強迫症の個別化TMS、1人で症状スコア78%低下―シンガポールの予備研究
2026年11月7日 10:12
シンガポール国立大学病院(NUH)とシンガポール国立大学医学部(NUS Medicine)は、脳画像から患者ごとに磁気刺激の標的を定める強迫症(OCD)の予備研究で、治療を完了した2人に症状の改善を報告した。1人では5日間の治療終了時に症状質問票のスコアが78%低下し、治療6週間後にはゼロとなった。
NUS Medicineは2026年10月22日に研究を紹介した。登録者は4人で、このうち2人が治療完了前に離脱した小規模な研究であり、今後は対照群を設けた試験で効果や持続性を評価することが重要になる。
■5日間で40回の刺激、もう1人には追加治療も
研究には2026年1~7月に、重症で治療抵抗性の強迫症患者4人が登録された。完了した2人は、間欠的シータバースト刺激(iTBS)を5日間で計40回受けた。研究チームによると、1回の治療時間は約9分だった。
評価には、自己記入式の強迫症状質問票であるObsessive-Compulsive Inventory–Revised(OCI-R)を使った。OCI-Rは18項目をそれぞれ0~4点で評価する尺度で、合計は0~72点となる。スコアが高いほど、報告された強迫症状による苦痛が大きいことを示す。
78%の低下を示した患者は、6週間後の質問票で症状を報告しなかった。もう1人は、治療4週間後にスコアが35%低下した。その後、約12週間後に症状が再び現れ、2日間の追加治療を受けたところ、再度大きな改善がみられたという。
この経過は、初期の改善に加えて、その持続期間や追加治療の役割を追跡する重要性を示している。研究チームは、より大きな研究で結果を確かめることで、従来の治療で十分な改善を得られなかった患者への選択肢につなげたいとしている。
■脳ネットワークの個人差を刺激部位に反映
経頭蓋磁気刺激(TMS)は、頭皮の外側に置いたコイルから磁気パルスを送り、脳の神経活動を調節する手法だ。今回の個別化TMSは、刺激する場所を患者自身の脳画像から選ぶ点に特徴がある。
安静時機能的MRI(fMRI)では、課題を行わずに休んでいる間の、血液の酸素化に関連する信号の変動を記録する。離れた領域の信号がどの程度一緒に変動するかを調べることで、脳領域間の機能的な結び付きやネットワークの配置を推定できる。
研究ではまず、脳深部刺激療法(DBS)で強迫症の改善との関係が示された脳回路を手掛かりに、大まかな治療領域を選ぶ。次に、各患者のfMRIとNUSで開発されたアルゴリズムを使い、その人のデフォルトモードネットワークの配置に合わせて刺激標的を絞り込む。
デフォルトモードネットワークは、自己に関する思考などに関わる脳領域のネットワークで、内側前頭前野や後部帯状皮質などを含む。ネットワークの境界や配置には個人差があるため、同じ解剖学的な目印だけで位置を決める方法に、個人の機能的な脳地図を加えるという発想だ。
解析した標的位置は、コイルの位置決めを支援するニューロナビゲーション用のロボットアームに反映される。研究期間中はfMRIと症状評価を繰り返し、治療に伴う脳回路の変化と症状の経過も調べる。
■短時間の刺激を集中的に実施
iTBSは、高頻度の短い刺激群を間欠的に繰り返すTMSの一種だ。代表的な刺激パターンは、50Hzの3連続パルスを5Hzの間隔でまとめて送り、刺激と休止を繰り返す。神経活動を繰り返し変化させ、刺激後にも続く反応を引き出すことを狙う。
基礎研究では、シータバースト刺激による反応は、神経細胞間の情報伝達の強さが変わる「シナプス可塑性」と関連付けて研究されてきた。人の運動野を対象とする実験では、NMDA受容体の関与や、刺激終了後にも続く興奮性の変化が報告されている。
短時間のiTBSについては、Blumberger氏らが2018年にLancetで発表したTHREE-D試験がある。治療抵抗性うつ病を対象としたこの試験では、約3分のiTBSが、37.5分の従来型10Hz反復TMSに対して、症状改善で非劣性を示した。今回の強迫症研究では、1回約9分のセッションを5日間に集中させている。
安全性を検討した関連研究として、Tang氏らが2025年にActa Neuropsychiatricaで報告した、別方式のコネクトーム誘導TMSの後ろ向き研究がある。2020~2023年に治療を受けた165人、202組の標的設定を調べ、疲労、局所の筋収縮、頭痛、不快感などは軽度で一過性だったと報告した。重篤な副作用やけいれん発作は記録されなかった。
■強迫症の治療で脳回路に注目する理由
強迫症は、望まない考えが繰り返し浮かぶ強迫観念や、不安を和らげるための反復行動などによって、生活に支障を来す疾患だ。米国立精神衛生研究所によると、2001~2003年の米国調査に基づく成人の生涯有病率は2.3%だった。世界各地の研究をまとめた2020年のメタ分析では、生涯有病率は約1.3%と推計されている。
治療にはセロトニン再取り込み阻害薬(SRI)や、曝露反応妨害法を含む認知行動療法が用いられる。NUHとNUS Medicineの発表は、薬物治療で十分な反応を得られない患者の割合を40~60%としており、薬物療法や心理療法で改善が乏しい重症例では、DBSなども検討される。
DBSは、手術で脳内に電極を埋め込む治療だ。米食品医薬品局(FDA)は2009年、難治性強迫症向けのMedtronic製DBS装置に、人道的使用医療機器適用免除(HDE)に基づく承認を与えた。欧州ではOCD向けDBSのCE認証が2022年に失効し、オランダの専門家による2024年の合意文書は、研究の枠組みで治療を継続する方法を説明している。
強迫症の研究で重視されてきたのが、大脳皮質、線条体、淡蒼球、視床などを結ぶ皮質―線条体―視床―皮質(CSTC)回路だ。行動の選択や制御に関わるこれらの回路と、大規模な脳ネットワークの働きを調べることが、刺激標的を探す手掛かりになっている。
内包前脚(ALIC)は、DBSで研究されている標的の一つで、前頭葉と深部の領域を結ぶ神経線維が通る。Li氏らが2020年にNature Communicationsで発表した50人のDBSデータの解析では、内包前脚や視床下核など異なる部位への刺激でも、共通する線維束への刺激の重なりが改善と関連した。今回の個別化TMSも、深部の治療標的とつながる回路に皮質側から働き掛ける考え方に基づく。
ペンシルベニア大学の研究チームも、2026年にCellで強迫症の脳活動を報告した。薬物療法や心理療法で改善しなかった3人に電極を留置し、症状を誘発した際の右前内側眼窩前頭皮質のガンマ帯域活動と、症状の強さとの関連を観察した。側坐核・腹側淡蒼球領域への刺激で症状と信号の双方が低下し、回路の活動を治療に活用する研究につながっている。
■既存TMSと個別化研究の位置付け
OCD向けTMSでは、FDAが2018年にBrainsWayの深部TMS装置の販売を認めた。FDAが審査した100人の無作為化試験では、Yale–Brown強迫症状評価尺度のスコアが30%を超えて低下した割合は、実刺激群で38%、偽刺激群で11%だった。
Neurocare GroupのApollo TMS Therapy Systemも、2025年8月18日に、成人の強迫症に対する補助療法としてFDAの販売許可を取得した。既存装置の試験と今回の予備研究では、対象患者、刺激方法、評価尺度が異なるため、今後の比較試験では条件をそろえた評価が必要になる。
個別化による標的選択は、うつ病でも研究されている。Mass General Brighamなどのチームが2026年にJAMA Psychiatryで発表した40人の無作為化試験では、加速TMSの標的を機能的結合から選んだ群で、頭皮上の目印から選んだ群より症状改善が大きかった。1カ月後のMontgomery–Åsbergうつ病評価尺度の低下幅の中央値は、それぞれ24点と18点だった。
NUSのKong氏らも、治療抵抗性うつ病20人を対象とした個別化加速iTBSの結果を2026年にプレプリントで報告している。治療後4週間以内に評価スコアが50%以上低下した割合は70%だった。NUHの発表では、12週間後にも反応を維持していた参加者は31%とされている。
OCD全体のTMS研究については、2003年のコクラン・レビューが、当時の無作為化試験データの不足を指摘していた。その後、2023年にLifeに掲載された系統的レビューとメタ分析は、31試験の統合解析で実刺激による症状改善を認めた一方、標的やプロトコルの個別化を進めるための追加研究を求めている。
■技術の事業化と次の研究
今回使われた脳画像解析技術はNUSで開発され、同大学発の企業B1Neuroを通じて事業化されている。NUHの発表資料は、同社がNUHとMount Alvernia Hospitalに技術を提供していることも記載している。
同資料では、Ru Kong氏がB1Neuroの最高科学責任者、Thomas Yeo氏が科学アドバイザー、Tor Phern Chern氏が臨床アドバイザーを務めると開示されている。技術開発と臨床研究、事業化に関わるこうした関係も、研究結果を評価する際の情報となる。
今回の強迫症研究は、患者ごとの脳地図を作成し、標的を決め、集中的な刺激を実施する一連の方法を臨床で試した段階にある。次の検証では、偽刺激や標準的なTMSを対照に、刺激回数や強度をそろえて比較し、長期の症状経過、安全性、追加治療の必要性を調べることが重要になる。
NUHとNUS Medicineは同じ発表で、うつ病と不安症状を併せ持つ人への個別化TMS研究も紹介した。30人の募集を目指し、2026年10月から2029年初めまでの計画で、うつ症状と不安症状に関わる2種類の個別化標的を調べる。10カ月間に最大48時間のMRI撮影を行い、脳ネットワークと症状の変化を詳しく追う予定だ。
元記事: Singapore Researchers Use Brain Scans to Personalize OCD Stimulation — 78% Symptom Drop in Pilot