5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (49)

2021年4月4日 06:30

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 「オレは、お前の出世のために働いてるんじゃねーんだよ!」

 職場でこんなハードなセリフをモロダシする人はあまりいないと思いますが、長いリーマン人生の中で、自分の都合だけで生きる先輩や上司の言動にムカつき、1度ぐらいは心の中で叫んだことのあるセリフではないでしょうか。

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (48)

 仕事とはクリエイティブ職にかぎらず、「得意先の要求を軽く超えたサービスを提供する」ことが使命です。企画を見た時のクライアントの笑顔、それを話題化できた時の喜び。これらは、私たちにとって同価値です。ゴリゴリやってよかったな、と心底思う瞬間でもあります。

 一方で、クライアントの要望だけを埋める「あえて、置きにいく人」がいます。余計なことを一切せずに、得意先のプランにただただ乗っかるのです。オーバーサービスを求めない効率重視のクライアントならば、合理的な1つの解でしょう。
 
 過去に私は、唯一人、このような社員を見かけたことがあります。ただ、この人の場合は「あえて、置きにいく」人ではなくて、「置きにいかざるえない」ノークリエイティブな人だったのです。そこが問題でした。後輩たちに新しい気づきを与えるディレクションもできない、スパイク・ゼロな人だったのです。

 じつはその人、高次元なマーケティング戦略と圧倒的な流通支配力を持つブランドを担当していたため、お膳立てされた中で1人で完結できるイージーな制作を担っていたのです。企画力よりもクライアントとの調整力、CMディレクターとの交渉力が重要視される業務でした。

 本来、クリエイティブ局員とは、同僚の制作に刺激され、嫉妬し、それを意欲に変換し、新たなクリエイティブを創出し続ける習性を持っています。しかし、その人にはそういった感情や気概、意思が見えませんでした。才能が無いことに自身が気づき、「あきらめる」ところからリスタートしていたのかも知れません。

■(51)対症療法のアンガーマネージメントよりも、周りから固める的確な「人員配置」が効く

 会社は、「クリエイティビティを発揮しなくていい」保守的クライアントを担当させ、それを「その人の価値」として評価したのです。人材を殺さずに、どんな局員でもアジャストさせる「人員配置」の巧妙さを、私はこの時知りました。

 クリエイティブの競争から早期に降りた人でも、フリーライダーな働きぶりで高い生産性を上げていく。その利用価値は、組織から見れば確かに高い。扱い額が大きければ、昇進もついてきます。会社の評価軸の1つとして当然です。

 同時に、周囲からは、「なぜ、あの人が昇進?」と怒りにも似た疑問が発生することもあります。世界最高レベルのクリエイティブを目指さずに、自身のリーマン人生の戦略に腐心していることが、仕事の仕方やコミュニケーションの取り方に顕著に現れてしまっていたからです。明らかに異質な存在でした。

 先日読んだアンガーマネージメント本の著者は、「『自分をあきらめる』そして『相手とかかわらない』ことで怒りを発生させないことが大切だ」と説いていました。私はこの説法に違和感を覚えます。

 この方法はそれなりの納得度は持つが、当事者が自ら行う対症療法でしかなく、根治に至らないと強く感じたのです。眼目の課題から逃避し、閉塞が孤立を生み、結果、当事者は歪な人間へと変容していくのではないか。逃げ癖と自己中心的な人間へと変容させてしまうのではないか。私は、既述の人をイメージしながら、そう感じました。

 この人はクリエイティブをあきらめたその帳尻合わせのためか、常時、社内接待に走り回り、いつも周りにイラついていました。保守的な業務という適任が辛うじて気持ちの爆発を防いでいるのだろう、と当時傍観していたものです。

 そんなある日のこと。私はその人に会議室に呼ばれ、「新しい仕事を手伝って欲しい」と言われました。続けて、彼はこうシャウトしたのです。

 「オレは、出世したいんだよぉぉぉぉぉぉぉ~」

 ブラックスワンとジョーカー並みの戦慄が走った私は、即答で断りました。自分の都合だけで生きる人間に誰がついていくのでしょうか。

 クリエイターとしての成功と組織内での成功は、必ずしもリンクしない。クリエイティブで跳ねない人でも、社内では人員配置しだいでブレイクしてしまう場合があります。この人の場合は例外中の例外ですが、会社とは本当にわからないものです。

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。
http://www.copykoba.tokyo/

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