Mobilint、韓国のヒューマノイド向けAI半導体開発を主導 LGのロボット環境で検証へ
2026年10月25日 16:52
韓国のAI半導体企業Mobilintは2026年10月22日、ヒューマノイドロボット向けのオンデバイスAIコンピューティング基盤を開発すると発表した。韓国政府の「K-オンデバイスAI半導体技術開発事業」で、ヒューマノイド向けAIアクセラレーター開発の主幹研究開発機関を務める。
開発対象は、AI演算に特化した神経回路処理装置(NPU)、ロボット搭載用モジュール、AIモデルの変換・最適化・実行を支援するソフトウェアだ。ロボット内で複数のAIを動かし、認識や判断を実際の動作につなげる基盤として、LGエレクトロニクスのヒューマノイド環境で段階的に検証する計画である。
■国産AI半導体10種を支える国家事業
韓国の産業通商部が進めるK-オンデバイスAI半導体技術開発事業は、2026~2030年を対象とする。総事業費は8002億3000万ウォン(約944億円)で、このうち国費は5111億1000万ウォン(約603億円)だ。韓国産業技術企画評価院(KEIT)が事業を管理する。
対象は自動車、IoT・家電、機械・ロボット、防衛の4分野である。需要企業の製品に合わせた国産オンデバイスAIチップ10種を開発し、モジュールや動作に必要なAIソフトウェアまで一体で整備する。完成品への搭載と実証を通じ、商用化につなげることを目指す。
産業通商部は6月11日に事業を公募し、6月15日のM.AXアライアンスAI半導体分科会総会で事業説明会を開いた。同時に、設計から製造・検証までを支える「半導体製造支援タスクフォース」を発足させ、政府、KEIT、企業、業界団体など11機関が協力の覚書を交わした。
製造支援にはサムスン電子のほか、半導体設計資産や設計ツールを提供するSynopsys、Cadenceなどが参加する。半導体設計企業に対する設計資産の購入費やEDAライセンスの支援、ファウンドリーの技術支援、製造ラインの割り当てなどを具体化する方針だ。
需要側には現代自動車、LGエレクトロニクス、斗山ロボティクス、韓国航空宇宙産業(KAI)などが関わる。設計を担うファブレス企業と、開発したチップを製品に搭載する企業を結び、実際の用途に沿って開発を進める仕組みである。
■複数のAIを動かし、認識と動作をつなぐ
ヒューマノイドは、カメラや各種センサーから情報を受け取り、周囲の状況や指示を解釈して動作する。そのため、物体認識、移動、安全判断、音声処理などの機能を、限られた電力や搭載空間の中で並行して動かす必要がある。
視覚言語モデル(VLM)は画像と言語を組み合わせて状況を理解する。視覚言語行動モデル(VLA)は、画像や言語による指示、ロボットの状態などから動作を生成する。認識した内容を、関節やグリッパーの動きへつなげる情報処理の構造が重要になる。
この構造を具体的に示すのが、Physical IntelligenceのVLAモデル「π0」だ。視覚と言語を扱う基盤モデルに動作生成を担う仕組みを組み合わせ、一度の推論で将来の動作列をまとめて生成する。論文の50Hzで動くロボットの設定では、25動作を実行する0.5秒ごとに推論を行う。
同論文では、NVIDIA GeForce RTX 4090上での推論時間を、ロボット側で実行する場合は73ミリ秒、別の計算機を使う場合は通信を含め86ミリ秒と報告している。動作指令を実行する頻度と、次の動作列を生成する頻度を組み合わせることで、連続的な操作を実現している。
オンデバイス推論は、こうした処理をロボット側へ配置し、遠隔サーバーとのデータ送受信を減らす方法である。通信に伴う待ち時間を抑えやすく、周囲の映像などを機体内で扱える点も利点となる。Mobilintの開発では、これを消費電力や発熱、複数モデルの同時実行と両立させることが課題になる。
■NPUとソフトウェアを一体で最適化
Mobilintは、NPUとソフトウェアを協調して最適化し、演算資源を効率よく配分する方針だ。韓国のマネートゥデイによると、重要な処理を必要な時間内に終えられるようにすることへ開発の重点を置く。
半導体だけでなく、AIモデルをチップで実行できる形へ変換するコンパイラや実行環境、実機に組み込むモジュールまでを一つの基盤として開発する。ロボットメーカーが半導体とAIモデルを個別につなぎ、調整する負担を減らす狙いもある。
モデル側の最適化は、協業する韓国のNota AIが担う。同社は、数値の表現に必要なビット数を減らす量子化や、モデルの一部を削減するプルーニングなどを活用する計画だ。ハードウェアの設計とモデルの軽量化を組み合わせ、限られた演算能力やメモリーで効率よく動かす。
性能を評価する際は、演算量を示すTOPSと、実際のモデルを動かした際の速度や電力を合わせて見る必要がある。TOPSは毎秒1兆回の演算を表す単位で、INT8やINT4などの数値形式、演算の数え方、測定条件によって意味が変わる。ロボットへの適用では、並行して動く処理を含めた応答時間も重要となる。
■LGのロボット環境で段階的に実証
Nota AIは9月8日、LGエレクトロニクスとMobilintとの協業を発表した。同社の説明では、LGがヒューマノイド開発全体とロボットシステムを担い、MobilintがNPUを供給する。Nota AIは、機体内のNPUでAIモデルを効率よく動かす最適化ソフトウェアを開発する。
Nota AIはVLAモデルをMobilintのNPUに適合させ、精度、演算量、通信遅延のバランスを調整する方針だ。リアルタイム推論環境と処理を統合するモジュールも構築し、NPUとロボットを組み合わせたシステムで性能を検証する。
マネートゥデイによると、MobilintがLGの環境で検証する項目には、複数AIの同時実行時の遅延、消費電力、発熱、長時間運用の安定性が含まれる。歩行時の振動や衝撃に対する搭載モジュールの信頼性も確認する計画である。
LGは2026年1月のCESで、双腕と車輪付きの移動機構を備えるホームロボット「LG CLOiD」を披露した。家事からの解放を目指す「Zero Labor Home」構想の一環で、洗濯物を畳む、衣類を洗濯機へ入れるといった作業を紹介している。
LGは家電向けの「K-オンデバイスAI Home」プロジェクトも総括している。参加企業CoAsiaの発表によると、CoAsia Semi、HyperAccel、西江大学の産学協力団、Mobilint、韓国電子技術研究院(KETI)などが共同研究開発に参加する。
■既存製品を足場に、ロボット以外にも展開
Mobilintは今回の開発で得る技術を、サービスロボット、自律移動ロボット(AMR)、スマート家電、AIカメラなどへ広げる考えだ。実世界の機器で認識や判断を行うフィジカルAIに向け、ロボット搭載基盤として培う技術の活用先を増やす。
同社の既存製品には、エッジ向けNPU「ARIES」がある。2026年10月時点の公式仕様では演算性能80TOPS、熱設計電力(TDP)25Wを掲げ、PCIeアクセラレーターカード「MLA100」やエッジAIボックス「MLX-A1」に採用されている。
省電力用途向けの「REGULUS」は、NPUとCPU、画像信号処理装置(ISP)、映像コーデックなどを統合したシステムオンチップ(SoC)だ。同時点の公式仕様は演算性能10TOPS、TDP3Wで、ロボット、ドローン、AIカメラなどを想定する。これらの性能値はMobilintが公表する仕様である。
航空宇宙分野でも採用が進む。韓国の電子新聞によると、10月7日に打ち上げられた衛星「BEE-1012」には、REGULUSを使ったNPUボード2種が搭載された。その一つはKAIなどと協力した衛星状態分析用で、衛星内部でのAI処理に活用する。
■資金調達と製造支援で事業化を後押し
Mobilintは、AI半導体を研究してきたシン・ドンジュCEOが2019年に設立したファブレス企業である。同社によると、シン氏は2013年にAIチップ研究を始めた。韓国ではRebellions、DEEPX、HyperAccelなどもAI半導体開発に取り組んでいる。
マネートゥデイによると、Mobilintは2026年4月1日、700億ウォン(約82億6000万円)のシリーズC資金調達を発表した。Praxis Capital Partners、POSCO Technology Investment、Company K Partnersなどが参加し、このラウンドを含む累計調達額は1000億ウォン(約118億円)となった。それ以前にも韓国産業銀行などから投資を受けている。
製造現場への展開では、POSCO DXと協力する。聯合ニュースによると、両社は4月2日に覚書を締結し、POSCO DXの産業用制御システム「PosMaster」へのMobilint製NPU搭載を進める計画を示した。POSCO DXは同年2月に30億ウォン(約3億5400万円)を投資しており、資金面と用途開拓の両方で関係を深めている。
ベンチマークへの取り組みについて、Mobilintは公式沿革で2020年にMLPerfで韓国国内首位を記録したとしている。また、同社の紹介資料では、MLPerfを運営するMLCommonsの創設メンバーとしての参加を挙げている。
ファブレス企業はチップを設計し、製造をファウンドリーへ委託する。国の製造支援策は、設計ツールや半導体設計資産の確保から試作品の製造・検証までを支え、開発したチップを実際の製品へ移す工程を後押しする。
■国内外で広がるフィジカルAI向け半導体開発
韓国のDEEPXは4月、現代自動車グループのRobotics LABとの協業拡大を発表した。次世代チップ「DX-M2」を中心に、VLMやVLAなどの大規模AIモデルをロボット内で実行する計算基盤を共同開発する方針である。
日本のルネサス エレクトロニクスは7月1日にフィジカルAI事業部を新設し、8月27日には北京に「フィジカルAI&ロボティクスラボ」を開設した。同社は、ロボット向けのハードウェア、AIモデル、制御、電源、センシングを組み合わせ、システム全体の実証や共同開発を支援するとしている。
メモリー分野では、韓国の専門媒体The Elecが、Micronによるエッジ推論メモリー(EIM)の開発を報じた。同社幹部は10月16日のSEDEX 2026で、ヒューマノイドなどのフィジカルAI用途に適した製品を主要顧客と協議していると説明したという。
調査会社Interact Analysisは2026年7月の分析で、一般的なヒューマノイドに搭載される半導体を1000~2000個と推計した。機体の部品原価に占める半導体の割合は2025年の約10%から、2031年には21.3%へ上昇する可能性があるとみている。
同社の6月公表の調査によると、世界のヒューマノイド生産台数は2024年の2000台未満から、2025年には2万台超へ約10倍に増えた。一方、実用途に配備されたのは生産台数の約10%で、大半は研究、データ収集、娯楽向けだった。
こうした開発と市場形成の中で、Mobilintの課題は、チップ単体の性能をロボット全体の応答性や省電力性へつなげることにある。NPU、モデル、ソフトウェア、搭載モジュールを組み合わせたLG環境での検証が、家庭や産業機器への展開を進める足場となる。
元記事: Mobilint Tapped to Lead Korea’s $606M On-Device AI Chip Program for Humanoid Robots