カナダ宇宙庁の新長官に元NASA首席エコノミスト 月探査と産業育成の手腕に注目

2026年11月7日 10:12

カナダ政府は11月4日、米航空宇宙局(NASA)初代首席エコノミストのアレクサンダー・マクドナルド氏を、カナダ宇宙庁(CSA)の次期長官に任命したと発表した。就任は2026年11月16日を予定する。月探査計画の見直しが進むなか、宇宙政策と経済の専門家が、科学探査と国内産業の育成を担う。

■宇宙政策と経済史を専門とする新長官

任命を発表したメラニー・ジョリー産業相は、宇宙が国家安全保障と経済安全保障に重要な役割を果たすと強調した。そのうえで、マクドナルド氏の指導力と専門知識が、技術革新、科学的発見、経済成長、自国の宇宙能力の開発に貢献すると期待を示した。

マクドナルド氏は、宇宙分野で20年以上の経験を持つ。カナダ政府によると、NASAでは「Moon to Mars」戦略やアルテミス計画の立ち上げに携わり、長官室の上級経済顧問、新興商業宇宙分野の経済分析を担うEmerging Space Officeの初代プログラム責任者などを歴任した。

クイーンズ大学で経済学の学士号、ブリティッシュコロンビア大学で経済学の修士号を取得し、オックスフォード大学では米国の宇宙探査の経済史を研究して博士号を得た。アリゾナ州立大学では実務家教授を務め、戦略国際問題研究所(CSIS)の航空宇宙安全保障プロジェクトでは非常勤のシニア・アソシエイトとして活動している。

2017年刊行の著書『The Long Space Age』は、19世紀の天文台から宇宙飛行へと続く米国の歴史を、資金調達の側面から描いた。民間資金による宇宙への取り組みを、長い歴史の中で捉え直す内容で、2016年に米国航空宇宙学会の歴史分野の原稿賞を受賞した。2024年にはNASAのExceptional Service Medalも受章している。

■就任前に訴えた月面ロボットへの転換

マクドナルド氏は就任前から、カナダの月探査への具体的な提言を公にしていた。宇宙産業専門メディアSpaceQによると、2026年5月20日にCSA本部で開かれたSpace CanadaのHorizons会議で、月面ロボットへの迅速な重点移行を訴えた。

背景にあるのは、NASAが3月24日に発表した月探査方針の変更だ。NASAは月周回拠点Gatewayを現在の構成では一時停止し、継続的な月面活動を支えるインフラへ重点を移す方針を示した。既存機器のうち転用できるものや、国際協力国の貢献を活用して月面拠点の整備を進めるとしている。

SpaceQによると、マクドナルド氏はCanadarm3の残りの資金を可能な範囲で月面ロボットへ振り向けるよう提案した。具体策には、2027~2028年にNASAの商業月面輸送サービス(CLPS)の着陸機で2~3回の輸送機会を確保すること、月面作業車LUVの候補を速やかに2チームへ絞ること、大型着陸機からの荷降ろしにカナダ製ロボットを組み込むための交渉が含まれる。

同氏はさらに、月面向けの原子力発電、宇宙用の医療システム、食料生産技術にも事業機会があると指摘した。NASAの新方針にカナダがどう対応するかは、自国で迅速かつ戦略的に考えるべき課題だと訴えていた。こうした提言は、新長官が月探査と産業政策をどのように結び付けるかを考える手掛かりとなる。

■Canadarm3の技術を月面へ

カナダは2019年、Canadarm3の開発や月探査加速プログラム(LEAP)などを含む月関連事業に、24年間で20億5000万カナダドル(約2320億円)を投じる方針を発表した。宇宙ロボット技術を国際探査への貢献に用い、カナダの宇宙飛行士や研究者の活動機会を確保してきた。

その成果の一つが、2026年4月のアルテミスIIだ。CSAのジェレミー・ハンセン宇宙飛行士は、米国人以外で初めて月フライバイに参加した。カナダ政府によると、Canadarm3の提供は、ハンセン氏の飛行を含む2回の月方面への宇宙飛行機会を確保する取り決めにつながった。

CSAは8月6日、Canadarm3への投資を次の段階の月探査に生かす方針を発表した。MDA Spaceと協力し、開発中の技術を幅広い月関連作業に適応させる。月面での貨物輸送や設備の展開、科学探査、点検、宇宙飛行士の支援などを想定している。

MDA Spaceは、この方針を支持すると表明している。同社が2024年に受注したCanadarm3の詳細設計、製造、試験に関する契約は9億9980万カナダドル(約1130億円)だった。CSAは、同計画で培った技術について、新たな低軌道宇宙ステーションに関連する商業利用の可能性も挙げている。

■ローバー中止と研究開発投資の拡大

月探査への投資では、継続する事業と終了する事業がある。CSAの2026~2027年度計画は、LEAPの月面ローバーミッションを終了すると明記した。このローバーはCanadensys Aerospaceと産学の協力先が開発しており、2022年に発表された契約額は4300万カナダドル(約48億6000万円)だった。

SpaceQによると、Canadensysは国内の下請け企業や科学者によるチームを組んでいた。一方、CSAは別事業であるLUVについて、月面での調査、貨物輸送、宇宙飛行士の活動支援などに向けた準備を続ける。どの技術を残し、次の探査機会へつなげるかが課題となる。

CSAの2026~2027年度の計画支出額は9億1393万8318カナダドル(約1030億円)だ。包括的な支出見直しに伴うCSA全体の削減予定額は、同年度が666万7218カナダドル(約7億5300万円)、2027~2028年度が1194万3638カナダドル(約13億5000万円)、2028~2029年度が1436万6416カナダドル(約16億2000万円)となる。削減には内部業務の効率化とローバーミッションの終了が含まれる。

産業側では研究開発投資が増えている。CSAの2025年版宇宙産業報告によると、企業の研究開発支出は2024年に9億6200万カナダドル(約1090億円)となり、2023年の6億5000万カナダドル(約735億円)から48%増加した。2024年の宇宙部門のGDP寄与額は約38億カナダドルで、直接雇用と関連産業などへの波及を合わせて2万8171人分の雇用を支えた。

■民間投資を促す調達の仕組み

マクドナルド氏の専門を理解するうえでは、NASAが民間企業の能力を育ててきた仕組みが参考になる。NASAの商業軌道輸送サービス(COTS)は、国際宇宙ステーション(ISS)への民間補給能力の開発・実証を支援した事業だ。SpaceXとOrbital Sciencesが参加した。

NASAの事業史によると、COTSでは事前に定めた目標の達成に応じ、定額の資金を支払う方式を採用した。企業は自己資金なども投入し、費用超過は企業側が負担した。政府が開発を支えながら、企業にも資金調達と事業遂行の責任を持たせる仕組みだった。

開発・実証を支えるCOTSに加え、NASAは実際の補給サービスを購入する契約も結んだ。初回の商業補給サービス契約では、SpaceXに12便、約16億米ドル、Orbital Sciencesに8便、約19億米ドルを発注した。技術開発への支援と、開発後のサービス需要を組み合わせた点が重要だ。

カナダで民間投資を促す場合も、政府が何をどの程度購入するか、企業がほかにどの市場を開拓できるかが事業の見通しを左右する。国際協力を通じて需要を広げること、宇宙ロボットなど得意分野に投資を集中すること、規制の予見可能性を高めることが、政策上の選択肢になる。

デロイトがSpace Canadaと共同でまとめた2024年の報告書は、適切な政策と民間の技術革新を組み合わせれば、2040年に400億カナダドル(約4兆5200億円)規模の宇宙経済を目指せるとしている。その実現に向け、政策の統括、法制度、資金供給、調達、協力関係、データ利用の改善を提言した。長期的な成長には、研究開発への投資を継続的な受注や輸出へ結び付ける仕組みが必要になる。

■国際協力と自国の能力を両立

欧州宇宙機関(ESA)のヨーゼフ・アシュバッハー事務局長も、マクドナルド氏の任命に祝意を示した。自身のSNS投稿で、カナダをESAの特別な協力国と位置付け、大西洋をまたぐ協力関係の重要性を強調した。12月のローマの中間閣僚級会合で同氏を迎えることへの期待も記した。

ESAによると、会合は2026年12月15日に開かれる。ISS後の低軌道へのアクセス、月面と月周辺での活動、将来の火星探査への道筋を主な議題とし、欧州の自律性と国際協力をどう組み合わせるかを検討する。カナダにとっても、探査方針が変わるなかで協力関係を具体化する機会となる。

国内では、カナダ政府が2026年2月17日に公表した防衛産業戦略が、宇宙を自国で能力を育成する重点分野に位置付けた。衛星による情報収集・監視・偵察、宇宙状況把握、衛星通信、宇宙打ち上げを挙げている。Space Canadaは、民生、防衛、商業にまたがる政策を調整する国家宇宙会議の設置も求めている。

法制度の整備も進行中だ。宇宙打ち上げと再突入の規制枠組みを整える法案C-28は4月21日に提出され、11月6日時点で下院の第2読会段階にある。政府は、事業者にとっての制度の明確化や投資の促進につながると説明している。

経済協力開発機構(OECD)によると、カナダは2026年6月時点で衛星保有数が世界11位、2019年以降の打ち上げ衛星数が10位だった。CSAは2026~2027年度の計画で、商業化が進む低軌道での活動機会の確保も掲げる。NASAが2030年までのISS運用と商業宇宙ステーションへの移行を進めるなか、国際協力と国内産業の競争力を結び付ける政策の重要性が高まっている。

マクドナルド氏が引き継ぐのは、月面での新たな役割、既存技術の活用、民間投資を支える需要づくりという課題だ。経済史と宇宙政策を専門とする新長官が、政府投資、企業活動、国際協力をどのように組み合わせるかが注目される。

元記事: Canada Names Former NASA Chief Economist as New Canadian Space Agency President

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