【コラム 江川紹子】藤井美濃加茂市長収賄容疑事件:法を軽んじる裁判長に藤井市長を裁く資格はあるか

2014年9月22日 08:58

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記事提供元:さくらフィナンシャルニュース

【9月22日、さくらフィナンシャルニュース=名古屋】

■最低限の情報すら明らかにされない


 こんな訴訟指揮があっていいのだろうか…。

 閉廷後の法廷で、私はあっけにとられていた。それは、藤井浩人・美濃加茂市長が贈賄に問われた事件の初公判(名古屋地裁刑事6部・鵜飼祐充裁判長)での出来事だった。

 藤井市長は、市議時代に災害対策用浄水プラントの導入を巡って、業者から30万円の現金を受け取ったとして、逮捕・起訴された。一貫して容疑を否認。起訴後に、早期釈放を求める署名が、人口約5万5000人の同市で2万1150人も集まるなど、市民からの信頼は今なお篤い。保釈後はすぐに公務に復帰し、その動静が報じられるなど、社会的注目度は高い。

 9月17日午後4時から行われた初公判には、各テレビ局が中継車を出し、77枚の一般傍聴券を求めて277人が列を作り、抽選となった。どこかの報道機関のものだろう、上空にはヘリも飛んでいた。

  初公判は、被告人が本人であることを確かめる人定質問→検察官による起訴状朗読→被告人・弁護人の罪状認否→検察官の冒頭陳述朗読→弁護人の冒頭陳述朗読、と手順通りに進んだ。

 藤井市長は現金の授受について「一切ありません」と否認し、弁護側も争う姿勢を明確にした。

  この後、検察・弁護側が双方が申請していた証拠のうち、互いに同意したものの取り調べへと手続は進んだ。法律では、証拠の取り調べは、朗読して行うことに決まっている(刑事訴訟法第305条)。ただし、大量の証拠をすべて朗読すると時間がかかることから、その要旨を告げるだけでもよいとしている(刑事訴訟規則203条)。

 多くの事件では、弁護人が特に全文朗読を求めた証拠を除いては、要旨の告知で済まされている。それも、「○○(氏名)の犯行状況についての検察官面前調書」とか「○○作成の犯行現場の実況見分調書」のように、ほとんどタイトルしか読まれないことも少なくない。それでも、どういう証拠が出されているのか、最低限の情報は明らかにされる。

 ところが!

 藤井市長の裁判では、それがまったく行われなかった。

■憲法が保障する公開裁判の意義はどこに


 鵜飼裁判長(第45期)は、検察官と弁護人に対して、「立証趣旨は証拠等関係カードに記載された通りでよろしいですね」と問い、双方が「はい」と答えるなり、「では、(証拠を)提出して下さい」と告げて、あれよあれよという間に証拠調べの手続きを終えてしまったのだ。

 そして、閉廷。

 提出された証拠の点数すら明かされなかった。これでは、どういう証拠がどれだけ裁判所に出されたのか、国民にはさっぱり分からない。

  本件では、初公判の前に、公判前整理手続が行われた。争点や証拠のついての検察、弁護側の重要なやりとりがなされているはずだが、これはすべて非公開。そのうえ、証拠の内容まで伏せられてしまったのでは、裁判が果たして適正に進められているのか、公正な判断がなされているのか、傍聴席からはまったく確認できない。これで、果たして憲法が保障する公開裁判が行われている、と言えるのだろうか。

  いきさつは、こういうことのようだ。

 初公判は1時間で同意証拠の取り調べまで終える予定で、検察・弁護側双方とも要旨告知の準備はしていた。ところが、検察官の冒頭陳述の朗読が予定より長くなったため、弁護側も用意した書面を省略せずに全部読み、双方の冒陳朗読が終了した時には、閉廷予定の午後5時が迫っていた。

  ならば、開廷時間を若干延長すればいいだけのことだ。そういう場面は、珍しくない。もし、5時以降に裁判官の予定が詰まっているなら、証拠調べを次回公判で行うことにすればいい。なのに、鵜飼裁判長の独断で、要旨の告知を省略してしまったらしい。

■法の遵守より内輪スケジュールを優先する裁判長


 法律で定められた手続を遵守するより、内輪で決めたスケジュールを重視する裁判長の訴訟指揮には、大きな危惧と疑問を抱かざるをえない。

  それでも、たとえば一般人による覚せい剤自己使用事件で、被告人が認めており、傍聴席が空っぽという裁判だったら、要旨告知を省略したくなるのも分からないでもない。しかし本件は、冒頭に書いたように、社会的に注目され、しかも争っている事件だ。

 私は、新聞記者の時代を含めると、30年間ほど様々な裁判の傍聴取材をしてきたが、要旨告知をまったくやらずに証拠調べを終わらせるという、むちゃくちゃな訴訟指揮は、初めて見た。

  この問題について、刑事弁護の経験豊富な河津博史弁護士(第二東京弁護士会)は、次のように指摘する。

 「法は、証拠書類を全文朗読して、どのような証拠に基づいて裁判が行われるか、公開の法廷で明らかにすることを原則としている。実務上は、要旨の告知で済まされることが多いが、それすら行わないというのは、不適法だ。

 まして、本件は争いがあり、かつ、政治に関わる事件。証拠書類の内容を公開の法廷で明らかにする必要性は大きい」

  注目の裁判が、初っぱなから、こんな展開で大丈夫なのだろうか。
 次回の公判で、鵜飼裁判長が改めて要旨の告知を検察、弁護側双方にさせ、適正な手続を踏んでいくことを、強く求めたい。【了】

 えがわ・しょうこ/1958年、東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒。1982年〜87年まで神奈川新聞社に勤務。警察・裁判取材や連載企画などを担当した後、29歳で独立。1989年から本格的にオウム真理教についての取材を開始。現在も、オウム真理教の信者だった菊地直子被告の裁判を取材・傍聴中。「冤罪の構図 やったのはお前だ」(社会思想社、のち現代教養文庫、新風舎文庫)、「オウム真理教追跡2200日」(文藝春秋)、「勇気ってなんだろう」(岩波ジュニア新書)等、著書多数。菊池寛賞受賞。行刑改革会議、検察の在り方検討会議の各委員を経験。オペラ愛好家としても知られる。個人blogに「江川紹子のあれやこれや」(http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/)がある。

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※この記事はSakura Financial Newsより提供を受けて配信しています。

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