったスマホアプリに振込できるようになりそうだ。

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 厚労省は4月19日、デジタル給与に関する制度案として資金移動業者に求める要件を、「(1)債務の履行が困難になった場合、勤労者への債務を早急に保証する仕組みを作ること。(2)不正取引での損失を補償すること。(3)月1回は手数料を払うことなく、ATMなどで1円単位の払い出しを可能とすること。(4)業務や財務状況を適時に厚生労働大臣に報告できる体制があること。(5)業務を適正で確実に遂行する技術的能力があること」の5項目にまとめて、労働政策審議会(厚生労働大臣の諮問機関)の分科会に示した。
 
 日本社会がキャッシュレス化への胎動を明確に意識したのは、18年12月にPayPayが始めた「100億円あげちゃうキャンペーン」だ。当初19年3月末を目途としていたキャンペーンは、わずか10日間で財源を使い尽くして、強烈なインパクトの残像がキャッシュレス決済への認識を高めるきっかけとなった。

 その後、新型コロナウイルス問題に社会の関心が集中したものの、感染リスクの1つとして「通貨の遣り取り」を指摘する声は存在していたから、コロナ過が「1歩後退、2歩前進」効果を生み出したとも言える。

 労働者を保護するために、労働基準法は24条で賃金支払の原則を、(1)通貨で(2)直接(3)全額を(4)毎月1回以上(5)一定期日に支払わなければならないと決めている。現在当たり前になっている、銀行口座等への給与振込はあくまで例外的な取り扱いだ。

 日本で給与振込が始まったのは1969年だ。同時期に住友銀行と立石電機(現オムロン)の共同開発による世界初の現金自動支払機(CD)が、東京新宿と大阪梅田に登場したというタイミングにも恵まれたが、1968年12月に発生した「3億円強奪事件」も強く後押ししたことは間違いない。東芝の府中工場へ向けて給与を運んでいた現金輸送車から、白バイを操って警官を装う犯人に3億円の入ったジュラルミンのケースが奪い去られたニュースは、大きな話題を提供した。

 その1つは、現金を輸送することのリスクだ。支払時期が明確な給与資金の輸送は定期的なルーティン業務になっていたから、犯行計画を立案する者にとっては「日時や輸送ルートを特定しやすい恰好のターゲットだった」ということが明白になった。

 給与振込になった当初は、「夫が給料袋を妻に渡すプロセスが無くなったから、夫の威信が低下した」という愚痴も聞かれたが、今ではそんなことすら話題になることがないくらい、給与振込は定着している。

 デジタル給与が実現したとしても、住宅ローンや公共料金の支払用に銀行口座を利用している人は多いから、全額がデジタルで支払われることはないだろうが、確実に日本のキャッシュレスステージを引き上げることは間違いない。

 連合は1月の時点では、「労働者の賃金は安全・確実に支払われる必要がある」として、制度改正に難色を示していたが、厚労省の示した制度案には労働側の不安への配慮がなされているため、いよいよ実現が迫りつつあると言えるだろう。

 気になるのは、長期低落を続けていた「銀行の存在感」が更に低下することだ。毎月1回、現金を下ろす必要が無くなって、ネットで取引明細が確認できたら、銀行店舗が近隣にあることすら意味のないことになってしまう。キャッシュレス化の進展は、銀行店舗数と職員数の更なるスリム化を現実のものにする。(記事:矢牧滋夫・記事一覧を見る

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